04 霧降る夢の終焉(香梅)
Scene Character:香梅
Scene Player:石川 翠 様
香梅は目覚めた。
起きてみれば、いつもの自宅。宰相の屋敷の、自分の寝室だった。
「……夢、だったの……?」
眠りに落ちるや、垣間見たあの光景、そして体験。
香梅の今までの人生で、決して見た事のなかった、神秘的な極夜の世界。
それでいて、奇妙なまでに真に迫った命懸けの冒険でもあった。
硝子の森と、霧の夢――
香梅は起き上がり、ベッドに置かれた枕を見た。
先日、占い師の老婆から譲り受けた、夢を現実にするという「邯鄲の枕」。
手触りが変わっている。香梅が手をやると、昨日は感じた硬い手応えがない。
(枕の中に、宝石が――きっとあの月長石があったのね)
月の満ち欠けで形を変えるという伝説のある宝石。
それが香梅を「迷いの森」へと誘い、そして再び元の場所へと帰した。役目を終えた石は消滅したのだろう。
ふと香梅は、寝間着姿にも関わらず手に包み袋を握りしめているのに気づいた。
全く身に覚えのない物だが……懐かしい感じがする。
袋の中身を空けてみると――人型をした焼き菓子が入っていた。
可愛らしくデフォルメされているが、心なしか香梅によく似ている。
(これって……ティスが焼いてくれた姜饼……
嘘みたい。でもあの体験は夢じゃなかったのね……)
手のかかる可愛らしい妹が増えたような、心温まるミオソティスとの交流。
クッキーに触れると、おぼろげだった森の中の記憶が鮮明に蘇るようであった。
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香梅は、顔を洗っている時に気づいた。
自慢の色鮮やかな手の爪紅が、所々剥げ落ちている事に。
(……これは、もう一度塗り直さなきゃいけないわね)
香梅が普段施している化粧や身だしなみは、非常に手間と時間と根気のいる作業だ。
それ故にそう簡単には洗い落とせない。夢の中でお菓子作りをした時にやむなく爪を切ったが……それはあくまで夢の中の出来事。よもや現実でも似たような難事が起きてしまうとは。
ふと彼女は思い出した。占い師の老婆が「悩みを抱えているだろう?」と尋ねてきた事を。
漠然とした不安はあったが、あの時は具体的に何の事か図りかねていた。
しかしその日の朝。夫・雨仔と出くわし、彼から「手料理を食べてみたい」と申し出てきた時に――香梅の疑問は氷解した。
何の事はない。自分の要望をなかなか表に出さない良人に苛立ちを覚えていたのだ。
そんな中、珍しく雨仔からの要望があった。
もともと料理をすることは嫌いではない。それに今ならば渡りに船だ。
粉物が爪の間に入る為、料理するなら爪は切らねばならない。不格好に剥げた爪紅を洗い落とす手間が多少は減る。
鈍っていた料理の勘も、「夢の中」での体験が取り戻させてくれる事だろう。
「本当に――夢が現実になるのね」
考えれば考えるほど、不可思議な出来事だった。
あの難儀な良人は何を出しても喜ぶだろうが、ここは腕によりをかけて甘やかしてやろう。
香梅は袖をまくり、厨房へと向かうのだった。
(終劇)
香梅のエンディングは、
[連載版]龍の望み、翡翠の夢 番外編〜おまけの小話〜
48.一念通天(2月2日夫婦の日記念)と関連しています。
https://ncode.syosetu.com/n6097du/48/
石川 翠様、最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!