表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
気高き偶像青年の悩み
45/69

18 気高き偶像青年の悩み Ⅱ

 あの決意から五年。長い道のりを経てここまで来たが、僕は必至に積み上げてきた積み木を自ら崩さなくてはならない。

 全てはオタ活の為に魔界幹部という二つ目の顔を得て、発現したタレントがマルクの秘密を暴く者であったのが運の尽き。僕は積み上げた積み木の土台の正体を知ることになった。

 全てはマルクとあの株主――“ヌンティウス・デイ”との密約。マルクをメンバーから外し、事務方に付けたのは、あの女が彼を利用して薄汚い目的を達成させるためであった。そもそも、マルクが番組の推薦を得る事が出来たのもあの女の手引きであり、その時から僕たちは彼女の掌で踊っていたという事になる。

 ヌンティウスは大陸各地でワンワールドのコンサートを行い、警備が緩くなったのを見て呪道具を収集していたのだ。その目的は分からない。だが、あの佞悪醜穢のやからの事だ。どうせ禄でもない事を考えているのだろう。


(僕がやろうとしている事は正しいのだろうか?)


 僕はあの女が憎たらしいし、マルクを罪の沼から救い出したいと思っている。だが、それは彼が罪を犯してまで積み上げてきたワンワールドという成果を悉く潰す事になりかねない。

 だから僕はこのステージで問うつもりだ。他の誰でもない僕の親友マルクに――


「意外といい国っすねぇ――」


「ああ、どこか背伸びしている中小地方都市感はあるけど」


 変装を重ねて、サングラスと帽子を着用したまま食事をとるチャーとメン。恐らく、僕の計画で最大の被害者になるかもしれない人たちだ。

 彼らは許してくれるか―― いや、許してはくれないだろう。だから僕はワンワールドもマルクも実質的な害を被る事のないプランを一応は考えている。それがうまく運ぶかどうかは神のみぞ知るわけではあるが。


(あとはガランド宰相との連携とヌンティウスの動向が鍵を握る)


 僕はガランド宰相と電話にて最終的な打ち合わせをした。別に綿密なものではない。ただ、マルクの事は僕に、ヌンティウスの事は宰相に任せるという程度の内容だ。


(まぁ、あの人なら大丈夫だろう。問題は僕の方か……)


 既に述べたように、僕には迷いがある。いくら最悪の事態を回避する手を考えても、悪夢のヴィジョンは拭う事が出来ない。


(でもやるしかない。このままではマルクが後戻りできなくなる)


 頭を覆う雲のような迷いを振り払うと、ジレットは目の前でパスタを頬張る仲間たちにやんわりと話を切り出した。

 内容はマルクが“犯罪に手を染めかけている”というもので、既にいくつかの犯罪に関与している可能性に関しては暈した。


「あぁ…… あいつ最近おかしかったからなぁ」


 どうやらチャーとメンもマルクの最近の雰囲気に違和感を持っていたようだ。


「僕らはどうするべきだと思う? きっとこれは彼だけの問題に留まらないだろう」


 僕はズルい。自分の迷いの答えを他人に求めている。


「俺たちにとってマルクは大切な仲間で、恩人だ。指を咥えて見ているわけにはいかねえ! そうだろ!?」


「ああ、当たり前だぜ。それでどうする? 俺たちに出来る事はあるのか?」


 二人はジレットの話に一切の疑いを持つことなく、受け入れた。


「出来る事か…… 

一つ考えはある。あるが、それはワンワールドの終焉に繋がるかもしれない……」


 僕は二人が何の疑いを持たずに話を聞いてくれた事に少し狼狽した。そしてその理由が事の大きさを過小評価しているからだと考え、自分たちにとって最悪なビジョンを敢えて提示した。


「その時はその時だな!!」


 だが、二人は迷うことなくそう答えた。彼らは別に事を楽観視していたわけではなかったのだ。


「どうして…… ほんと君たちは……」


「なぁ兄弟。俺達は血は繋がっていないが、心は繋がった家族だ。

 そんな家族がヤバい事してるって時にいつものように演奏できねえよ!!」


「全く、君たちは凄いよ。敵わないなぁ……」


 ジレットはコーヒーの水面を覗きながら思ったままを口にした。

 その様子を見たチャーとメンはお互いをしばし見合わせた後、申し訳なさそうにジレットに声をかけた。


「すまねぇシュー…… 実は俺たち一つ隠していた事があるんだ」


「覚えているか? マルがメンバーから外れるという通知が来たあの日、お前ジャバさんの所に突っ走っていっただろ?

