32話目─エラトマ防衛戦④─
防衛戦六日目、敵の兵士は圧倒的に多く、そしてこちらの死傷者は増えるばかり。
士官だけでも二名が戦線から離脱している。
この損害は予想外らしく初日のような余裕がリョウからも感じる事は出来なかった。
しかし、リョウはまだ立て直せるレベルだと言っていた。
まぁ…俺に出来る事はリョウの作戦を信じてこなすだけだけど。
現在太陽が真上をさす頃だろうか。
初日と二日目とは違い今は戦線も落ち着いている。
死傷者も少ない。
ちなみに俺は中軍でココスに補佐してもらいながら援軍を送っている。
と言っても、一度ぐらいしか指示は飛んできてないんだけど。
巨大な質量が飛ばされる音がなり上空を見る。
布は……黒と黄……左翼への援軍指示。
「ここは、私が行きます」
「わかった、頼む」
「ッハ!」
左翼を見ると確かに陣の一角が崩されている。
そこへ一気に迫るココスとラウルフ族達。
押される場所は精鋭で押し返す。
相手を崩すべきだとは思うのだけど、これも作戦の一つだとリョウが言っていた。
程なくしてココスが戻ってくる。
「ただいま戻りました、どうやら勇者の一人が指揮をしていたみたいですね……首を取る事は出来ませんでしたが負傷のため引いていきました」
勇者と言っても強い勇者は限られている。
それでも、勇者は勇者だ。兵卒では手も足も出ないぐらいには強い。
そのための中軍だ、本来の用法は違うらしいけど、リョウは「こっちの方がしっくり来る」と言っていた。
「それにしても……最近は敵も大人しい感じがする……」
「そうですね……ですが、日々死傷者が増えてるので戦線の厚みが減り危うく感じます」
その日も、これといった状況の変化もなく、その日の戦闘は終わった。
─────同日 夜─────
夕食を済ませ作戦会議を開くために向かう。
「今日もお疲れさんっと、とりあえず今日までの死傷者の数、敵の兵力を確認する。
我が軍の現在の兵力だけど、三万居た兵力は半減、衛生兵の頑張りのおかげで負傷者達も復帰し出しているが、現状二万も居ればいい程度だ。
対してノワル連合軍は十万居た兵士が現在七万まで減っている。
敵の減りを頑張ればよく見えるが現状はギリギリの所で俺達が耐えてると言ったところだ」
コボルト達も心なしか疲れてるように見える。
このまま戦い続ければ………
「まぁ、後数日のはずなんだがな……」
数日?なんの事だ?
「リョウ、数日って?」
「どこに敵がいるかわからないから、今は言えない……。 成功すれば俺達の勝利は大勝利となるのだけは確かだな」
間者が何処に潜んでいるかわからないからこそ、細かい事は教えられないらしい。
確かに、コウタを殺した人物を考えればそれも納得は出来る。
「一番辛い時期だとは思うが一人一人が頑張ってくれれば必ず勝てる、だから頼んだ」
言われるまでもないさ、力足らずかもしれないが出来る事をやる、足りない所は助けてもらう。
それでいいと思うんだ。
「んじゃあ、何か動きあったらまた教えていくからな! んじゃ、今日はお疲れさん!」
寝るために天幕へと戻る。
現在もミィ達の所でお世話になっていたりする。
ココスとカエデが、俺と一緒の場所では寝れないかららしい。
まぁ、普段は普通に話してくれるからいいんだけどね………
それから二日程も動きのない戦闘だった。
それまでに百人長を三人と十人長を五人程討ち取ってたりする。
気付けば、人殺しに対して不快感等を感じる事はなくなっていた。
ただ……ノワル国の兵士や勇者達の気持ちや言動には反吐が出るが。
それでも、殺す事に抵抗を感じない自分にゾッとした。
─────防衛線八日目 明朝─────
戦闘開始から八日目に戦況が動いた。
ノワル連合軍が援軍として2万の兵士が本国から来た。
一体あの国の人口はどうなっているのか……
「さすがに……この差はちと厳しいか………。
しょうがない、第四将軍と第五将軍呼んできてくれ」
外に控えているコボルト族が関所へと走っていく。
さすがに、この数は無理だろう、街道は広くないが2万以下の兵力で10万近い兵力を抑える事なんてまず無理だからだ。
「まぁ、スネック将軍なら少なくても八千ぐらいは出してくれるだろうな。
陣形は魚鱗のままで、だけどなるべく流動的に動かしていくぞ」
───── 数時間後 ─────
「将軍! 申し訳御座いません……スネック将軍は一万程援護を遣すと言付を受けましたがバダルギス将軍からは……」
「まぁ、スネック将軍が一万も出してくれるのには驚いた、バダルギスは予想通りだ」
そしてリョウは少しの間だけ考えるそぶりをした後に指示を飛ばした。
「じゃあ、ちょっと痛い目に合ってもらいますかね」
その時の彼の顔は悪い事を考えてる人間の目をしていた。
「第一と第二大隊からも準備完了の報せが届いた。今こそ反撃の時かね?」
反撃の時、リョウが必ず勝つと言った策だ。
「今回は相手を一転突破する、陣形は鋒矢の陣。
バダルギスが来てればもっと楽に行けたんだが……
まぁ、居ない奴はしょうがない。中軍にはウラントとキリア。
後軍には俺とミィ。
残りは前軍で敵陣突破しろ! ……以上」
それが作戦……?
