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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Climax Phase
36/43

09 青と赤の物語・後編(ティス)

Scene Character:ミオソティス(ティス)

Scene Player:貴様 二太郎 様

「カエルラ! 見つけたんだ。僕の半身を……!」

「ル、ルーフス? それって……」

「彼女の名前は……って言うんだ! 守護石は……」


 ルーフスの言葉はそれ以上、カエルラの頭に入って来なかった。

 彼が嬉しそうに告げる彼の「半身」。それが誰であるのか、ミオソティスには判らなかった。彼女(カエルラ)の記憶が強く拒んだのか、混濁の度合いが強くなり、不快な雑音にしか聞こえない。


「初めての経験だが、分かるんだよ!」

(何? 何を言ってるの、ルーフス……)


「これが運命という奴なんだね! 素晴らしい!」

(昨日まで、ボクとあんなに愛し合っていたのに……)


「ああ、半身……彼女を手に入れる為なら、他の何を犠牲にしたって惜しくはないよ!」

(嘘だと言って。ボク以外の女の事を、幸せそうに語らないで!)


 裏切られた。手の平を返された。昨日までの幸せが、どん底の絶望に塗り潰された。

 惑わしてやりたい。自分だけを見て欲しい。だがそれも最早叶わない。ルーフスに燐灰石(アパタイト)の力は通じない。

 「半身」の引力は絶対で、他の何者もそれを引き剥がす事はできない。彼らは一度結ばれたら、生も死も何もかも、運命すらも共有してしまう。


 カエルラは悲しみに泣き崩れた。石人であればこそ、多くの男たちを手玉に取ってきたからこそ――半身の運命に抗えない事はよく知っている。

 しかしそれでも彼女は諦めきれなかった。考えに考え抜いた末、選んだ手段は――


「グリソゴノ様。言ってたよね? 運命を支配できる魔法使いの話を……!

 お願い、どうか『彼女』に会わせて!」


(ええっ……グリソゴノさん……!?)


 見間違えようもない。幾分は若く見えるが、彼女(カエルラ)の瞳に映った魔術師は確かに、あの黒衣の老人であった。


**********


 場面は切り替わる。カエルラはグリソゴノの伝手で、魔法使いと会っていた。


「お初にお目にかかります。わたくしの名はトリス。トリス・メギストス。

 人はわたくしの事を『絡繰りの魔法使い』と呼ぶわ」


 女性の魔法使いトリス――彼女の屋敷の中は、奇妙な音と不気味な歯車で構成された機械だらけだ。

 カエルラはトリスに導かれ、奥の間に通される。部屋の中央に浮かぶのは巨大な球体。周囲を幾筋もの円環(リング)で囲まれており、目を凝らすと無数の歯車が中で軋み、蠢いていた。


「グリソゴノから話は聞いてるわよ。あなた――随分と大それた事を考えるのね。

 半身でもない想い人から半身を取り上げ、自分のモノにしようだなんて。ウフフ」

「……単刀直入に聞くよ。できるの? できないの?」


 からかうような笑みを浮かべる魔女(トリス)に対し、カエルラは苛立った声を上げた。


「せっかちさんね……でも、いいでしょう。答えてあげます。

 結論から言えば『可能』。わたくしの可愛い天体観測機(アストロラーベ)ちゃんもそう言ってるわ」


 トリスは機械仕掛けの球体を見上げ、夢見るような口調で言った。


「できるんだね! だったらお願い――」

「でも、代償が必要よ。星を捻じ曲げ、本来ある運命を変えるんですもの。

 それはそれは、凄まじい代償を支払わなければならない」


 トリスの顔から笑みが消えた。射抜かれるような眼差し。

 しかしカエルラは怯まなかった。ごくり、と唾を飲み込み――尋ねる。


「……代償は何?」

「あなたの幸福な運命――詳しくは話せないけれど。

 半身として結ばれるハズの運命を引き裂くのよ? 例えその――ルーフスと一緒にいられるようになったとしても。

 あなたに幸福は訪れない。あなたと将来出会うハズだったかもしれない、運命の半身とも巡り合う事はない。

 それでも――あなたは望むの? (ルーフス)を手に入れる事を」


 ゾッとするほど冷たい視線と、霜が降りたような凍てつく言葉。

 カエルラは心の底から震え上がったが、やがて意を決し……大きく頷いた。


合意は遵(パクタ・スゥント)守すべし(・セルヴァンダ)