 それでさ。お前が出て言った後俺たちはマルを慰めていたんだけど、あいつ奇妙な事を言い始めて……」


「今でも忘れねえ。

 “僕はこれからもずっと皆に迷惑をかける。だから僕の事は捨ててくれ…… もうワンワールドには僕は存在しない…… 最初から存在しなかったんだ……”

 泣きながらあいつはそう言ったんだ」


 シューの言葉は固く、表情は何かに怒りを感じているようだった。


「だからな。俺達はただ事じゃないと思ってずっとマルの様子を注視していたわけよ」


「それで分かったんだ。あいつの周りでちらちら姿を見せる地味な女。あいつが関係しているってな」


「俺たちはこっそりあいつの正体を掴むために色々調べたんだよ。

 だがあの女全然尻尾を掴ませねぇ。精々分かったのはうちの事務所に出資しているという事とヌンティウスという名前だけ」


「あいつをこっそりつけて行った事もあるんだぜ。だがあいつ袋地で突然消えやがったんだ…… 狐かなんかに化かされた気分だったよ」


 大量の水を溜め込んだダムが放水を開始したように、チャーとメンの交互に語られる話は止まる事を知らない。


「だからよう。お前がさっきの話をしてくれた時そんな驚きは無かったんだ。もっと早くお前にも話しておけばよかった」


「お前とマルの仲は俺たち以上だろう? だからあまり心配させたくなかったんだよ。すまねえな……」


 僕が悩んでいたように、二人も悩んでいた。偉そうに他人様に“心が分からない”と偉そうに言ったくせに僕は何も分かっていなかった。


「だから何でも協力するぜ兄弟。俺達に出来る事なら何でも言ってくれよ」


「…………ありがとう。僕が二人にやって欲しいのは、今回の公演をいつも通りに成功させる事。後は僕に全て任せてくれ」


 本当に恐ろしい仲間たちだよ。もう後には引けないじゃないか。


「ははははは」


「ふふふふふ」


 「逃げ」だったのかもしれないけど、二人に話して良かった。僕は友人に恵まれている。それを再認識する昼下がりだった。


(兄弟か…… そう言えばマルクが僕の事をそう呼んでいたっけ。ったく、手のかかる弟だよ)













 ジーマ帝国首都マーバスに“26”という数字が溢れ、まるで独裁者のように至る所で帝国宰相マレード・フォン・ガランドの肖像が掲げられる。

 大通りを彩る売店では商魂たくましい商人たちがガランド宰相の写真集や解説本を並べ、意識の高いラーメン屋店主のように腕を組んだ宰相の合成写真が付けられた幟がはためいていた。

 この何とも言えない光景に一番不快感を持っているのは他ならぬガランド宰相本人だろう。


「うへぇ……」


 毎年この日になると、何故皇帝陛下が生誕祭を忌避したか分かる。街中に自分の年齢が晒されるのはハラスメントという他ないだろう。


「誕生日というのは本当に疲れるな。いや、何で俺が疲れなきゃなんないんだよ!!」


「知りませんよ。

 でもまぁ、悪い事ばかりではないですよ。ご家族もお祝いに来ますしね」


「いや、君俺の母親の性格知っているでしょ? 今日は誕生日強化バースデイバフの所為で面倒臭さひとしおなんだわ。マリナが来てくれるのは嬉しいのだけど、母さんが合わさると……」