どう聞いても一転突破のゴリ押しにしか聞こえないのだけど。
「あの……リョウ…将軍……」
「ん? なんだココス」
「それは作戦と言えるの……?」
俺もココスの質問に賛同する。
「ん? ……ああ。
後な第一と第二大隊が第一の関を奪還したから。敵陣の後ろからも攻め立てて挟撃作戦だ。 ……間違えても同士討ちにはなるなよ?」
リョウの言ってる言葉がよくわからなかった。
確かアレティを奪還したと言ってた気がするんだけど……
「……え? 奪還したのですか?」
ココスも俺と同じ気持ちのようだった。
「おう、ハーピー族の集落が第一の関と第二の関を挟む道の北側にあるからな。
ハーピー族にお願いして運んでもらったんだよ。といっても出費も嵩むし時間もかかったけどな」
ハーピー族に頼んで敵陣への奇襲……どっかで見た覚えがある気が……
「まぁ、この作戦もシュンの話を聞いてやってみただけなんだけどな」
……思い出した!
「アルガスの日記か……」
「それだ、百数十年前の戦で人間がやった作戦だけどな。存外うまくいった」
なるほど……現在はハーピー族と人間は中も悪いし本来仲間しか来ない場所から敵が攻めて来たんだ何も知らない敵兵士からしたら、さぞかし驚いた事だろう。
「という事でノワル軍を追い払いますかね!」
「「「おう!」」」
───── 同日 ─────
時間は昼過ぎ。
スネック将軍には空く両側をフォローしてもらう形で配置されていた。
そして、リョウが珍しく兵士達に激を飛ばしている。
「この数日間辛い戦いだったと思う。
だが……お前達の奮戦は無駄ではなく、勝利は目前だ!
先ほどアレティ奪還の報が届いた。後は敵を追い払うだけだ!
………殺し合いは辛いだろう。
勿論殺されるのも辛いだろう。
だが、何よりも辛いのはお前らの帰りを待つ家族や恋人達だ!
