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第四十話 量産からの話し合い

 見た目新幹線みたいな大きさのワニの怒りを買ってしまい、拠点に逃げ帰ることにした。もちろん採取は忘れていない。万能薬を作ることは森を浄化する上で必要不可欠だからだ。


「ラビくんたちは何するの?」


「ドロン酒の下ごしらえをしておこうと思ってるんだ!」


「ドロン酒はしばらく作れないよ?」


「なんで!? そのために材料を採りに行ったんじゃないの!?」


「そうよ! そうよ!」


 こ、怖い……。


「寸胴は一つしかないんだ。万能薬かドロン酒か。しかも万能薬は薬草の香りがあるから、鍋についた匂いが消えるまではドロン酒は造れません」


「ナイフで匂いを取ればいいでしょ!?」


「一回しか使えないのに、匂いのためだけに使った後、毒が付着したら鍋が手に入るまで酒造は不可能なんだよ? 我慢しなって!」


「は……話が違う……」


「俺も竜って聞いたときは同じ事を思ったよ」


「し、仕返しなの……!?」


「そんなことするわけないじゃないか。鍋がないんだから仕方がないんだって。今度町に行って調味料とかを購入しようと思ってるから、それまで待っててくれるかな?」


 まぁ年単位になるだろうけど。


「……いつ?」


 目の前のモフモフは勘が凄まじいほどいいな。


「……保護者ができたら……」


「なんで!?」


「十歳未満の子どもは露店などの資格が与えられていないから、保護者がいないと売買ができないんだ。でも俺は放逐された身だからな……」


「それなら方法があるわ! 現存するレシピで作ったあんたの薬を組合に売るのよ。丁稚のお使いで売りに来たといえば、自分で売るよりも安くなるけど身分証がなくても売買はできるわ! ただし、あんたのオリジナル品は売買禁止よ! 盗用されて売れなくなるからね!」


 そこまでするか……。


「じゃあ練習で作った薬と、最近急増したオークの素材で作った薬を売りに行きましょう。とりあえず万能薬は下処理だけしておいて、先にドロン酒を作りましょうか」


「賛成ーー!」


「そうしなさい!」


 結局、呑兵衛たちの勢いに負けドロン酒を鍋一杯に造ることになった。ドロン酒の果肉が溶けてこせるようになるまで万能薬作りは保留になり、代わりに町に売りに行く『オークリーム』を大量に作っていく。


 この『オークリーム』は、俺がそう呼んでいるだけで本当はただの媚薬だ。伯爵家の娼館で使うために、小遣い稼ぎとして作っていた。


 レシピ通りに作っていた割りには好評で、追加注文を受ける度に数量が増えていた。でも固定料金しか払われなかったから、俺も増量はしなかった。


 俺はこの『オークリーム』の発展型も作ってあるが、タマさんに禁止されているから『オークリーム』と、小分け用の手塗りリップ風の容器を木工スキルで作った。


 小分け容器は回転式の蓋は無理だから、普通の被せるタイプの蓋にしている。でもそれだけだと味気ないし、安く買い叩かれるなら付加価値をつけることにした。


 クリームを使うのは女性だから、「可愛い」と思ってもらえるような柄を彫り込む。基本は花で、将来的に使われても良さそうな猫とかも図案に使った。


 ラビくんは木べらでクリームの詰め替え作業をしている。何の文句も言わず、一心不乱に黙々と詰め替え作業をしていた。


「ラビくん、頑張ってるね」


「うん! ドロン酒のためだからね!」


「じゃあラビくんに御褒美をあげようかな」


「え? 御褒美!?」


「じゃーん! サングリア風ドロン酒!」


「う、うわぁぁぁぁーーー! 宝石みたい!」


 そうだろ、そうだろ!


 本当のサングリアは一晩寝かすらしいけど、ドロン酒に漬けすぎるとドロン酒の繊細な香りが死んでしまうから、数時間冷暗所に置いておけば十分なのだ。


 これは俺式タルトタタンと呼んでいる。つまりは失敗から誕生した製品なのだ。ただ冷暗所の温度変化のせいで確実な時間は不明で、獣人特有の嗅覚で判断している。


 さらに果肉状態のドロン酒の方が向いていて、フルーツポンチみたいなデザート感覚で食べれるドロン製品なのだ。


 ちなみに、今回初出しである。


「果物とドロン酒が完全に混ざる前に食べてみて」


「うん! でも、三等分して欲しいな!」


「ラビくん……」「ガウゥゥ……」


 なんていい子なのだ……。


 作業をしていたのはラビくんだけなんだから、独り占めしてもいいものなのに……。


「じゃあちょっと待っててね」


 三等分ではなく追加で三人分を作って、一つはアルテア様に奉納して、他二つを呑兵衛たちに渡してあげた。


「うんまぁぁーー!」


「美味しいーー!」


「ガウゥゥゥーーー!」


 良きかな、良きかな。


「炭酸水入れても美味しいから残りで作ってみて。今回はおかわりはないからね。できたてのドロン酒がないと作れないし、たくさん仕込んだわけじゃないからさ」


 ちょっと残念そうにしているけど、ごねることなく納得してくれたみたいだ。


 ラビくんは御褒美に満足したのか、また詰め替え作業を始めていた。クリームを小分けにした後も柄ごとに箱詰めして、意外な几帳面さを発揮していた。


 クリームの詰め替え作業は嗅覚が鋭いと大変だから、獣人の薬師は嫌がり、自分の弟子にやらせることがほとんどだ。

 それを鼻にタオルを巻くだけで行えるラビくんはすごいとしか思えない。ラビくんは俺よりも嗅覚が鋭い狼の幻獣なのに……。


「無理しなくていいんだよ?」


「ん? 大丈夫だよ」


 最初は「何のこと?」と首を傾げたが、すぐにクリームを見て大丈夫という。すでに鼻が麻痺してしまったのだろうか……。すまん。


 ラビくんの鼻の無事を信じて俺も作業を続けた。クリームの残留物で作った『オーク丸』という名の精力剤だ。これも通常レシピで作ったもの。持ち運びできるように薬包紙に包むのだが、生憎俺は持っていないので、木筒にまとめてぶち込み直接卸そうと思っている。