「お、お父様。マクシミリアン・フォン・ガランド将軍もいらっしゃるのでしょう? 久方ぶりの親子対面。素晴らしいじゃないですか」

 

「父さんはバカンス……軍の仕事が忙しいらしくて帰ってこないよ。

 だけどまぁ、よくよく考えたら君の言う通り、悪い事ばかりでもなさそうだ」


「と言いますと?」


「今日は最高のバースデイプレゼントが用意されているって事さ。ヌンティウスの体という最高の贈り物がね」


「…………エロ宰相」


「え? いや、そういう意味じゃなくて!! 誤解だよアンナ君!!」


 本日は月見の月20番目の日。ほのかに暖かい晴天は天才の生誕を祝福しているようだ。

 俺はそんな日の朝、秘書のアンナ君と話しながら、式典の為に宰相府庁舎から城へと向かう。

 

 まず城にて皇帝陛下からお言葉を頂き、新しい宰相杖を受け取る。次にそのまま広間に移動して国の有力者や、各国大使館大使等と食事を交えて懇談。メディアを通して国民に挨拶した後、車でマーバス国立国際スタジアムへと移動し、ワンワールドを招いての祝賀公演というのが本日の予定だ。え? その後の予定はって? ふふふ、その後は今日最高のお楽しみタイムヌンティウス・デイ捕縛作戦よ。

 ジレットさんの話では、奴が動き出すのは公演が始まった直後。俺はタイミングを見計らってスタジアムを抜け出すと、呪道具“貧者の鉄球”があると思われている城へと向かい、憲兵隊や軍、警察と共に行動する。


“公安関係者でもない人間が行ってどうする”


 そう考えるだろうが、俺は直で奴が「ぴえん」と泣く姿を見たいのだ。今日は俺の誕生日だぞ? 文句など無いだろう。


 ヌンティウスが“ぴえん”する瞬間を妄想している内にマレードは城に到着し、城の従者によって儀礼用の礼服を着せられていた。

 礼服は貴族がかつて使用していたもののレプリカで、濃い紺の上下に、黄金色の飾緒とエボット、白いサッシュで飾られる。これはかつてジーマ帝国の貴族が騎士や軍人を兼ねていた頃の名残であり、腰には装飾のついた模造剣が最後に装備される。


「流石俺といったところか。どのような衣装も天才には映える」


 姿見に映る自分の姿にマレードは満足し、殴りたくなるようなドヤ顔を見せた。


「はいはい映える映える。それじゃあ、さっさと移動しますよ宰相閣下」


 どうやら自分の姿に見惚れている内に無情にも時間が過ぎていた様で、部屋には俺とアンナ君しかいなかった。


「むっ、もうそんな時間か。では参ろうか我が秘書よ。いざいざ皇帝陛下の元へ」


「…………きっしょ」


 人は特別な服を着ると舞い上がってしまう事がある。戦隊ヒーロー等の服を着せてもらってその真似をする子供みたいなやつだ。だから俺も少し舞い上がってしまった。まぁ、その後のアンナ君の液体窒素の如き冷たい一言で完全に冷めてしまったわけだが。





“マレード・フォン・ガランド宰相閣下がおいでになられます”


 文化大臣の言葉が会場に轟くと、宰相マレード・フォン・ガランドが秘書を伴い、赤いカーペットの上を優雅に、堂々と歩きながら登場した。その瞬間、拍手喝采が会場を包み、マスコミが放つシャッター音と共に手を叩く音が部屋に轟いた。

 彼の向かう先には玉座、皇妃座、そして三人の皇女が並ぶ。第二皇女フィーナの座は特別製であり、彼女が興奮して握っても壊れない様、手すりや腰掛には特別な重金属が使われていた。


