03 聖堂騎士、放浪へ(ジェレミー)
Scene Character:ジェレミア・リスタール(ジェレミー)
Scene Player:天界音楽 様
ジェレミアは元来た森の獣道に戻っていた。
記憶はおぼろげに残っている。決して忘れまいと誓ったが――いずれは消えてしまうのだろうか?
ふと懐に手をやると、虹色黒曜石の護符があった。宝石の輝きは変わらず残っていたが――飾りに刻まれていた魔術文字は消えている。
(この護符はもう、役目を終えて――二度と異界への扉を開く事もないのだろう)
別れ際、グリソゴノとの会話の続きをジェレミアは思い出した。
彼の先立たれた妻についての話をした時のこと。
「儂も巡り合った時は、妻を愛していた訳ではなかった。
いや、愛するというのがどういうものなのかすら、分かっていなかったな」
「グリソゴノ殿、も……?」
「愛が分からない」。その言葉がジェレミアの心に突き刺さる。
かつて親友に指摘され、初めて気づいた己の正体に――ジェレミアは戸惑い、恐れてしまった。
(自分は生涯、誰かを愛する事も、伴侶に迎える事もないのかもしれない。
何故なら僕は、未だ愛を知らず――この身を捧げてでも守り通したい、と思う女性に出会った事がないのだから)
「……二人の長い生活は、いつしか当たり前のものとなり。
お互いが共に在る事が、我らの安らぎの全てとなった。
……それに気づいたのは、妻を失ってからの話だったのだがね。
確かに妻は半身ではなかった。燃え上がるような恋も、心を満たす幸福も儂には無縁だった。
だがそれでも――妻と共に在った時間は、儂にとってかけがえのない価値あるものだったのだ」
「…………」
ジェレミアが押し黙ったのを見て、グリソゴノは我に返ったのか謝罪した。
「……時間を取らせて済まなかったね。老人の惚気話など退屈だったろう?」
「いえ、そんな事は……ありません。良いお話を聞かせていただきました」
元来た「道」へ戻り。
護符を握りしめ、ジェレミアは考える。
(僕にもいつか、訪れるのだろうか――『愛』を知ることのできる日が。
トマス・ハリスにとっての、エトワール嬢のように)
今となっては過去の思い出だが、親友とその恋人の姿が脳裏に浮かび……ジェレミアはほくそ笑んだ。
いかなる苦難と宿命がその身に降りかかろうとも――彼らの選択は間違っておらず、幸せな夫婦生活を送る事だろう。今ならそう、信じられる。
遍歴の聖堂騎士は、再び旅路に戻る。己の使命を――贖罪を成し遂げる為に。
己を必要としてくれる全ての人の為、「聖典」の教えに則り――ジェレミアは旅を続け、そして戦い続ける。
(Fin.)
天界音楽様、最後までお付き合い下さりありがとうございました!