77.狙われる竜⑨
「ガアアッ……」
「これが竜の真なる姿……世界を滅ぼす姿だ」
リルフの変化に、ジャザーンはとても喜んでいた。これが、彼の望みだったのだ。そのために、フェリナを揺さぶってきたのである。
「これが、世界を滅ぼす竜……」
「なんて、禍々しい姿なんだ……」
一方で、彼の部下達は恐怖していた。体が溶けているという不気味な見た目に対する感想としては、もしかしたらそちらの方が正しいのかもしれない。
「あれが、リルフ……」
そんな中で、フェリナはリルフを茫然と見つめていた。彼女の中には、様々な感情が渦巻いている。その感情が整理しきれずに、そうすることしかできなかったのだ。
「ガルルッ!」
「うわっ! 剣が!」
各々が反応を見せている中で、リルフが動き始めた。その口から、液体を吐き出したのだ。
液体は、ジャザーンの部下の剣に着弾した。すると、その剣はドロドロと解け始める。その液体には、酸のような性質があるようだ。
「な、なんて奴だ……」
「このままじゃ、俺達も……」
「何を言っているのですか? 私達の望みは、滅びること……今ここで、あの竜に滅ぼしてもらえるならば、本望ではありませんか」
「ジャザーン様、しかし……」
リルフの変化に対して、素直に喜んでいるのはジャザーンだけだった。その他の者達は、目の前に迫りくる強大な存在に恐れを抱いているようだ。
結局の所、滅びることを心から望んでいる者達は、多くないのかもしれない。もしくは、終末を望む会に所属していても、死の恐怖がない訳ではないのだろうか。 とにかく、ジャザーンの部下達が、逃げまとうことになったのは、彼らがその迫りくる死から逃れたいと思ったからなのだろう。
「リルフ……」
逃げまとう者達を追いかけていくリルフを見ながら、フェリナは自然と動いていた。その動きの中で、彼女は時間がゆっくりになっていくことを感じていた。
「違う……違う」
フェリナは、思い出していた。リルフと過ごした日々のことを。
皆が恐怖する今のリルフの姿を見て、彼女は奇しくもそのことを思い出していたのだ。
転生竜は、転生して何度も生を重ねている。その純粋なる瞳の奥に、どれ程の記憶を持っているのかと思い、フェリナは恐怖していた。
だが、リルフとの日々を思い出しながら、フェリナはそれが間違いだったと悟った。リルフと過ごしてきた日々が、彼女の疑念を振り払ってくれたのだ。
例え、どれだけ生を繰り返してきていたとしても、自分と過ごしてきた日々は変わらない。その一心で、フェリナはリルフの前に出て行く。
「リルフ、やめて!」
「グルルッ……?」
フェリナは、リルフの前に両手を広げて立ち塞がった。それにより、リルフはその動きをゆっくりと止める。
先程まで、理性なき獣のように逃げまとう者達を追いかけていたリルフだったが、フェリナの姿を見ただけで、その動きをぴたりと止めたのだ。
「リルフ……ごめん。私が、私の心が弱かったから、あなたをこんな姿にしてしまって……私がもっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「グ、グルッ……」
「こんなの間違っているよ……リルフ、あなたの本当の姿は、こんな姿じゃない」
「お、お母さん……」
リルフは、ゆっくりとその頭を下げてきた。それは、理性を押さえつけているかのようなそんな動作だった。
それを見て、フェリナは自然と手を伸ばす。リルフの溶けている体に、彼女の手が触れていく。
「うっ……」
「お、お母さん?」
「大丈夫……問題ないよ、こんなの」
手を触れてから、フェリナはすぐに理解した。リルフの体も、先程吐き出した液体と同じように酸のようなものなのだと。
焼けるような痛みを感じたが、それでも彼女は手を動かした。リルフの感じた痛みは、こんなものではなかったはずだ。そんな感情が、彼女の中にあったからだ。
「……お母さんの言う通りだ。これは、ボクの本当の姿じゃない。ボクの本当の姿は……」
「リルフ……」
「お母さん……」
フェリナとリルフの心は、一つになっていた。お互いに、何を口にするべきなのか、それを自然と理解したのだ。
だから、それを口にする。二人で。
「「エボリューション」」
次の瞬間、リルフの体は光り輝いた。溶けていたその体は確かに固まり、肉体へと変化していく。