「よくぞここまで尽くしてくれたな。マレード・フォン・ガランドよ」


 五人のロイヤルファミリーを前に、膝を折り頭を下げたマレードに対し、皇帝ジャール一世は一言労いの言葉をかけた。


「はっ、有難きお言葉。この体も心も偉大なる皇帝陛下の御為、命が尽きるまで捧げて参る所存にございます」


 マレードの返答にジャール一世はニヤリと笑う。


「ほほう。言う様になったなマレードよ。

 だが、貴公。命が尽きるまでと言いおったが、貴公より先に命が尽きるのは私だろう。して、私が没した後、貴公は誰に忠を捧げるのかな?」


 クソ中年らしい嫌らしい質問だ。


「無論、ジーマの君主たるデルタ家の元にて、我が身命捧げるものでございます」


「なるほどなるほど。お主は我が国と、デルタ家に忠を誓うというのだな。

 なら最も、その忠を果たす事が叶う方法があるぞ。

 即ち、フィーナの心を受け入れればよいのだ。がははは」


 ジャール一世の笑い声に呼応するように、会場は爆笑に包まれた。俺はこの笑えない状況下で作り笑いを浮かべながら、最も適した返答を考えていた。


「いやだわぁお父様…… フィーナ困ってしまいます」


「ついにお兄様が、真にお兄様になられるのですね。フィオ、素敵なお兄様が出来て嬉しいですわ」


 フィーナ姫は頬を紅潮させて金属の座を軋ませ、フィオ姫は美味しいものを食べた直後のように無邪気な笑顔を浮かべた。

 俺は大人だ。だから空気くらい読む。ここで重要なのは場を萎えさせず、自分の意見を言う事だが、完全に「むーりー」と言う事は封じられてしまった。どうしよう……


「あなた。ガランド宰相も困っていますわ。今はこれくらいにしておきましょう」


「そうですよお父様。焦らずともマレード君は自分で心の内を伝えるでしょう」


「うーん。しょうがないか……」


 ジーマ帝国皇妃シャゼーヌ様と第一皇女フィリア姫が盛り上がる三人を宥め、マレードの窮地を救った。


「それとマレード君。私は君が弟になってくれる事は歓迎だからね」


 フィリア姫は最後にそう付け加え、自分もフィーナ姫の恋を応援しているという事を示した。

 彼女は俺が仕えるデルタ家の長女であり、また、友好国チーパの皇太子妃であると共に俺の学生時代の先輩だ。そして、俺の初恋の相手でもある。そんな人にこの様な事を言われると、少し心に来るものがあった。


「では、慣例に倣い、貴公マレード・フォン・ガランドに宰相杖を与え、帝国の為に力を揮ってもらうとしよう」


 慣例と皇帝は仰ったが、その言葉が使われるほど宰相という立場は古いものではない。ここでは軍人の要職たる元帥の儀式を模して行われる。


「では参るがよい」


「はっ!!」


 文化大臣から宝玉の埋め込まれた黄金の杖を受け取ると、ジャール一世はマレードの元に歩み寄る。

 宰相杖はその職を表す印であり、宰相の生まれの日に合わせて、一年毎に新しいものと入れ替わる。これは職務の継続と共にそのものの生誕の日を祝うという事も兼ねていた。


「これで堅苦しいのは終わりだな」


 宰相杖をマレードに渡すと、ジャール一世はそう言って指を鳴らす。

 するとオーケストラの音楽と共に部屋の屋根からいくつもの断幕が下がってきた。


“ハッピーバースデー 何でもできる君 祝26歳!!”


 断幕にかかれたその言葉が会場上部に並ぶと、今度は巨大なケーキが数人のコックと共に登場した。

 今年は去年に輪をかけてはっちゃけている。恐らく去年の式典で何の文句も出なかった事に味をしめたのだろう。来年はどうなる事やら……


「皆の者、本日は祝いの場だ!! 各々楽しむが良い」


 一番楽しんでいるのはそう言ったクソ中年の様で、彼は子供のように我先にケーキの元に向かうと、コックたちに切り分けられたケーキが乗った皿を受け取った。

 だが、それが呼び水となり、会場に集った者達から余計な遠慮が消え、皆笑顔でケーキに向けて列を作り始めた。

 そして、立場も国籍も関係なく、皆がケーキとフォークを手に散り散りになって好きなように好きな相手と言葉を交わし始める。


「さて、俺は先ず――」


 儀式が一段落し、俺がするべき事は目の前におわす高貴なる皇妃、皇女殿下に挨拶する事だろう。


「お久しゅうございます皇妃殿下。常に変わらぬお美しさに私めの心は癒しを得ております」


 最初に跪いた相手は玉座に並んで置かれた座に身を置いた美しき女性――シャゼーヌ。彼女はこの国の縁の下の力持ちで、王の職務が副業と化した漫画家に代わって多くの仕事をこなしていた。