 いいわ、契約は成立。絡繰りの魔法使いトリス・メギストスの名に於いて。

 汝カエルラと、ルーフスの運命を繋ぎ合わせましょう――」


 魔女の言葉が終わると同時に、カエルラの左眼――守護石たる燐灰石(アパタイト)に凄まじい力が宿った。


「…………ぎィッ!?」


 視神経が焼き切れんばかりに熱のこもった魔力がうねっている。カエルラは思わず悲鳴を上げた。


「不安がる事はないわ。あなたは運命を代償に、力を手に入れた。

 今のあなたであれば、想い人も周囲の人間も、容易く『惑わせる』事でしょう」


**********


 かくして、カエルラの運命は変化し――何もかもが魔女(トリス)の預言通りになった。

 次にルーフスに出会った時、彼は幻でも見ていたかのように、運命の「半身」の存在を忘却してしまったのだ。

 そしてカエルラは手に入れた。ルーフスと共にいられるという「運命」を。

 しかし、魔女に預言されたように……その末路は彼女にとっても、ルーフスにとっても幸福とは程遠かった。


 わずか数年後に、二人は死期が迫っている事を悟った。


「――ごく僅かの時間だったけれど、幸せだったよ。カエルラ」

「ボクもさ……ルーフス」


 二人は互いを抱き締め合い、息も絶え絶えになって約束(くちづけ)を交わした。


「もし死んだら――瞳を保管してもらう事にしよう。

 ボクたち魔術師の守護石なら、将来きっと強い魔力を宿す瞳として役立てるハズ……」

「ああ、そうだね。カエルラ――」


 二人の石人は、グリソゴノに瞳の保管を願い出た後、自ら命を絶った。

 トリスとの契約によって強化された燐灰石(アパタイト)の力は凄まじく……熟達した魔術師のグリソゴノですら、二人の矛盾と欺瞞に気づかずに石を封印した。


 やがて霧降る森を作り、外界と極夜国(ノクス)を遮断するという話が持ち上がった時。

 彼らの石は霧を生み出す媒体として使用され、廟に祀られた。そして三年の月日が流れ――


 きっかけは不明だが、燐灰石(アパタイト)の力が弱まり……「惑わされ」、覆い隠されていた真実が明らかになった。

 混濁した泡沫が、重苦しく悪臭を放つ泥土に変わり、ミオソティスは思わず顔をしかめた。


 そして彼女の心を直撃する――激しい憎悪。落胆。衝撃。

 騙され、裏切られたと知ったルーフスの恐ろしいまでに膨れ上がった負の感情であった。


「あの女……! 僕から半身を奪い、騙して僕を殺しやがった……!

 許さない、許せない! 僕の半身を、運命を返せェッ……!!」


 霧は瞬く間に魔術師たちの制御を離れ、際限なく森の中に溢れ、そして覆い尽くした。

 森の木々から魔素を吸い尽くし、生命(いのち)をも奪い、次々と硝子(ガラス)に変えていく。


 死せるルーフスの瞳に非業の感情が宿り、禍々しき「呪いの瞳」と化した。

 こうなれば自我など用を為さない。無差別に、無意識に。森に漂う「意志」全てに、負の感情が伝染病の如く潜り込み、爆発的に増殖していく――!

 汚濁に塗れた奔流に飲み込まれ、ミオソティスは激しい嘔気と不快感に晒された。


(……そんなッ……これがあの暴走事件の、真相……!?

 こんな酷い事が……20年前、本当に起こったというの……!?)


 森を彷徨う感情全てが怨嗟の声を上げる中、独り狂乱し喜びに打ち震えていたのは、カエルラの意志だった。


「あはァはははァァ……! 綺麗……なんて美しい光景なんだァッ……!

 やっと分かった……! これこそがボクの求めていた『半身』だったんだ……!

 ボクが欲しかったのは、馬鹿正直だったルーフスなんかじゃない。

 壊れて狂った、今のルーフスは……とても素敵だよ! 幸福なんか要らない!

 荒ぶるアンタの意志をボクは尊重し、信奉する!

 さあ、ボクを憎んで! ボクを踏みにじって! ボクを引き裂いてェ!

 気の済むまで、何度でも! 幾星霜……未来永劫、ボクを壊し続けて欲しい……

 その狂気も憎悪も、何もかも愛おしい! 愛してるよォ、ルーフス!!」


 ルーフスの狂気と、カエルラの狂喜。強烈な負の感情が、ミオソティスの心をも染め上げつつあった……


(つづく)

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