第八十八話 戦闘からの至言贈呈
津波を回避するために高波ごと広範囲に凍らせたおかげで、巨大な流氷の足場と目隠しの氷壁ができている。
氷上戦闘は滑るが、ほとんどは《立体機動》を使用した空中戦が主体だから、落水を防ぐための保険と考えれば気にならない。
狼兄弟コンビは、リムくんが本来の姿に戻って空を飛んで移動している。
できることなら俺も一緒に乗りたい。
元々馬と同じくらいの大きさで誕生したリムくんは、五年経ってかなり大きくなっていた。
翼を広げて飛ぶ姿は、威厳があって凜々しくカッコいい。正体を知っていなければ【霊王】様と誤解していたかもしれないな。
……いいな。俺も乗りたい。
背中ではしゃぐラビくんを見て現実逃避をしている。
どうせまだ戦えないのだ。少しくらい狼兄弟を見て和んでもいいだろう。
「早く逃げてくれないかな……」
見物客が義憤を理由に航行の邪魔をしているようで、喚く声が聞こえている。
『アーク! やっちゃいなよ! 肉――敵は待ってくれないよ!』
どうやら我が家の食いしん坊は空腹のらしく、討伐開始を催促してきた。
『はーい』
『やる気を出して!』
『……やる気満々だよ?』
『そう? では、アーク隊員! ご武運を!』
狼兄弟が敬礼をして飛び去っていった。
「すぅーはぁー……親分! ここから〈霊魔天〉の武名を轟かせて見せましょう! 吼えろ、【玄冥】!」
魔導六角棍を構え、第二段階の鬼武者を具現化する。
「ブオォォォォォォーーー!!!」
鬼武者に反応したママ鯨が《王威》を発し、凄まじい圧力をかけてきた。
「ウオォォォォォーーー!!!」
脅威度から《王威》を持っていることは予想していた。当然対策を用意している。
背後に現れた鬼武者を纏い、同時に《武威》を発動。《武威》の圧力不足は鬼武者の圧力で補い、圧力とともに襲う闘気と魔力を振り払う。
周囲に少なくない影響が出るだろうが、そんなの知ったことか。さっさと逃げないのが悪い。
――《無音歩行》
――《閃駆》
――《立体機動》
短距離転移とは違って足音がする《閃駆》の弱点を《無音歩行》で消し、《立体機動》に切り替えてママ鯨に近づく。
――《螺旋》《打突》
「鬼砕撃」
――ドッッッッ!!!
標的が大きいおかげで外すことなく頭部に直撃した一撃は、手に伝わる振動と衝撃音から凄まじいものだということが分かる。
しかし、相手は尋常じゃないほどの巨躯を持っている。大量の肉に阻まれてしまい、イラつかせるだけになってしまったようだ。
「本物の肉の壁かよ……。骨が折れる」
「ニンゲンガ……ズニノルナァァァァ」
――オォォォォーーー!
と、声というか音を轟かせ始める。
「ん? ……マジかよ!」
常時発動している《存在察知》のおかげで、何が起きているかすぐに判明した。
目の前のビッグママは子どもと子分を呼び寄せたらしく、俺たちがいる海域に向かって大きい気配が集まっていく。
不幸中の幸いなのは、船とは逆方向から集まっているということだ。お守りをしなくていいのは助かる。
「別働隊! 出番だよ!」
『了解であります! リムくん、ゴーー!』
「ガゥゥゥゥーーー!!!」
『半殺しで済ませるから、肉――リムくんのためにトドメはお願いねーー!』
どこまでも食い意地が張っている兄弟だ。
「……一つ提案なんだけど、お家に帰ってくれない?」
俺の提案の後、ザブッと海に潜っていった。
「あれ? 帰ってくれ――てない!!!」
海中から垂直に水の槍が放たれていく。
今回の騒動の原因である子鯨が小さめの針だとしたら、ママ鯨は正真正銘の槍だ。
しかもウザいことに、空中で爆ぜて水の散弾に変化して、おまけで衝撃波も与えてくる。
鬼武者の鎧のおかげで槍の直撃さえ回避できれば大丈夫だが、こちらから攻撃できないところがムカつく。
エクストラスキルの練習も兼ねているから、できれるだけ魔術を使わないようにしているのに。
「それにしても……なんか調子がいいな。普通に避けれる。角と〈覚醒者〉の称号のおかげかな? タマさんが鬼族は戦士と生産職の種族って言ってたから、多分覚醒したおかげだな」
『アーク! 逃げてないで攻撃しないと! 終わらないよ!』
『何で見えてるのよ!』
『ラビくんアイの為せる技です! さぁ!』
姿が見えない相手とも魔力次第で話せる《遠話》は、かなり便利だ。返事ができるってことはラビくんも同じスキルを持っているのかな。
……いや、和んじゃダメだ!
