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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Climax Phase
35/43

08 青と赤の物語・前編(ティス)

Scene Character:ミオソティス(ティス)

Scene Player:貴様 二太郎 様

 ミオソティスは、碧玉(ジャスパー)封玉廟(ほうぎょくびょう)への道を駆けていた。

 辺りに漂う霧から、危険な負の感情の気配が弱まったのを感じ取った為でもある。


 やがて黒玉(ジェット)を宿した少女は辿り着いた。

 満身創痍で座り込む聖堂騎士ジェレミアの治療に当たっている、香梅(シャンメイ)の姿が映る。


「素晴らしい治癒術だね。原理は分からないが……僕の扱う回復術では到底及ばない力だ」

「褒めたって何も出やしないわよ。こんなボロボロになるまで、しかも嬉しそうに戦い続けるなんて……!

 どうして男って、躊躇(ためら)いもなく自己犠牲に走れるのかしら?

 もしも死んでしまって……残された人がどんなに悲しむか。そういうのを考えた事ないの?」


 月長石(ムーンストーン)の治癒を称賛するジェレミアとは対照的に、香梅(シャンメイ)は不機嫌そうに小言を繰り延べていた。

 彼女の想い人、夫となる前の雨仔(ユイザイ)が死の淵を彷徨った時と重ねて見ているのかもしれない。


姐姐(ジェジェ)! ジェレミアさん……!

 無事でよかった……!」


 香梅(シャンメイ)もミオソティスに気づき、優しい微笑みを取り戻す。

 彼女の前では、言葉を荒げている自分を見せるのは気が引けるらしい。


「……ハイ、傷は完全に塞いだわよ。多分。

 でもあたしの力はあくまで治療だけ。戦いで失った魔力や体力までは戻せないわ。

 しばらく安静にしてなさい。いいわね?」

「……ありがとう、感謝しますよ。香梅(シャンメイ)殿」


 ジェレミアの負傷は問題ないだろう。

 ミオソティスは新たな問題――封玉廟(ほうぎょくびょう)を見やった。

 弱められたとはいえ、封じられた守護石から微かに漂う負の感情。ここに祀られている碧玉(ジャスパー)は、香梅(シャンメイ)の推測が正しければ「呪いの瞳」と化している筈なのだ。


 香梅(シャンメイ)はこれから、石人(いしびと)の少女がやろうとしている事を察し――声をかけた。


「……気をつけて、ティス」

「……うん。でもこれは、やらなければならない事だから」


 膨れ上がった霧を鎮めるには、発生源たる守護石に「忘却」の力を行使する必要がある。

 そしてその為には、石がいかなる経緯で負の感情を宿すに至ったのか、知る必要があった。


 グリソゴノより手渡された黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)の護符を握りしめ、ミオソティスは廟に納められし碧玉(ジャスパー)に――触れた。


 一瞬の沈黙の後、視界がめぐるましく変化していく。

 石に記録された過去の幻視(ビジョン)が、少女の中にとめどなく流れ込んでくる!


**********


 ルーフスとカエルラは、同期の魔術師であった。

 もっとも極夜国(ノクス)の魔術の伝授・継承は師匠が弟子を取る徒弟制であり、横の繋がりや交流があった訳ではない。


 それでもカエルラの噂は、当時の魔術師たちの間で語り草であった。

 彼女の宿す守護石は燐灰石(アパタイト)。古の言葉で「誤魔化し」「策略」を意味する。アパタイトは様々な色を持つため、他の鉱石と見間違えやすい。しかもそれらの鉱石と比べ、アパタイトは脆く、傷つきやすい。それ故違う石だと思っていた人は「騙された」と感じる事があったのかもしれない。

 そんな特徴を持つアパタイトの力は「惑わす」。カエルラ自身、奔放で自己主張が強く、数多くの男たちの間を渡り歩いていた。石の性質も本人の性格も、悪評を振りまかれるのは必然であった。


 それでもルーフスは彼女に出会った時、惹かれてしまった。

 彼女の持つ燐灰石(アパタイト)の加護に、文字通り惑わされたのかもしれない。

 だが多くの、カエルラと関係を持った石人たちが抱いた感情と同様――ルーフスもまた彼女に夢中になった。騙されていたとしても構わない。彼女と共にいられるのならば――と。


 ふとミオソティスは、石の記憶の中に混濁の泡沫を感じた。


(これ――ルーフスさんの記憶だけじゃない……混ざっている……?

 同じ地に封じられた宝石同士で、記憶が絡み合って――別の人の記憶も一緒になっている)


 ミオソティスは気づいた。視点が切り替わり、実直そうな赤毛の若者の顔が映ったのだ。


(これは……カエルラさんの記憶……)


 カエルラとルーフスの恋仲はたちまち、周囲の魔術師や石人たちの話題に上った。

 またカエルラが新しい男漁りを始めたか――と、周りは嘲笑と好奇の視線を投げかけていたが。

 カエルラだけが気づいていた。ルーフスは今までの男たちと違っていた。

 ルーフスは「惑わされ」ていなかった。彼女の持つ燐灰石(アパタイト)の力が通じなかったのだ。その証拠に、今までカエルラの虜となった男たちは、彼女の望むままの行動を取っていたのに対し――ルーフスはカエルラに従わなかった。

 自分の思い通りに動かないルーフスに対し、当初こそ苛立ちを募らせていたカエルラだったが……やがて気づく。ルーフスは正直で芯が強い。彼の宿す碧玉(ジャスパー)の力も相俟(あいま)って、カエルラの「惑わす」力とは全く相性が悪かったのだ。

 にも関わらず、ルーフスはカエルラに惹かれた。つまりルーフスは自分自身の意志でカエルラと恋人となる事を選んだのだ。


 それは今までのカエルラにない体験だった。

 数多くの男を虜にしたものの、結局自分の眼鏡に叶う石人は今まで現れなかった。

 しかしルーフスならば……彼こそが、自分にとっての「半身」なのではないか。そんな期待が彼女(カエルラ)の中で膨らんでいった。虜にしようとした男に、逆にカエルラが虜となり、夢中になっていた。


 そんな運命を感じた、幸せの日々も束の間。

 ある日ルーフスから、とんでもない話が打ち明けられた。


「聞いてくれよ、カエルラ……ついに見つけたんだ! 僕の半身を!」


 そう……ルーフスが見つけた「半身」。それはカエルラではなかったのである。


(つづく)

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