9羽 「なにプレイ⁉」②
「ハッ、ハッ、ヒー! ハッ、ハッ、ヒー! そうだよ、その調子! 力抜いて!」
力抜くの⁉ えっ、力入れないで産まれるの? こんなに苦しそうなのに?
「ハッ、ハッ、ヒー! ハッ、ハッ、ヒー! ――今だ! いきんで!」
言われて、僕も両手の拳をぐっと握った。力むといきむの違いってなんだろうとかちょっと思った。ムルナさんの苦痛の声が断続的に響いて、しばらくしてからトゥラ姐さんの「出た!」という声。ハッラさんがびくっとした。
えっ。……産声って……このタイミングじゃないの?
ちょっとの間、静まり返った。でも、お産の部屋からはふーっ、ふーっていう、規則的ではっきりとした息遣い。ハッラさんが部屋に入りたくて足踏みしている。
……ぎゃあ……ふぎゃあ……
――ちっちゃい声が聞こえた! 僕も、ハッラさんも、いっしょにいた男性も、わっと沸き上がって三人でがっしり手を取り合った。女性たちがムルナさんへかける「おめでとう」という声がいくつも聞こえる。
それから産後の処理と、赤ちゃんを産湯に浸ける過程が手早く行われて、やっとトゥラ姐さんが出てきた。
「おめでとう。男の子だよ。あったかくして栄養のあるものを奥さんに食べさせてやりな」
「ありがとう、ありがとう!」
ハッラさんが部屋へ飛び込んだ。そして「ムルナ、ありがとう、ありがとう」って言ってる。なんだかその涙声の声を聞いて僕も泣きそうになる。トゥラ姐さんが「どっこいしょ」と言いながら椅子に座って、労いつつ手渡されたお茶をすすった。目が合ったので、僕は好奇心から質問してみた。
「お疲れ様でした。あの、赤ちゃんて、産まれてすぐに泣くわけじゃないんですね?」
「逆子の上、へその緒が首に巻きついていてね。呼吸をしていなかったから、息を吹き込んでやったのさ。もう少し遅かったら、危なかったね」
「うわー! そんな大変な状況だったんだ⁉ ますますお疲れ様でした!」
その会話が聞こえたんだろう。ハッラさんが部屋から飛び出してきて「トゥラさん、ありがとう、本当にありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」とトゥラ姐さんを抱きしめそうな勢いで言った。姐さんはにやりと笑う。
「あんたんところの卵は黄身が大きくて美味いからね。あとでもらっていこうかねえ」
「もちろん、もちろん! 毎日だって届ける、それに鶏肉も! 胸もモモも! 砂肝もポンジリも!」
「ささみと手羽中がいいねえ」
話がまとまって、3日ごとにハッラさんがトゥラ姐さんへ卵とささみと手羽中を届けることになった。みんなほんわかしたムードになったところへ、姐さんが現実を思い出させてくれた。
「で、上の嬢ちゃんはどうしたんだい。あの子もあたしが取り上げたんだ。憶えてるよ。もう大きくなっただろう?」
しーん。
ライラちゃん。
わすれていたわけでは、ないけれど。
一気にみんなが沈み込んだのを、トゥラ姐さんは首を巡らせて見た。ハッラさんはうなだれた。
「そこの坊。どうしたんだい。言ってごらん」
なんでか僕が指名された。僕はハッラさんを見て、トゥラ姐さんを見て。言葉を選ぼうとしながら言った。結局、直接的な言葉しかないんだけれど。
「ライラちゃんは……昨日から、行方が知れなくて」
「はあ⁉ どういうこと、説明しなよ」
説明って言われても。どこまで話していいのかな。僕がハッラさんの養鶏場で雛の判定師をしていたこと。ライラちゃんが僕の真似をしていたこと。もしかしたらそれが原因で、拐われた可能性があること。タルクが探しに出ていること。……まだ戻って来ていないこと。
話すごとに、僕の声は自覚できるほどに重くなったし、お祝いムードはなくなった。ムルナさんの部屋から、赤ちゃんの泣く声が聞こえた。
「……そうか。それは、悪いことを聞いたね。ハッラ。卵やらはいいから、しばらくは奥さんと子どものために動いてやり」
「トゥラさん……ありがとう」
空気が重くなりきったとき、ドンドン、と大きく玄関をノックする音があって、返事を待たずに扉が開かれた。
みんなそっちを見て、はっと息を呑む音が重なる。
「――タルク!」
「ヨータ、とりあえずトイレ済ませて来い」
ずたぼろな姿のタルクは、開口一番僕へそう言った。なにそれ。なんだか「いーからさっさと行け。ぜんぶ出せ」と言われて、べつにすぐ行きたいわけではなかったけれど衆目監視の中トイレへ向かった。……なにこれ、なにプレイ。
「……済ませたけど」
「よし。食事をとったのは最後いつだ?」
「え。お昼」
「じゃあもう、吐くものないな。よし」
そう言うと、タルクは僕の目元に布を巻きつけてきた。意味がわからなくて「なんだよ、なにも見えないだろ⁉」と抗議して取ろうとすると、今度は両手をつないでぐるぐる巻きにされた。
「なに⁉ なにプレイ⁉」
「ライラが見つかった」
えっ、と僕が言うのと、場が沸き上がるのは一拍違いだった。おめでたい、よかった! で、これはどういうことか聞こうとしたら、今度は背後から抱きすくめられる形で腹になにか当てられた。そして縛られる。
「よし、行くか」
「ちょー、まって、なに、これなに」
「ライラを迎えに行く。おまえの大きさがちょうどいい。いくぞ」
抱え上げられて、問答無用で連れて行かれる。背後のタルクに縛りつけられたらしい。なにそれ。本当になに。
そして、なにかにまたがる。――えっ、まって。
タルクが手綱を取ったのが見えないのに見えた。ぴゅい、と口笛が聞こえる。
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ! 浮いたあああああああああああああああああああああああ!




