06 王の役割(ゲツトマ)★
Scene Character:ゲツエイ&トーマス(ゲツトマ)
Scene Player:あっきコタロウ(旧カミユ)様
純白の礼服の背中に、青い刃が突き立てられていた。
霧の中から、勝ち誇ったカエルラの哄笑が響き渡る。
「あははははッ! 『赤い霧』を生み出せばッ! そっちに注意が行くと思ってたよォ!
でも残念だったねェ! ボクの燐灰石は『惑わす』加護を持つ!
霧の色を変化させるぐらい、お茶の子さいさいなのさァ!!」
トーマスの背中は激しく流血し、周囲の石畳が黒く染まる。後ろからは見えないが、きっと美しい顔は歪みきり、苦悶の表情を浮かべていよう。
カエルラはそれを想像し、嗜虐的な感情を膨らませ――刃をさらに食い込ませようとした。
突如、霧の中から銃口が突き出し……爆音と共にほとばしる火花。
銃弾は青い刃の中心部に突き刺さり、弾痕とヒビを生み出す!
「ぎッ…………!?」
予想外の反撃と、激痛に襲われカエルラは奇怪な悲鳴を上げた。
続けざま、2発、3発と――刀身に次々と穴が穿たれる!
「俺様を『呼んだ』のはこのためか」
どこか遠く……さながら、世界へと語りかけるように呟いて、血を流すトーマスの横から現れたのは――もう一人のトーマス。
拳銃を手に、月色の髪を揺らして。
このカエルラとかいうペテン師を対処させるため。そのためにわざわざ異世界から人を呼ばなければならないとは。
「この世界も無能の集まりだな」
「馬鹿な……じゃあこのトーマスは……偽者……!?
斬りつけた手応えも、噴き出す血液すらも、本物同然の感触だったのに……!」
「フン。自ら『お手本』を披露しておいて、何を動揺している。ふざけてるのか?」
問いつつも、答えは求めていないのだろう。
やや眉間に皺を寄せているのは、自分そっくりの幻影が傷を負う姿に不快感を覚えたからか。
(そんなッ……ボクがグリソゴノに化けていたのを見ただけでェ……?
あんなごく短い時間で、幻術使いのボクをも騙し得るほど精巧な幻影を……!?
信じられないッ……何だ……なんなんだこの化け物はッ……!?)
カエルラは改めて戦慄した。
あの赤毛の忍者も人外だが、それ以上の怪物が――目の前にいたのだ。
美しい仮面を被った、この世の全てを睥睨する暴帝が。
「お前、痛がってるのは演技じゃないだろう」
断定。そして浮かぶ、残虐の瞳。他者の痛みを見るのが、一度や二度では無いように、慣れた様子で真実を見抜く。
「傷を負えば――死にはせずとも、それなりに消耗はするんだろ?」
トーマスの持つ灰簾石の指輪が、彼の言葉を肯定する。銃弾で穿たれた部分から、激しく魔素が散り、力が失われていく様子を浮かび上がらせる。
固体に化けた状態なら、霧の化け物といえども攻撃は通じる。
そして、トーマスは呼ぶ。煩わしいものを排除する道具の名を。
「ゲツエイ! 殺れッ!」
貴公子の処刑命令に、忠実なる影刃は即座に閃いた。
鉄爪で刻まれ、深緋に輝く刀を以て――青い刃は完全に打ち砕かれた。
『あァぎィやアアああアアッ!?!?』
とびきり不快な断末魔の金切り声が辺りに響き、ゲツエイは恍惚とした表情を見せる。
辺りに漂う攻撃的な魔素の気配が、消えた。
トーマスとゲツエイの前に、燐灰石のカエルラは再び敗れ去ったのだった。
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封玉廟に辿り着いた。
トーマスは持っていた黒色金剛石の護符を、納められていた燐灰石の上に押し付ける。
消滅の加護を持つという護符。直接守護石に触れ合わせれば、そうそうおかしな真似はできまい。
あの石人は、霧に宿る感情とやらを鎮めなければ、事態は終息しないと言っていた。
だがこれより先は、トーマスの役目ではない。
ゴミはゴミ箱へ。
溢れたゴミを拾い上げて片付けるのは、王のすることではない。
王には王の。家畜には家畜の役割がある。
(――残る3つ。せいぜい上手くやって、俺様の負担を減らす努力をするんだな、外来者共)
(つづく)