レイラ、北に旅立つ
結局、レイラはサダクの存在を誰にも信じてもらえず、孤独に苛まれていた。
(あれは全部、幻だったって言うの? サダク……)
それでも、彼の顔は霧の向こうの灯のように鮮やかに蘇る。抱きしめられた温度も、交わしたキスの息遣いも、指先に残る震えも――消えない。
(違う。あれは本当。全部、全部、本物っ!)
現実に縋る術を失い、もはや頼れるのは記憶だけ。細い糸のようなその記憶を、レイラは痛いほど握りしめた。
(何かの魔法で時間が巻き戻ったのよ……そう、時間戻しっ!映画や小説、なろうでよくあるじゃないっ!だって、ここはゲームの中なんだからっ!!)
ゲームの中――。レイラは、この世界が現実だと悟った自分を打ち消すように、そう信じ込もうとした。現実逃避だと分かっていても、折れた心を支えるには十分な言い訳だった。
(そうだっ!北に行けば分かるっ!あの城も、海の街も、きっとあるはずっ!)
彼女は旅支度を調え、魔力回復薬の確認もろくにしないまま寮を出ていった。右手には、あのコカブから渡された杖を強く握りしめていた。
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レイラが北を目指して進むため大きな街道を歩き続けた。その道はかつて通ったこともあり、よく知った道のりだった。
(北に行けば三ツ目族がいるはずっ!サダクも、絶対にいるっ!)
昂ぶりは油断を生んだ。いつもなら必ず持ち歩く魔力回復薬を、今日は鞄に入れていない――そのことにさえ気づいていなかった。
路肩の茂みが揺れ、ノラ魔族のゴブリンがぬるりと姿を現す。生臭い息、錆びた小刀。しかも数が多い。
レイラは肩をそびやかし、杖を高く掲げて笑った。今さら低級魔族に遅れを取るはずがない、と。
「はっは~~っ!ゴブリンめっ!今の私をなめるなよ~っ!」
<< ワ・ルユユ・ヤ! >>
レイラは特大の炎を叩き込もうと詠唱した――が、杖先からはくすぶる煙が一筋、情けなく漂うだけだった。
「は、はぁっ!?ま、また禍燃費ランプに逆戻りぃぃぃっ!!」
サダクを失って恋心がしぼみ、魔力が貯まらない体質へ逆戻りしていた。強大な魔法で悠々と旅する算段は一瞬で砕け、しかも目の前では刃が迫る。
「やばいやばいやばい……っ! 校長から授かった自動回復のエンチャント付きの杖『プリンちゃん』のおかげでちっちゃい炎は出せるけど、ぜ、全然当たらないよぉぉ……! ど、どうすれば……来ないでぇぇぇっ!!」
放った小さな炎弾は地面でしけり、ゴブリンの嘲笑がさらに近づく。小刀の切っ先が彼女の喉元へ迫った――その瞬間。
横合いから灼炎が走り、ゴブリンたちが次々と燃え落ちる。詠唱しているのはシェラだ。フムアルもシェラほどではないが炎を重ね撃ちし、ギエナはハルバートで間合いを切りながら彼らを守り、群れを蹴散らしていく。
ギエナはレイラに向かって笑顔を見せた。
「お~い、レイラ~ッ!」
「ギエナァァァッ!!助かったよぉぉ……なななっ!?」
しかし、彼女はすぐに真顔になり、レイラの肩越しへハルバートを投げ放った。
「えぇっ!!お、怒ってる??ご、ごめん~~っ!」
レイラが思わず頭を抱えてしゃがみ込む。その頭上をかすめたハルバートは、背後から飛びかかろうとしていたゴブリンの胸板を一直線に貫いた。
「あ、あぁ……、助けてくれたのね……」
レイラは驚きの余りしゃがみ込んでしまうと、ギエナが笑顔で向かった来た。
「あ、危なかったぁ……。大丈夫だったかい?」
「う、うん……、ギエナありがとう」
「ふふふっ!どうだ、このイケメンぶりっ!」
「格好いいっ!」
「えっへ~~んっ!」
投げたハルバートを手に握ると、ギエナは有頂天になってイケメンなポーズを決めた。既にゴブリンたちは三人の手で全滅させられていた。
レイラはギエナの手で支えられながら立ち上がると二人に礼を言った。
「シェラとフムアルもありがとうっ!!」
しかし、フムアルは不安そうな顔になって彼女を見つめる。
「レイラ、一人で旅に出るなんて危ないよ……。ギエナが教えてくれなかったらどうなっていたか……」
「ご、ごめん……」
シェラは、レイラを見下すように見つめている。彼は怒っているように見え、彼女は覚悟した。
「シェ、シェラは完全にオコだよね……?」
「全くその通りだっ!禍燃費ランプと呼ばれる君がどうして一人で旅に出るのか、全く完全にどうにもあり得ないっ!」
「ひっ、ご、ごめんなさい……」
レイラは恐縮するしかなく、頭をうなだれている。ギエナは、そんなレイラを慰めるために声をかける。
「レイラァァ、この頃、様子が変だったけど、どうしたんだよぉ……。相談してくれれば、あたしだって助けたのにぃっ!」
「……う、うん。ギエナもごめん」
レイラは気まずそうに俯いた。
誰も信じてくれない――そう思い込んでいた。サダクの存在も、三ツ目族のことも、誰にも分かってもらえないと決めつけて、一人で北へ向かった。それしか考えられなかった。
でも、ギエナたちはそんな自分を心配して、助けに来てくれたのだ。
「その……ごめん、みんな……」
「分かってるよぉぉ、サダクって人を探しに行くんだろぉ?」
「あ……」
ギエナはすべてお見通しだった。レイラがなぜ一人で旅立ったのか、シェラもフムアルも静かに頷いていた。
「サダクって人がいるかいないかあたしには分からんちん……。だけど、一人で行かないでよぉぉ。手伝うってぇぇっ!ほら、シェラちんと、フムアルちんも来てくれるってよぉ、ね?」
シェラは変な呼び方をしたギエナに不快な顔をする。
「ふん、なんだよ、その"ちん"というのはっ!……さすがアラクネ族だな。意味不明な方言を使う……」
彼は今度はレイラの方を向く。
「まぁ、ともかく、ギエナの言う通りだ。友達を頼り給え。特に私のような魔力の高い赤目エルフ族を味方にしていると心強いだろうっ!」
「ありがとうっ!シェラッ!」
フムアルも肩をすくめ、苦笑いをしながらレイラの方を向く。
「僕もシェラほどじゃないけど、魔力はあるからさ。手伝わせてよ」
「ありがとう、フムアルっ!!」
三人の友情にレイラの目には自然と涙が浮かんだ。
「うぅ、うぅぅぅ……、あ、ありがとう……」
ギエナもその涙を見て大声で泣き出す。
「なななっ!?レイラってば泣くなよぉ……、あたしも泣いちゃうじゃないかぁぁぁ……ぶぇぇぇんっ」
シェラとフムアルは二人を慰め、こうして、四人パーティーになったレイラ達は北の大地を目指すことになった。