「ふふふ。お世辞でも嬉しいわガランド宰相。

 そしておめでとう。これからもどうかジーマの為にその類稀な力を揮って下さいね」


 彼女はそう答えたが、これは世辞ではなかった。実際彼女はその年齢が分からない程に若く、そして美しかった。マレードの母であるマレーナも年齢を感じさせぬ若々しさと美貌を持つが、大きい子供的な性格の彼女と違って、シャゼーヌはその見た目とは違い内面も大人の女性であった。


「ははっ、有難きお言葉。このマレード・フォン・ガランド、帝国の為に粉骨砕身して参ります」


 床すれすれまで頭を下げ、シャゼーヌの言葉に感謝すると、次はその隣に座する一つ年上の女性の元に赴き、皇妃に対するのと同様に膝を折った。


「フィリア皇女殿下の有難き訓示を守り、私はここまで立身出世する事が出来ました。これもすべて皇女殿下のお陰でございます」


 生徒会長の彼女は厳しいお人だった。それでいてヒステリックではなく、彼女の言葉を信じさせるに足る寛容性もあった。きっと俺でなくとも彼女に惚れた事だろう。いや、常人には彼女の光は強すぎて近寄る事すらできなかったか。俺達ですら最初は恐怖心に近い何かを抱いたものだ。

 なんにせよ。フィリア姫のお眼鏡に適うよう、学生時代に友と切磋琢磨した事は無駄にならず、今の俺に生き続けている事は確かで、感謝の言葉をいくつ重ねても足りないだろう。


「ふふっ、そう畏まらないでマレード君。私にとって貴方はまだ可愛い後輩よ。だから顔を上げて学園で一緒だった頃みたいに接しましょう」


 イケイケドンドン系マイペースの皇帝陛下、フィーナ姫、フィオ姫とは違い、どちらかというとおっとり冷静系のフィリア姫であるが、頑固さはフィーナ姫と変わりなく、ここは彼女の言う事に従うのが賢明と考え、俺は立ち上がり軽く一礼した。


「はい会長殿」


「ふふふ。それでよろしい。

 あと、マレード君。“私達”のプレゼント、楽しんで頂けましたか?」


「“私達”といいますと……?」


 俺とフィリア会長の会話に何故かフィーナ姫が覗き込むように無言で注視してくる。


「あらら。まだ行かれていらっしゃらないのかしら。

 えっと、何て言ったかしら…… ああ、わんちゃんランドでしたっけ」


「お姉様!! わんぱくわんにゃんランドです!!」


 この姉妹の掛け合いで、俺はプレゼントの内容を理解した。恐ろしい事に、あの悍ましい伏魔殿は皇帝とフィーナ姫からのものでは無く、ロイヤルファミリーからの贈り物だったようだ。


「姫と大臣の禁断の恋…… 恋するプリンセスTHEライド……」


 思わずその呪文のような言葉が口から洩れると、フィリア会長は勢い良く手を叩いた。


「そうでしたそうでした。

 可愛い妹の為にマーバス学園にも脅は……協力して頂いたのです。

 きっとマレード君も喜んでくれるはず」


 フィリア会長は冷静沈着にして自律的なお方だ。だが、我が家族や、皇女姉妹の例に漏れず、妹姫の熱烈な応援者チアガールでもあった。


「あっ、でもマレード君がその名前を知っているという事は既に行ったという事よね?

