31羽 「つっこみください」①
「なんでオレが、こんなどこのどいつかもわからないヤツに、機密情報を教えなきゃいけないんすか」
僕よりちょっとだけ背の高い、金髪を短く刈り込んだ若い男性。対面してお互いを紹介されて、席についてじゃあ本題へ、となった瞬間に、彼は吐き捨てるようにそう言った。
まあ、そうなるよなあ、と僕は他人事みたく考える。スラグ・ヴォルクさん。たぶん、タルクと同じくらいの年頃。よれっとした灰色の貫頭衣は、きっと医療従事者の服装なんだろう。僕を睨みつける視線の強さには敵意すら感じたし、それは彼が、本当に職務に対して真剣なんだってことの証左だ。そりゃあ、僕だって、彼と同じ立場から僕自身を見たら、すごくうさん臭いと思うだろうしなあ。こればっかりはしかたない。
場が一気に凍りついた。今日は偉いおじさんたちもクラヴェル王子もいない。ブロムが案内人として着いているのは変わりないけれど、その他に記録官さんが三名。それと風呂に入って着替えた清潔なイケメンのタルク。ブロムが鋭い口調で「ヴォルク医務官、控えなさい」と叱責した。いや、そんなんしなくていいんだけど。僕、気にしてないし。
でもまあ、はじめましてで物別れってわけにはいかないんだよなあ。相手が、この道のスペシャリストとして連れてこられた、ハルシーピのお医者さんなら、なおさら。
さすがに、ブロムの命令には従わなければならないと思ったらしくて、ヴォルク医務官は「失礼しました」と口だけの謝罪をした。
さて、どうするか。
まあ、下手に出るよね。
「お怒りになるのはごもっともだと思います」
僕がそう発すると、ヴォルク医務官は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。うーん、これはたいへんそう。いろいろ思考を巡らせながら「僕だって、自分の専門分野や仕事には一家言ある。それを見ず知らずの人間に伝授しようとも思わない。なので、教えていただくのではなく、僕の間違いを指摘してほしいのです」と言ってみた。おっ、なんかそれっぽいぞ。
「僕は、獣医でもハルシーピの医者でもない。けれど、ハルシーピの判定に関して特別な号を戴いた者です。ハルシーピたちを思う気持ちはあなたと同じだ」
「同じなもんか!」
そう言って、ヴォルク医務官はガタガタッと席を立った。僕を睨んで「オレは、ずっと学んできたし、ずっとハルシーピを診てきた。呪い師みたいに不確かな技術者でもない。あんたとは違う。いっしょにするな!」と叫ぶ。ああ、そりゃそうだよな。言葉選びを間違えた。ブロムがいっそう厳しい声色で「ヴォルク医務官!」と凄む。え、すごい。なんかブロムがめっちゃ高官っぽい。
引っ込みがつかなくなったっぽいヴォルク医務官は、立ったまま黙って僕を睨みつけている。僕はもう一度「僕の間違いを、指摘してほしいんです」と言った。
「ひとりごと、つぶやきますね。あ、そこの黒板使わせてもらいます」
僕が席を立ってすたすたと壁際まで行くと、テーブル席に着いていたみんなが椅子をずらしてこちらを向いた。あ、記録官さんたちの背後だった。移動させちゃった、ごめんなさい。僕は三角のチョークを持って、昨夜突貫でタルクに教わったこちらの単語で、考えていたことを記して行く。
「――症状は、メス限定。卵をたくさん産みたがる。それ自体が異常。しかも、通常であれば産卵期に入った成体だけが産卵できるのに、若い鳥までもが産む。ほとんどの場合不完全な卵で、小さくて殻が柔らかい。もちろん、その卵から雛が孵ることはない」
時系列で書いて行く。じっと背中に視線を感じる。ヴォルク医務官は言葉を挟まなかった。僕は続けて書き込んで行く。
「メスのハルシーピたちは必死に産もうとするけど、体が追い付かず、だんだんお腹が膨らんで、息が荒くなり……弱って突然死ぬ」
ため息が出た。どんなにか苦しいだろう。ハルシーピも、それを助けようと足掻いている人たちも。
もし僕の知識で役立つのなら、用いてもらいたいと思っている気持ちは本当だし、でもそれは現場の人にしか判断できない。であれば、僕が教わるんじゃなくて、僕の考えを聞いてもらえばいい。
書き板に書き込んでいる書記官さんと、紙に書き込んでいる書記官さんと。その筆記音を聞きながら、僕は自分が考えたことを思い巡らせる。
「……過剰の産卵、それに腹水が溜まっている状態。これは僕の知るふたつの病気が組み合わさっている症状。もし、名前をつけるとすれば」
ちょっと考えていたら、ヴォルク医務官が「なんだよ。言えよ」と言った。ブロムが「おっしゃってください、ですよ、ヴォルク医務官」と注意した。
「卵巣嚢胞性変性症候群……かな。どんな仕組みでそうなっているか、仮説を立てたんです。今から書いて行くんで、つっこみください」
ガタッと音がした。そしたら、僕の近くまでヴォルク医務官が椅子を持ってきて、ドカッと座って腕を組んだ。
「いくらか知識があるのはわかった。聞いてやる。言え」