「雷よ、天蓋より召喚せし戦士よ、我が怒りに応え敵を討ち滅ぼせ《千客万雷》」
海中から放たれる槍に対抗して、雷の槍を降り注いだ。
魔術発動体を兼ねている魔導六角棍のおかげで、《魔力圧縮》も行いやすく、イメージしながら六角棍に魔力を追加するだけで曲がったり弾けたりと、想像通りの攻撃ができている。
「はっはぁーー! 出てこいや!」
『コラァァァーー! 感電死している魔物がもったいないでしょ!』
『……諦めよう!』
『食べ物を粗末にしてはいけません! オークちゃんに怒られるよ!』
確かに……母親らしいオークちゃんには怒られそうだ。
『善処する!』
『絶対だからね!』
返事はしないでおこう。目の前の死体の山を見ると手遅れとしか言いようがないもの。……証拠隠滅のために回収しておこう。
「ウットウシイワァァァッーー!!!」
「やっと出てきた! 潜ったらまた雷の雨だから気をつけて!」
出てきてくれないと作戦が実行できないんだから、さっさと子鯨も出てきてくれたまえ!
攻撃が効きづらいのは辛いけど、毒がないから女王ワニよりも戦いやすい。
女王ワニのバッチイ体に触れないようにするのに必死だったというのもあるし、さらに援軍で蛇が出てきたし。
それに比べれば、ママ鯨はデカいだけ。
お守りが不要なら、当たらないように避け続ければ何も怖くない。――普通なら。
神器使用のための縛りプレイが地味に効く。手札が減るし、海洋生物型の魔物だから潜られたら面倒だし。
「ブオォォォォォォーーー!」
チャンス到来ッ!!!
「森よ、《樹牢》! からの……地よ、金属よ、《魔鉄鎖》!」
子鯨が、俺を丸呑みにしようとホエールジャンプをかましてきた。
これを心待ちにしていた俺は、森魔術で檻を作って子鯨を閉じ込めた後、檻の端に鎖をつけてぶん回している。
――《身体練成》
筋力を強化して、遠心力を使って回っている。止めたら二度と回せないと思う。
しかも、常に空中で蹴り出していないといけない《立体機動》は、同じ場所にいられないという弱点がある。
だからその場でケンケンしながら回るという、難易度が高い動きをしなければならない。……早く終わってくれ。
「ブオォォォォォォーーー……」
「ハナセェェェェーー!」
「良心が痛まなくもないけど、敵に容赦はしない」
「コロスコロスコロスゥゥゥゥ!!!」
ブチ切れてしまったママ鯨は、大きく開けた口を俺に向ける。……アカンやつだ。
「喰らえ! 鯨弾!」
咆哮の準備をしていたであろうママ鯨の口目掛けて子鯨を放り投げる。
投げた直後に《閃駆》で移動して檻にしがみつき、ともにママ鯨の口の中に入り込む。当然大量の海水が入ってきたが、ワニからもらった《竜鰐闘技》のおかげで水中でも問題なく動ける。
それに加え、鬼武者を纏っているおかげで水圧を感じずに済んでいた。
呼吸は水魔術と風魔術の併用で水中ヘルメットのようなものを作って対処しているが、早めに出ないといけないのは変わりないだろう。
威力は出しにくいけど、こういう話せないときこは《無詠唱》が便利だな。
魔導六角棍を構え、先端に穂先ができるイメージをして氷魔術を発動する。
――《氷刃》
追加効果に周囲を凍らせるというものをつけたため、小規模の魔術に留めた。その方が効率的だからだ。
――《閃駆》《刺突》《螺旋》
『鬼突撃』
上顎に向かって一突き。
『一寸法師、ここに見参! ――なんてね』
――《切断》
――《収納》
氷の穂先を突き刺した後、人が一人通れるくらいの大きさで四角く肉を切り取って収納に入れる。
切り取った肉の周囲は氷の穂先の効果で凍り、血液も海水で流されていくおかげで視界明瞭である。