 ふふっ、私との話はここまでにしてフィーナの元に行ってあげて。きっと感想を待っているはずだわ」


 会長が手を向けた先には、紅潮した頬に手を当てるフィーナの姿があった。

会長の表情は「さっさと行ってあげなさい」と言わんばかりで、俺は心して宿敵の元へと足を進めた。


「あ、あのフィーナ皇女殿下。ご機嫌麗しゅう――」


「ダメです!! お姉様と同じように、その……」


 フィーナは膝を折ろうとしたマレードを制止させ、自分も姫ではなく、一人の女として扱うよう求めた。


「はぁ、久しぶりフィーナ。いや、そんなに久しくも無いか」


 周囲に人がいるにもかかわらず、マレードは生徒会の手のかかる後輩としてのフィーナに語りかけた。


「久しいですよ!! 私寂しかったんですから……

 あっ、ニャムさんの怪我はどうなったでしょうか? 私の所為で彼女は……」


「彼女は大丈夫ですよ。もうすっかり元気になって学校にも通っています。それにあの件は俺の方にも原因がありましたし……」


 伏魔殿の件に先んじて、ナナミさんの件を問うあたり、流石は人の上に立つ者だと俺は感じ、敬服した。


「……楽しかったですよ」


「え?」


「姫と大臣の禁断の恋 恋するプリンセスTHEライドです。えっとその、なんというか。とりあえず楽しめた……様な気がします」


 感服ついでに俺は心にもない事を口にしてしまう。不覚にも他者を慈しむフィーナの姿が可愛らしく思い、彼女を少しでも喜ばせたいと思ってしまったのだ。


「よかったぁ~ 何でもできる君の為にみんなで頑張ったからそう言ってくれて嬉しいです!!」


 嬉しさで腰を浮かせた彼女の力に悲鳴を上げるかのように、金属の軋む音が聞こえ、俺に掛けられた魔法が解けた。


「それでは今度は一緒に行きましょう。たっくさんお弁当も用意していきますからね!!」


 結局はいつものフィーナだ。マイペースでどこか危なっかしい。

 だけど何だろう。その姿にどこか安心してしまう。前まではそんな事なかったのに――


「わんぱくわんにゃんランドは持ち込み不可ですよ」


「むむむ……」


 お弁当持ち込みを阻止すると、フィーナは頬を膨らませる。良からぬ事を考えているのだろう。

 俺はその隙にフィーナの前を離れると、デルタ家の末妹の元へ向かった。


「あ、お兄様。モグモグ…… 私もお兄様の後輩に当たるので、モグモグ……お姉様と同じように接してください」


 デルタ家末妹フィオ姫は俺の姿を見ながら、ケーキを挿みつつ言葉を吐きだした。

やけに静かだと思ったら食事中だったらしく、いつの間にか彼女の手にはケーキが二切れ乗った皿とフォークが握られていた。


「フィオ皇女殿下。俺は貴方様の兄ではありませんよ」


 いちいちツッコまないと本当に兄にされてしまいそうだ。だから虚偽が真実にならぬよう、随時指摘するのが肝要なのである。


「モグモグモグモグ」


 俺の指摘はどこ吹く風。フィオ姫は完全にケーキの虜になっており、食レポの如く美味しそうに食べる様は俺の好奇心を刺激させた。


「美味しいですか?」


「モグモグ…… はい。モグモグ…… 美味しいですわ。お兄様

 でも、お兄様が作る料理が私は一番好きです」


「え? マジで? そう言ってくれると嬉しいです」


 口の肥えたお姫様のお褒めに預かり歓喜の極みだ。なんだかんだで俺は自分の料理の腕に自信があるからな。


「モグモグ…… だからお兄様がうちでご飯を作ってくれるのが楽しみです。モグモグ……」


 彼女の言葉はプロ―ポーズにも見えるがそうではない。彼女は俺がデルタ家に婿養子に入った場合の副産物の話をしているのだ。


「何度も申し上げますが、俺はあなたの兄では――」


「モグモグ…… モグモグ…… でも先ほど“お兄様の作る料理が好き”と申し上げた際はとても喜んで下さったじゃないですか?」