 三日間、収入源の量産を行い、ドロン酒をこせたあと万能薬を鍋一杯に作った。ようやくワニとの戦闘準備が整ったわけだ。


 ◇


「えーー、大変気が進みませんが、これより巨大ワニ討伐作戦を実行したいと思います!」


「頑張ってー!」「ガウゥゥゥーーー!」


 他人事……。


「あれ? タマさんは?」


「ん? 上司に呼ばれたって言ってたよ」


「アルテア様に? じゃあしょうがないか。気を取り直して、森の浄化作戦から始めようと思います。当然、俺が行ける範囲だけになってしまうけど」


「はーーい!」「ガウゥゥ!」


「周囲の警戒は任せた!」


 とりあえず万能薬節約のためにバケツに毒を移動して浄化していく。地面にナイフを突き刺してはバケツに移動させ、一杯になったらバケツを交換して再び作業を続ける。


 幸いなことに毒の臭いを辿って行けば浄化が必要な場所を効率よく回れ、最終的に水場へと続くワニの通り道まで辿り着く。

 途中で死んでた魔物は地中深くに埋めて、アンデッド化防止と疫病防止のために万能薬をかけておいた。


「……ついに到着しちゃったか……。できれば来たくなかった……」


 思わず呟いてしまうほど、水場周辺は異様な雰囲気に包まれているのだった。



 ◇◇◇



 一方その頃天界では、天使と大精霊がそれぞれ一人ずつ土下座をしていた。


「……イリアス、あなたは二回目よね?」


「はい。大変申し訳なく思っています」


「……リゲル、あなたは初めてだけど、一度に二つのことをやってしまったわね?」


「……片方は何でしょうか?」


「加護をつけたでしょう?」


「ダメなのですか?」


 土下座をしている大精霊は火の大精霊で、鍛冶や料理など火を扱うことや物作りを担当としている。アークが使っている神器を創ったのも火の大精霊だ。つまり、今回の呼び出しと土下座は神器についてである。


 火の大精霊もドロン酒やドロン製品に手放しで賞賛し、木工スキルで作った女神像や魔物像に感心して、百年に一人だけという条件がある最高位の加護をつけた。


 結果、〈神匠〉という称号がついた。


 効果は火属性の付与はもちろんのこと、鍛冶スキルの付与に細工系の習得および習熟速度が三倍。加えて、神の技術書『細工』の自由閲覧だ。


 生産系職業の者たちが目指す頂きであり、現在も人間が決めた枠で神匠と呼ばれている者がいるが、称号を得ている本物は数百年生きている長命種だけだ。


 大精霊の中でも実力者であり、自分が担当する職に誇りを持っているゆえ、制限関係なく滅多なことでは加護をつけない。

 実際、アークを除くと称号持ちは四百歳を超えたドワーフ一人だけ。他は祝福と寵愛持ちが数名いる程度。


 火の大精霊よりも加護をつける頻度が少ない大精霊も数名いるが、望まれる頻度が高く信仰を多く集めている火の大精霊が、自ら加護をつけることは珍事と言っても過言ではない。


 しかし、火の大精霊にとって加護の付与は、自身に与えられた権利を行使しただけであり、何が悪いのか全く分からなかった。


「ダメ――とは言いにくいですが、問題があるのは確かです」


「どのような問題でしょうか?」


「あなたの神殿で加護をくださいと言う阿呆が多いですが、次に祭事で直接願われたらどう答えますか?」


「もう与えた者がいるから不可能だと」


「それです。火魔術を使いたいからとか、神匠になったから認めてくださいとかいう阿呆が多いのがあなたの神殿です。でも阿呆は阿呆なりにダメ元で聞いています。あなたが頑固というのは有名ですからね」


「物作りもしないくせに火魔術だけ欲しいとか意味が分かりませんからな。それに俺よりも【大老】の方が頑固です」


 女神がニコリと微笑みながら頑固と言うと、火の大精霊は母親にからかわれたときのような恥ずかしそうな表情で否定する。


「あの子は頑固ではなくマイペースなんです。さて、加護を得た者の存在を知った者はどう動くでしょう? イリアス、どう思いますか?」


「はい。徹底的に捜し出して管理下に置くと思います!」


「そのとおり。さらに隠蔽しているけど、複数の称号がバレないとも限らない。彼らのことはまだ隠しておきたいのです。だからドロン酒は私の管轄にしたのです」


「……ふむ。では彼と従魔以外は見えないようにし、今まで通り付与をしないとだけ告げれば良いのでは?」


「火の精霊たちに気づかれるのでは?」


「箝口令を敷きます。破った者は庇護下からはずれてもらうよう通達します」


「……そこまでして加護をつけたいのですか?」


「もちろんです。個人的なお礼もありますが」


「……そうですね。分かりました。では神器問題について話し合いましょうか」


 空気が和らいだように見えたのも束の間で、すぐに説教が始まり、土下座地獄は続いていくのだった。



 ◇◇◇



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