05 硝子の記憶は蘇る(ティス)
Scene Character:ミオソティス(ティス)
Scene Player:貴様 二太郎 様
ミオソティスは「迷いの森」を彷徨っていた。
いつも通りの、いつもの場所。あてどなく歩いても、必ず元来た道に戻される。
「…………あれ…………?」
ミオソティスはふと、靄がかかったような違和感を覚えた。
先ほどまで、何かとても重要な体験をしていた筈なのに――思い出せない。
忘却の加護を持つ黒玉の力で、出会う人全てに忘れ去られる「隠れ姫」が……森の中の記憶を忘れてしまうなど、滑稽極まりない話だ。
「気のせいよね、きっと」
ミオソティスはそう自分に言い聞かせると、再び森の中を歩き出す。
彼女はまだ知らない。いつもと変わり映えのない、今日という日が――その後の運命を激変させる転機となる事を。
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ミオソティスが忘却した記憶の中で。
火の精霊ヴェスタは、得意げに胸を張って言った。
「ヴェスタに任せて! 一旦は忘れても、必ず記憶が蘇るようにしたげるワ!」
「本当? そんな事……できるの?」
目を丸くするミオソティスに対し、炎の小人は自信満々だった。
「要はアレでしょ? 過去の世界を体験した、なんて周りに知れたら最悪、狂人扱いなワケだし。
だったら、記憶が蘇っても問題のない頃を見計らって、きっかけ作りをすればいいのよォ」
ヴェスタはクルクル飛び跳ねつつ、ミオソティスと香梅の間を行ったり来たりした。
「そうねェ。どうせ関連づけるなら、彼女の瞳を連想させるようなモノがいいワ!
……例えばそう、苦礬柘榴石なんてどうかしらァ?」
パイロープガーネット。その美しき紅色は「燃える瞳」と呼ばれ、古来より珍重された。
なるほど確かに、活力に溢れる香梅を想起させるのに相応しい石だろう。
「ミオソティス。これからアナタに暗示をかけ、記憶を引き戻す『鍵』をかけるわよ。
いつの日か、苦礬柘榴石をその目にした時――薄れかけた今の記憶も、徐々に取り戻せるように」
暗示をかける儀式は、思いの他あっさりと終わった。
ヴェスタが言うには元の時代に戻った時に、混乱を避けるための処置でもあるという。
ミオソティス自身、半信半疑だったが……これで香梅たちとの出会いを忘れる事なく思い出せるというなら、乗らない手はなかった。
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かくして、ミオソティスは元来た「道」へと戻った。
他の「外来者」たちと異なり、時間は違えど全く同じ「迷いの森」への揺り戻し。記憶の混乱を避けるべく――ミオソティスの体験は心の奥へとしまい込まれた。
記憶復活の鍵となる宝石は――後にとある魔法使いが遣わした「使い魔」によって、もたらされる事になる。
しかし今は、ミオソティスにとって最も重要な「出逢い」の時間だった。
彼女はついに見つけたのだ。己の守護石を見ても自分を忘却する事のない石人を。
黒衣の老人グリソゴノと同じ、黒色金剛石の加護を宿すオルロフを。
ミオソティスは喜びの余り、感極まって叫んだ。
「見つけた! 私の運命の人!!」
( To be continued in 貴石奇譚 黒玉の章 ~ジェット~ )
貴様 二太郎様、舞台の世界観や設定に関する助言など、多謝です!
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!