「いや、それはその時の流れで……」


 小柄に大食漢少女というテンプレ姫に完全にペースを握られている。このままでは余計な事を言いかねない。


「うん。では姫様また後程」


 こういう時は逃げるに限る。戦略的撤退だ。

 マレードは皇妃と皇女姉妹に軽く頭を下げると、会場中央に置かれたケーキの元に向かって行った。


「すみません。俺にも一切れいいですか?」


 この祝いの場の主役にも拘らず、マレードがケーキを得る頃には、既に今にも動き出して戦闘が始まりそうな巨大ケーキの70%程が失われていた。


「おめでとうございます!! 何でもできる君様。

 これおまけです」


「あ、どうも」


 コックの青年はマレードの為に苺を取り置いてくれたらしく、彼の皿の上にはケーキ本体が見えない程の苺が乗せられた。


「やぁガランド宰相。君の素晴らしいこの日を祝福しよう」


 フォークを片手にマレードがどこの苺から成敗しようか迷っていると、怪しげなローブで顔の上半分を隠した青年が声をかけてきた。


「わわわわ…… だ、誰でごぜーますか!?」


 怪しげな人物に声をかけられ、マレードは動揺を隠せない。


「僕だよ僕。おっと!!」


 青年は動揺するマレードを茶化す様にそう言うと、皿から零れた苺を白い手袋で覆われた手でキャッチし、そのまま口に運んだ。


「うん。これはトチノキ産のものだね。関係悪化があってもしっかり買い込んでいるのか。たまにはうちの苺やピーナッツも使ってくれよ」


「ん? ピーナッツ?」


 怪しい青年の一言で俺は彼の正体にピンときた。そして彼がローブで顔を隠している理由も――


「アレン王子。貴殿も大変ですね」


 アレン・ヴァリグ――チーパ公国の皇太子にして、フィリア姫の夫。駆け落ち同然に結ばれた二人に、ジャール一世は激怒し、一時は国際問題に発展しかけた。今ではフィリア姫が帰国できる程度に落ち着いたが、ジャール一世の怒りの炎は今なお消えず、アレンに顔を合わせれば嫌味をチクチク言うのが定番となっていた。


「ははは。こちらとしてはジャール一世おとうさんと関係を深めたいのだけどね。まぁ、これも覚悟をしていた事さ」


 正体を看破されたアレンは苦笑いを浮かべて、マレードだけに顔が見えるようにローブを少し上に上げた。


「状況はいい方向に行っています。きっと皇帝陛下との御関係も時間と共に改善するでしょう」


 マレードがアレンにそう告げると、彼は表情を険しくし、何かを思い出したようにマレードの耳元に口を近づけた。


「状況と言えばガランド宰相。トチノキの件はご存知ですか?」


「トチノキ? いえ存じませんが……」


「結論から言いますと、近いうちに政変が起こる可能性がございます」


 トチノキの体制は極めて不安定だという事は知っている。なにせその原因の一つは俺にあるからだ。

 俺はトチノキと係争中であったレアル銀山の獲得の為、かの国の軍務大臣のスキャンダルを利用した。別にマッチポンプをしたわけではない。彼が抱える爆弾が起動するのを手伝っただけだ。

 それによって彼は失脚し、政府の責任も追及される事態となり、銀山から目が離れた時に我々は銀山を占領した。そして責任追及の結果、解散総選挙となり新たな政権がトチノキに樹立したが、前政権下での不満解消に注力せざるを得なくなり、銀山の事なんか構っていられないのが現状だ。


「現政権は極めて宥和的で、対立が生じないよう努めてきましたが、それもどうなるか怪しい。恐らく、政権が代われば真っ先に目の敵にされるのはジーマでしょう」


 我々も今のトチノキ政権との関係はそんなに悪くはない。むしろ短期間であるが、民間交流を通じてよい関係を築きつつある。それにトチノキ政府の支持率は高水準を維持しており、選挙も先の筈で、政権が変わるなんてことは考えてはいなかった。