痛みのせいで暴れているようだが、ワニの《竜鰐闘技》のおかげで効果領域が水中にも及んだ《立体機動》により、踏み出すくらいなら全く問題ない。
肉を切り取った後に踏み出せさえできればいいのだ。肉がなくなれば先に進めるのだから。
でも、一つだけ懸念がある。
果たして俺は海上に戻れるのか。
深海に逃げられたら苦労が水の泡なんだけど。
『ラビくん、ラビくん! こちらアーク! どうぞーー!』
『こちらラビくん! アーク隊員、どうしましたか? どうぞーー!』
『カーさんは到着しましたか? どうぞーー!』
『いますよ! どうぞーー!』
『まもなくママ鯨の討伐が完了します! サルベージを願います! どうぞーー!』
『了解であります! どうぞーー!』
『協力感謝します! 通信終わり!』
子鯨はあとでいいだろう。檻に入ってるし、お腹の方に行ってしまった子鯨を捜すのが面倒くさい。
神器で解体すれば分類されるから捜す必要もない。
――《探知眼》
なかなか脳ミソに到達しないため、脳ミソの位置を確認して最終確認をしておく。
『おぉーー! あと少しだ!』
『アーク! どうすんだ!?』
ちょうどいいタイミングで、カーさんが《遠話》で声を掛けてきた。
『氷の上に上げたらすぐに口を開けて! 三分しかないから!』
『……重いんだが?』
『親分の至言を贈ろう! 「できないのか?」である!』
念話が切れてしまった。ムカついたのかな? だが、その気持ちが大切なんだよ。怒りを糧にしたおかげで今の俺があるのだから。
それに俺も現在進行形で無茶をやらされているのだから、カーさんも少しくらい無茶なことに挑戦して欲しい。
きっと美味しい晩ご飯が食べれるはずだからさ。まぁ船のご飯だろうけど。
『――アーク!』
苦しそうな《遠話》が届く。少しだけ我慢してくれ。
『鬼突撃! ……からの《鳳仙氷華》』
ダメ押しに《氷刃》を弾けさせる。
攻撃後は急いで口に移動して、開口器のようなもので無理矢理作られた穴から外に飛び出す。
さらに、《解析》で死亡を確認してから神器を刺して解体。
飲み込まれた船や人間が原形を留めているため、ラビくんの注文通りに任務を終えられたと思う。
「終わったーー!」
「まだだよ! 残党のトドメをよろしく!」
ふぅと一息ついて鬼武者を解除しようとすると、地獄の刑務官から残業の指示が出された。
「……はい」
子鯨のことも指しているようだが、個人的に目を逸らしたい案件がある。
【カリュブディス】 脅威度七
【シーサーペント】 脅威度六
【クラーケン】 脅威度六
【ドレイクシャーク】 脅威度五
などなど。
面倒そうな魔物はここら辺だろう。どれも半殺しくらいにはなっているが、それでも蛇には近づきたくないのだよ。特に海に浮いている蛇ね。
「カーさん、流氷を増やすから水揚げしていって!」
「また!?」
「文句は地獄の刑務官にどうぞ!」
文句を言うカーさんに、手のひらをラビくんに向けて苦情窓口を紹介する。
「――何かな?」
すぐに反応してくれた受付係は、リムくんに乗ったまま用件を伺うつもりらしい。
「……何もございません!」
「よろしい!」
刑務作業員の増員が決まったので、流氷をを増やして作業場を拡張する。
元々あった作業場は福袋の中身が占領しているし、ラビくんたちが品評会をしているから片づかない。
「はぁ……」
ため息を吐いてジト目を向けてくるカーさんに、先輩から一言贈ろうではないか。
「地獄へようこそ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
評価ポイントが増えていて大変驚いています!
心の底から感謝しています!
ありがとうございますm(_ _)m




