その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!49
一日、二日とたち徐々に文化祭が近づいてくる。
今日も放課後の教室ではクラスメイト達が準備を進めている。日ノ下もそれに混ざって時折、文化祭実行委員として指示を飛ばす。BHEの活動は完全に休んでいるのだが、奇跡的に荷渡からのお咎めがない。もっとも、今度会う時が怖くてしかたがないのだが……。
「ひ、日ノ下さん、問題があります」
教壇で浮雲の設定ノートを読み返していた日ノ下に、おずおずとそう言って来たのは卯月だ。普段は元気ハツラツ天真爛漫な彼女が日ノ下に敬語を使うなんてありえない。浮雲に任せられたキャラクターになりきっているのだ。
「……なんだ?」
「このままでは衣装が足りないです」
「ああ――そうか」
裁縫の心得のあるクラスメイトが服を改造しているのだが、人数分全て作っていては全員分間に合わない。
その問題を解決する方法に日ノ下は心当たりがあった。BHEの拠点、女子更衣室のロッカーにある大量の衣装。それを使えればこの問題は解決するだろう。
「僕に任せてくれ。なんとかできるかもしれない」
「ほんとですか! さすが日ノ下様!」
「な、なぁ卯月。やり辛いから接客の時以外は止めてくれないか……」
「そ、そうはいきません! ご主人様のお友達に無礼があったとなれば私の立場がなくなります」
「あぁ……、そうかよ」
卯月のことだから日ノ下が戸惑うのを内心で楽しんでいるのかもしれない。あまりそうは見えない。本当にキャラクターになりきっている気がする。
日ノ下は手をひらひらと振り「白の元に戻ったらどうだ?」と言い、卯月を追い払う。
クラスメイトたちの演技への入れ込みようは凄まじかった。卯月と同様、異様な熱気を感じるほど練習に打ち込んでいる。少し前まで恥ずかしがりながら演技をしていたのが嘘のようだ。
「らっしゃせぇええええええええええお客様ぁああああああああああああああああああ! オライッオライッ」「よく来たな愚民共! 我が直々に出迎えてやろう!」「いらっしゃいませコンニチハ。マイクに向かってコンニチハ!」
日ノ下は騒がしい教室から廊下に出ると、心なしか気温が数度下がったかのような涼しさを感じた。その足でBHEの拠点、女子更衣室へと向かう。
数日ぶりなのだけど、ずいぶん久しぶりに訪れた気がする。人の目を気にしつつ、さっと女子更衣室に入ると、目の下に大きなクマを作った荷渡が日ノ下を待ち構えていたかのように立っていた。
「やぁ、日ノ下くん。ずいぶん久しぶりだね」
「久しぶりって言っても三日だろ」
さっき内心で久しぶりだと思ったことはもちろん内緒だ。
「本題に入る前に一つ気になってるんだが」
普段は考えないようにしている。考えても今更変えられない事実だからだ。
それは週末の出来事。
天津は浮雲の妄想を知っていた。そして最悪の形で浮雲の妄想を壊そうとしている。ここ数日、日ノ下は積極的に天津に会いに行こうとはしなかったけれど、浮雲に接触されないように警戒はしていた。
「荷渡、僕、転校させられるのか? 天津にばれてしまったし」
「いや、それはないよ」
「そうなのか?」
「なんで転校させられないか――って理由に気づけないのはちょっと鈍感だね。自分で気づきなよ」
悪戯っぽく荷渡は笑ったのだった。
「……」
考えてもわからなかった。だが、転校させられないならそれに越したことはない。荷渡は<日ノ下は転校させられない>と確信を持って言っているようだ。
ほっと一安心すると、荷渡の変化に日ノ下は気付いた。ニマニマ笑う荷渡の目の下のクマがいつもより濃い。気味悪さが増加してなめくじがうねるのを見るようなレベルに達している。