その人達の為にも勝って! 生きて帰ろう!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」」」
リョウの激励に兵士達が雄叫びを上げている、戦えない者達でさえ雄叫びをあげ戦地に向かう者達を激励して地響きの様にさえ思える程の揺れを感じた。
「出撃!」
俺を含む士官達が一列に並び先陣を切る。
「遅れてはなりません!」
ココスが俺の右に着く。
「……守る」
ヒューリーは俺の左に。
「ガハハ! こちら側はワシとデルミンに任せい!」
ジーノとデルミンがココスの右側へ。
「某も獅子奮迅の勢いで攻め立てるでゴザる!」
「私もシュンちゃんに負けてられないからね!」
ヒューリーの左側へ並ぶ。
……そして中央には俺が。
「シュン様、何も考えず先に進む事だけをお考え下さい。私たちはそれに着いていくだけですから」
ココスが遠慮は要らないと言ってくれた。
「……ああ、アグニス国に勝利を!」
「「「おう!」」」
敵は何時もと変わらず横に広がる様に陣取っていた。
ぶつかると同時に敵の中央を突き崩す。
当然だ、こちらの先頭は指揮官が7人も並んでいるのだから。
「な…と、とまらねぇ!」
「こ、後退だ!後退しろおおお!」
到る所でノワル軍の指揮官の声だろうか? 叫ぶために位置が丸分かりだ。
一人、また一人切り伏せる度に剣の声が大きくなっているように感じる。
声など聞こえるはずがないのに。
ただ、無心に敵を斬り進んでいるとフルプレートを着けたノワル国の兵士に剣を受け止められた。
そうそう止められるとは思っていなかった為に動揺が大きい。
「……っち……ずいぶん強くなったもんだなぁ!」
くぐもっていてわかりにくいが、聞いた事のある声が聞こえた。
「その声は……ギーレさんか」
「ご名答! 久しぶりだなぁ……」
懐かしい人と会ったが、今こちらにそんな暇はない。後ろからは人間のとは違う悲鳴も聞こえてるのだから。
「おっと……まったく、忙しいね本当に」
「俺はこの後ろの皆の命を背負っているんだ……邪魔をするな!」
突きを連続で三発ぶち込むがどれも鎧をかするだけで終わる。
「あぶねぇな! 悪いけど俺も千人長なんでな!俺の仲間千人を守る義務がある……ここで倒れてくれや!」
「だが断る!」
跳躍して兜割りの如く振りぬく。
「身体能力は化け物染みてるが……単純だ」
半身になりながら、槍と斧が複合したような武器ポールアクスで突きさしてくる。
……が、こちらも自動防御でほぼ衝撃を受けぬまま受け流す。
「なんだなんだそれは! 攻撃はあんななのになんだその動きは!」
「悪いな! 簡単には死ねないんだ!」
「悪いとか思ってないだろ!」
「ああ!」
ギーレはとても重いフルプレートを着ているのに無駄の無い動きで俺の攻撃をどんどんかわしていく。
俺も能力でギーレの攻撃を完璧に防いでいく。
「埒があかねぇ! なんとかおしかえさねぇと!」
だが、俺とギーレが数十合打ち合っている間に少し遅れていた後続が俺を追い越していく。
皆が皆自分に出来る最大以上の動きをするかのように。ただ必死に剣や斧……角等で人間を貫いていく。
「……こいつは無理だな……悪いがここはダメだな。後退! 後退!!」
ギーレの合図で一斉に中央が空く。
そして現在俺達前軍はコの字の様な敵陣の中央に要る事に気付いた。
「まずいか…!?」
「……いえ!ちょうど第一第二大隊が到着した様です!」
「ガハハハハ! 俺を誰だと思ってやがる。我が軍でも最強の不動将軍じゃああ! 死にたい奴も死にたくない奴もかかってこい!」
「我が名はシブスゲル……貴様らを冥府に送る者ぞ」
絶妙なタイミングでの到着に敵軍に何が起こったのかわからないといった様子だった。
「アレティはアグニス軍が奪還した。 門は開けといてやったから逃げたい奴は逃げろ!」
アーガス将軍のよく通る大きい声でノワル軍が一気に崩れた。
そこからは一方的な虐殺と言ってもよかっただろう。
中央に居た部隊はまだ良かったと言える。
後ろに下がれば逃げ出せるのだから………
けれど、両翼に居た部隊は悲惨な事だ。
前からは五千程だが敵の本陣。横には血気盛んに戦う突撃部隊。そして……本来撤退できるはずの後ろには第一、または第二大隊の精鋭部隊が。
戦闘が終わる頃横たわるのは人間達の死体ばかりだった。
「……ハハ………」
「シュン様……?」
いつの間にか俺は笑っていたようだ。
こんな地獄絵図と言えるような場所で俺は笑っていた。
楽しいから? 違う。
嬉しいから? 違う。
「どうされたのですか?」
「フフ……こんな人間が死んでるのに何も感じないんだ……悲しいとか気持ち悪いとか………」
「シュン様……」
何時からこうなったのだろう。
俺は笑っていた、大声で。
ただ笑っていた……
夕日が差し込む戦場跡で。
何のためにかわからないまま。
32話目了です。
エラトマ防衛戦終わりました。
まだ少しだけありますが……
ちなみに、アレティとは善でエラトマは悪という意味です。
意味というか、アラビア語の発音に近いってだけなんですが。
誤字脱字や感想等ありましたらお願いします。