「まだ大丈夫でしょう。選挙も当分ないですし……」


 マレードが能天気にそう言うと、アレンは大きく溜息をついた。


「そうならいいのですけどね。問題は民主的ではない方法で体制が変わる可能性があるという事です」


「まさか、クーデター……」


「ええ、うちの情報部によると、トチノキ軍と一部財界に不穏な動きがみられたという事です。杞憂なら良いのですが、くれぐれも警戒してください」


 そう忠告すると、アレンは更にもう一つ苺を摘んで口に入れてマレードの傍を離れた。どうやら、この事を告げるのがここに来た目的の一つだったようだ。


「クーデターか……」


 確かにトチノキ軍部は銀山の件に納得していないだろうし、現政権の政策は面白くないだろう。一応の用心をするに越した事はない。

 この事を協議するため、俺は頭にこの話を保存すると、一度その件から離れた。今の時点では“あの事”で手一杯なのだ。


「うっ…… 寒っ!!」


 アレンと入れ替わってマレードの元にやってきた少女のオーラに体が凍えた。


「この感じ…… 氷の女王か……」


「おめでとうございます宰相閣下。あの時はどうもお騒がせ致しました」


 振り向くと青白い髪を一つに束ねた白いドレスの少女が立っていた。


「いえいえ。

 そう言えばフランのやつは…… お兄さんはいらしてないのですか?」


「ええ。お父様もお兄様もお忙しいようで。この宴には私しか参加しておりません」


「そうか……」


 フランは毎年積極的に俺の誕生日を祝ってくれていたから、氷の女王――レベッカ・エアシャトルの言葉に俺は残念に思った。


「だが仕方ない。彼にもやらなくてはいけない事があるのだろう」


 両手をだらりと下げ、残念がる俺を氷のような表情でレベッカは見つめる。そして一拍置くと俺の目を見て口を開いた。


「宰相閣下。また匂いが強くなっていますわ。その所為でオラフも興奮していますの」


 レベッカ嬢が気にしているのは“人ならざる者の匂い”というやつだ。だが今回に関しては俺にも覚えがある。なにせ神様とやらが我が家に居候しているわけだからな。


「ああ、その理由は分かっているよ。なに、心配する事ではないさ」


「あらそう。なら良いのだけど」


 喜怒哀楽の無い不愛想な表情でレベッカはそう答えたが、きっと心配はしてくれているのだろうと思う。


「兄さん!! その女は誰ですか!! 運命の人がいながら何たることですか!!」


 レベッカ嬢との会話が終わったところで後ろから熱気の籠った声が背を突く。間違えるはずがない。これは最愛の妹の声だ。


「やぁマリナ。この女性ひとは違うんだ。

 えっと、スカンディナビア家の御令嬢で――」


「レベッカと申します。マーバス学園のマリナさん」


「あれ? なんで私の事……」


 マリナはレベッカの顔をじっと見つめた後、何故彼女が自分の学校を知っているのか首を傾げた。

 その様子に氷の女王の無表情の仮面にひびが入り、レベッカは少し不満そうな表情を浮かべてマリナの顔を見つめ返した。


「いえいえ。魔法士の間では有名ですよ。銃乱射系の『火のついた火薬庫』さん」


「ムムッ! 私そんなんじゃありませんよ!!」


 残念だが妹贔屓の俺から見てもマリナは“そんなん”である。


「そうですよね? 兄さん!!」


「いやーえっとねぇ……」


 流石に最愛の妹の上目遣いでも、俺は火のついた火薬庫を否定する言葉が出てこない。


 






――マレードが麗しい乙女に囲まれている中。マーバス国立国際スタジアムにてコンサート準備に指示を出すエスセブに、大きな帽子を被った女が近づく。エスセブは女の接近に気が付くと、少し嫌な顔をしながら持ち場を離れて彼女と個室へと移動した。


「今回も“撒き餌”ご苦労様です」


 女は帽子を脱ぐと、その子供のように無邪気な笑顔を見せてそう言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