52羽 「なにそれひどい」①
おやすみありがとうございました!
人生で骨折したことがない僕には、イムロが男性へ与えたダメージがどれくらいで回復するのか見当もつかない。タルクは骨折玄人らしくて、なんか「二カ月くらいだろ」とこともなげに言っていた。全治二カ月って重症だとおもうのですがそれは。いずれにせよ、たしかに太鼓を叩いて音頭を取るにも、船を漕ぐにも、折れた腕では無理だろう。
そう思って、指定された午後2時くらいの時間に、お城の南門あたりへ行く。
観光客の入場が認められているのは北門のため、その真反対にあたる場所だ。だからといって人通りが少ないわけではなくて、皇居ランナーみたいな人がたくさん行き交っている。それに、門の意匠自体もすごく荘厳で、北門とはちょっと違う造りだから観たい人はたくさんいるだろう。実際描き板を持って書写しようと腰を据えている人も何人かいた。だけど、それらの人々は一様にざわざわとして、門ではなくその脇に注目していた。
「……なにかあったのか」
タルクがそうつぶやいて、イムロが「俺、見てきますんでここで待っていてください」と僕たちへ告げ、小さな人だかりができているその場所へ向かった。そしてすぐ「ぅわー」と声があがる。
ちらっとこっちを見たから、行っても問題ないと判断して僕らも近づいた。
「……うわっ」
僕も同じ反応しちゃったよね。
音頭取りの男性……イムロに右腕を差し出したあの人だと思われる人が、顔の判別が難しいくらいにボコボコにされて横たわっていた。
「だっ、だいじょうぶですか⁉」
傍に駆け寄って膝をつく。右腕は添え木もされずにおかしな方を向いているし、浅黒く日焼けした上裸は、流血こそはなかったものの明らかに殴られまくった痕で変色している。顔も同様。僕はとりあえず左腕で脈拍を確認した。……よかった、生きている。
「あの! ここらへんに病院とかお医者さんは――」
周囲の人を振り返って助けを求めると、みんな一様に目をそらしてそそくさと散ってしまった。なにそれ。残ったのは僕らだけで、書き板で写生をしていた人たちまで、片付けて去っていく。
「……どゆこと」
「……これが賤当民だ」
涸れきった声でうめくように男性が言った。僕は「だいじょうぶですか、病院へ行きましょう」と、起き上がろうとする男性へ手を貸しながら言った。
「俺たちを診る医者はいない。賤当民と関わったら刑罰の対象になる」
「なにそれ最悪だ。じゃあどこかで薬とか買って来ましょう。とりあえず僕らが泊まっているところへ……イムロ、背負える?」
「はいはい。がんばって巨乳のおねえちゃんだと思いこみます」
遠巻きに眺めていた人たちが顔を見合わせてざわついていた。何人かは走ってどこかへ行った。かまわずに宿へ戻ると、店員の女性がぎょっとした顔で僕らを、主にイムロに背負われた男性を見た。
「あの、あの、お客様、困ります!」
「そうなんだ、困っているんだ。この人、怪我をしていて。手当てをしたいんだけれど、薬とかありますか? あと包帯」
おどおどしながら女性が僕へ言ってきたので、そう返したらなんか絶望的な表情をされた。そのままおどおどしながらどこかへ消えて行ったので、とりあえず部屋へ。治療のための一式は、ちょっと遅れて来たタルクが買ってきてくれた。添え木のためにいい感じの棒も拾って。ナイス。
治療をしたら、もうほとんど肌が見えない状況になった。こちらの包帯とかガーゼって白じゃなくて深緑色なので、服を着たように見えなくもない。とりあえず水を飲んでもらって、買ってあったライードパンも食べてもらう。顎がしっかり開かないみたいで多少食べづらそうだったけれど、それでもしっかり完食していた。よかった。
「で、よかったら状況を教えてください」
僕がそう促すと、男性は「賤当民の中にも序列がある。役位を果たせなくなったので、ついでにもう復活してこないよう痛めつけられた」と言った。
「なにそれひどい」
「こうなることを予期して、腕を折れと言った。南門に死んだ賤当民を置いておけば、城のヤツらが始末してくれる。なので、あそこに放置された」
それで南門? なんてエクストリーム待ち合わせだよ。命がけじゃんか。
そう思ったけれど口にしなかったのは、実際にこの人たちが命がけで毎日を過ごしているんだろうと察してしまったからだ。あの、暗がりの中の『作業』を思い出すにつけ、やるせない気持ちになる。
そこに、部屋のドアが激しくノックされた。一番近くにいたタルクがドアを開けると、たぶん宿の店主さんと思われる男性が、黄色の腕章をした人たちを伴って乗り込んで来た。
「お客様、今すぐご精算の上こちらを出ていただけますか。当店の規約に則りお代は4倍でいただきます」
「えっ、どういうことですか」
「異国の方のようですからこれで容赦いたします。どうぞ、すぐに」
有無を言わせない空気感だった。腕章の人たちはたぶんお巡りさんとかだろう。まずは負傷した男性がのろのろと立ち上がって、ドアへと歩いて行った。店主さんやお巡りさんは潮が引くように彼から遠ざかった。
「4倍はきっついなあ。すっからかんになりましたよ」
僕らも宿を出て、イムロが支払いを終えて出てきた。宿は鍵をかけて閉店にされた。徹底しているなあ。
さて、どうしようか。






