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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第一章

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13羽 「おまえはどうなんだ」②

 けっこうがっついて食べてくれた。おかわりもされた。わりとうれしい。昔はこんな炒め物ひとつ作るんでも、焦がしていたな、とちょっと懐かしいことを思い出した。その僕の頭の中を見たわけじゃないと思うけど、タルクは鍋に残ったスープを最後の一滴まで器に移してから、言った。


「なんか、料理の勉強とか、したことあるのか?」

「勉強って、ほどじゃないけど」


 ちょっと笑って、僕はお茶を淹れるために火炉へ湯沸かしをかけに立った。……ずっと心にかかっていることをタルクに知られちゃいけない気がして……表情を見られないように湯が沸き立つのを見た。そして「一年だけ一人暮らし経験もあるけど。親父が死んだときにさ」とつぶやく。


「……母さんが、参っちゃって。なんにもできない時期があったんだ。妹は当時受験生だったし、弁当も作らなきゃいけなくて。僕がなんとかしなきゃってね。それまで家事なんて、なにもしたことなかったけど。がんばったんだよ」

「……どれくらい前だ?」

「3年。……あー。もう3年なんだなあ……」


 お兄に下着洗われたくない! て妹に言われてケンカしたこともあった。あと、僕がトイレの三角コーナーの存在を知らなくて、虫が涌いちゃったりとかね。嫌なら自分でやれよって僕が言って、しぶしぶ妹もやるようになった。

 あのときは、とにかくなにもかもが大変だった。ちょっと記憶もあいまいだけれど……あのときがあって、今の僕がいる。


 お湯が沸き上がってお茶を淹れている間、僕らは無言だった。べつにこれまでもそんなことは何度もあったけれど、今はタルクが言葉を探しているのがわかったから、僕はそれを待った。蒸らして、ふたつのカップに注いで。僕がそれをタルクの前に置いて向かい側の席に着いたとき、タルクは意を決したように言った。


「ヨータ。……おまえ……苦労してるんだな」

「んー。そうでもないよ。まず、金銭的に困ったことがないんだよね。学費払えないとか、今日食べるものがない、とかさ。そんな同級生は何人もいたから、そう考えたら、僕はずいぶんと恵まれていると思う」


 実感としてそれがある。僕は、かなり楽な人生を送れていると思う。

 休学してバイトでお金貯めてから復学したり、パチンコ内の定食屋で290円のうどんを毎日すすってやりくりしたり。そんなギリギリの生活なんか、送ったことがない。

 まして、大学卒業後に専門学校まで行かせてもらえて。好きな仕事に就いて。

 十分だよなあ。


 タルクはカップの中のお茶を見ながら、なにかを考えていた。僕はこの世界に来てから飲み慣れた、少しだけすっぱいお茶を口にしながら、僕が日本に帰れる日なんて来ないのかもしれないと、上の空で考えていた。


 母は、妹は……僕を亡くしても、平気だろうか。


「帰りたいか」


 僕を見ずにタルクは断定的に言った。僕は「最近は、考えないようにしている」と答えた。


 食器を片づけて、タルクが使う寝床を整えながら、せめて僕がこうして元気でいることを家族へ伝える方法はないだろうか、と思う。ハルシーピなんていう不思議動物を使役している不思議世界なんだから、そんな術があってもいいだろ。

 でも、すぐにそれは僕自身の考えによって否定された。それなりに、この場所がどんなところか、生活しながら観察したりできる範囲で調べたりしたんだ。

 ごくごく普通の人たちが、ごくごく普通の生活を送る……なにか超常的な力なんか存在しない、そんな世界だ。

 じゃあ、どうやって、僕はここへ来たんだろう。

 もしかしてこれは壮大な夢なのかもしれないな、と思うこともある。

 だとしたら、本当の僕は、仕事の終わりに職場の駐車場で倒れて、病院のベッドで寝ているんだ。


 どっちがいいかな。どっちがマシかな。どっちもどっちだな。なら……五体満足で、自分の意志で動いているって思っていた方が、まあ、たのしいよな。


「……グラの帰還準備は、問題なく進んでいる」


 思い出したように話題を変えて、タルクが言った。


「陸用に訓練されたハルシーピを数頭借り受ける。グラを運ぶのに、馬を使うのは効率が悪すぎるからな。グラが自力で歩けるようになるまで様子を見て、それからテルク=ファルの北東部の平野を抜ける」

「通行の許可はとれたの?」

「ああ。あちらとは元々通商条約がある。まして、ムルナヴェンからはラィードをかなり都合しているんだ。問題ない」


 よかった。もちろん、ここに居てもグラはハルシーピとしていろいろ良くしてもらえているけれど、きっと古巣の方がいいだろうし。


「帰れる目処が立ってよかった。グラもきっと、よろこぶね」

「おまえはどうなんだ」

「なにが」

「帰れた方が、うれしいのか」


 まさかその話題をそう蒸し返して来ると思わなくて、僕は思わずタルクを見た。タルクは真剣な表情をしていて、僕はいっしゅん、なんて答えていいのかわからなくなる。


「……うれしいかどうかで考えたら、そりゃうれしいよ」

「でも、おまえはヴェルミトゥラでもムルナヴェンでも、たのしそうに働いている」

「それとこれとは別。だって、生きているならたのしんだ方がいいじゃない。やったことない仕事ができるようになるのとか、純粋にたのしいし、やり甲斐あるよ」

「それでも帰りたいのか?」


 タルクがどんな返答を求めているのかを考えて、僕が押し黙ったとき、玄関の扉がノックされた。

 それを聞いて僕もタルクも我に返って、僕はすぐに「はーい」と応対に出る。


「どちらさま……ああ、ヤーヴァちゃん。どうしたの、こんな時間に?」

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