02 聖堂騎士と黒きダイヤ(ジェレミー)
Scene Character:ジェレミア・リスタール(ジェレミー)
Scene Player:天界音楽 様
聖堂騎士ジェレミア・リスタールは、周囲の様子があからさまに変化した事に警戒を抱いた。
先刻まで歩いていた森の道とは明らかに違う。鬱蒼と乱雑に生い茂る木々。辺りに漂う霧。昼間だった筈が、ぼんやりと薄暗い。
全ての事象が、手にした護符が輝いてから起きている。
(どうした事だ、これは……この護符、やはりただの道具ではなかったようだな。
見知らぬ土地に迷わせるとは――いかなる魔物の力が宿っているのやら)
護符の虹色の輝きは失せ、すでに元の黒曜石に戻っている。
ジェレミアはおもむろに手持ちの荷物を調べた。少なく見積もっても三日分の保存食は用意してある。切り詰めれば四、五日は保つだろう。
(ここがどこかも分からない。下手をすれば、今まで歩いていた場所とは全く違う森か……?
何にせよ、迂闊にここを離れるのは危険だ。じっくりと観察しなくては)
ジェレミアは決して頭の回る方ではないが、遍歴の聖堂騎士として旅慣れている。
道に迷った時どうすべきか。食糧を確保するため、生き延びるため何を為すべきか。一通り単独でこなす事は可能だ。
今が昼なのか、夜なのか。それすらはっきりしないほど上空の霧は濃い。
陽が差さず冷え込むため、ジェレミアは森の枯れ木を集めて火を起こす事にした。
しかし――枯れた枝を集めているうちに、奇妙さに気づく。
(何だ……? この枯れ枝――微妙に透き通って見えるぞ……?)
集めた枝をまじまじと見る。所々、透明な膜のようなモノが貼りついているのだ。
触ってみる。硬く脆い。引き剥がしてみる。明らかに樹木の感触ではない。透明な膜は硝子のように乾いた音を立て――取り落とすと地面にぶつかって呆気なく割れた。
(本当に硝子のようになっている……この木々は一体……)
幸い、枯れ枝の全てが硝子状になっている訳ではない。樹木の部分を残せば火種を移すのに使えるだろう。
ふとジェレミアは気になって、近くにあった小さめの木を短剣で斬り裂いた。
歴戦の騎士の一閃は容易く樹木を両断したが――やはり妙な手応えだ。
年輪の所々に、侵食するように透明なヒビが入っている。枯れ木にもあった硝子と同質のようだ。
(一見して普通の木のようだが……所々が硝子化している。こんな森を見るのは初めてだ)
霧の立ち込める、硝子の森。ジェレミアは得も言われぬ悪寒を覚えた。
長時間硝子に触れていると、体内にある自分の魔力まで抜き取られてしまいそうな錯覚に陥るのだ。
(この硝子の正体は分からないし、気味が悪いが――身体の調子はすこぶる良いな。
体内の陰陽の気の昂ぶりを感じる。普段は扱えないような、高難度の調整や術も扱えるかもしれない)
野営をしつつ、ジェレミアは普段と違う自分に気づきつつあった。
森に入ってから何時間経っただろうか。明らかに長い時間過ごしているにも関わらず、疲労も睡魔も襲ってこない。どころか空腹すらほぼ感じない。身体の動きも快調そのものであり、身に着けている鎧も心なしか軽く感じる。
(何もかもが奇妙だな。本当にこの森は――現実のものなのだろうか)
ジェレミアが疑念に思っていると、何者かが近づく気配があった。
感覚も研ぎ澄まされているのか、普段であれば気づかぬほど遠くの足音も聞き取れる。ジェレミアは咄嗟に、見繕っていた木陰に身を隠して様子を見る事にした。
姿を現したのは、黒衣を羽織った黒髪の老人。
何かを探しているかのように、慎重に森の中を進んでいる。武器らしきものは持っていない。
特徴的なのは左眼である。黒目のようにも見えるそれは――人間の持つ瞳ではなかった。左眼全てが真っ黒な宝石のように、鈍く輝いているのが分かる。
黒ずくめの老人は立ち止まった。火を起こした跡に気づいたのだろう。
ジェレミアは姿を現す事にした。相手がどういう意図を持っていようと、自分から敵意ある行動を取るべきではない。まずは礼節と共に言葉を尽くす事――聖堂騎士たちが仕えし「聖典」にもそう記されている。
「――失礼。物陰から様子を伺っていた非礼をお詫びします。僕はジェレミア。遍歴の聖堂騎士です」
「……聖堂……騎士……」
ジェレミアの名乗りに、老人は初めて聞く単語のように、噛んで含むような調子で復唱した。
しかし礼儀正しき聖堂騎士の堂々たる振る舞いに、幾分か気を許したらしく。黒衣の老人はよく通る声で言った。
「お主も『扉』を開いたのか――こちらも名乗るとしよう。
儂の名はグリソゴノ。グリソゴノ・プルンブム・アダマス――黒色金剛石の守護石を持つ『石人』だ」
(つづく)
《 選択肢 》
石人グリソゴノと邂逅。彼からどちらの情報を重点的に聞き出しますか?
A グリソゴノの過去、身の上話
B 迷いの森の状況、成立過程
深く考えずとも大丈夫。「自分のキャラならこうする」という直感が大切です!