05 楔石(スフェーン)のウィリディス(ティス、香梅)
Scene Character:ミオソティス(ティス)、香梅
Scene Player:貴様 二太郎 様、石川 翠 様
ミオソティスと香梅は、黒曜石の封玉廟への道を引き返していた。
目指すは碧玉の祀られている廟。「血に飢えた霧」を生み出している元凶はそこにある筈なのだ。
ところが、別ルートに入ってしばらくすると、霧の中から見覚えのある人物の姿が視界に入った。
黒色金剛石の石人、グリソゴノである。
「グリソゴノさん? どうしてここに――」
「儂とて、ただ手をこまねいているだけ……という訳にも行くまい?」
「アタシはアブナイって言ったんだけどねー!
おじーちゃん、どうしてもって聞かないのよォ!」
黒衣の老人の背後からひょっこり顔を出したのは、火の精霊ヴェスタだ。
「……実はな、儂は先ほどまで、別の封玉廟を訪れていたのだ。
楔石の……ウィリディスの廟をな」
そう言ってグリソゴノは、懐から一個の宝石を取り出した。
ややくすんだ、緑がかった色をした眼球大の石である。
「これってまさか――廟に祀られた守護石!?」
「うむ。ちゃんと『当人』の許可を得て、廟から持ち出した」
スフェーンの加護は「永久不変」。しかし具体的にいかなる作用があるのかは判然としない。
グリソゴノが手にする石からは、ぼんやりとではあるが薄緑の霧が立ち込めている。
『はじめまして、美しいお嬢さん方。
僕の名前はウィリディス。千五百年ほど昔に寿命を終えた石人です』
不意にミオソティスと香梅の耳に、奇妙な言葉が聞こえてきた。
軽快そうな男性の声音だが、どことなく何かに遮られ、雑音の混ざったような響き。しかし耳ではなく、頭脳に直接伝わるような不可思議な感覚なのである。
「はじめまして。私はミオソティス。親しい人はティスって呼ぶわ」
「はじめまして。あたしは香梅よ」
彼女たちが名乗ると、ウィリディスと名乗った声は心底嬉しそうな声を上げた。
『お二人とも素敵な名前だ! ありがとう。
数百年ぶりの女性との会話、もっと楽しみたい所だけれど……そうも行かないようだね。
貴女がたが今やりたい事、知りたい事はもっと別にあるようだし』
「貴方も話が早くて助かるわね。それに、敵対者という訳でもないようだし」
察しの良すぎるウィリディスの態度に、香梅は苦笑交じりに肩をすくめた。
「この森で暴走している霧を発生させているのは、碧玉の守護石――なのでしょう?」
「その通りですよ、お嬢さん」
「止めるためにはどうすればいい? 教えてくれる?」
『碧玉の石は「呪いの瞳」と化してしまっている。
その呪いを除去するために、貴女たちがこの森に招かれた――それは間違いなさそうだ』
ウィリディスの言葉に、ミオソティスは信じられない、と声を上げた。
「そんな……森の霧を発生させるための石の中に『呪いの瞳』が混ざっていたなんて……!」
「ティス。何なのその『呪いの瞳』って」
香梅の質問に、ミオソティスはハッと思い出したような顔になった。
周りに石人が多いためか、香梅に「呪いの瞳」の知識が無い、という事に今まで思い至らなかったようだ。
「望まざる非業の死を遂げた石人は、強い負の感情を守護石に宿してしまう。
そうして生まれるのが『呪いの瞳』。瞳は百年ほど前――とてつもない災厄を世界に招いたわ」
ミオソティスは当時の様子を、書物の記録でしか知らない。
そんな彼女ですら、声に震えが交じり、隣のグリソゴノも痛ましいのか目を伏せている。
二人の石人の様子を見て、香梅は「呪いの瞳」の恐ろしさを察する事ができた。
『本来ならば「呪いの瞳」に宿った怨恨や無念といった負の感情は、完全に拭えるものではない。
ましてや森に漂う霧をここまで膨れ上がらせるほど強い呪いは、魔術師たちといえど即座に対処する事は難しい。
故に、霧が暴走する前の状態に「リセットする」必要がある、という事です』
楔石の石人の説明に、ミオソティスの表情は明るくなった。
「じゃあこの屋敷に入った時みたいに、碧玉の……ルーフスさんの感情を鎮めればいいのね?
私の黒玉の、忘却の加護の力で!」
『正解ですが……事はそう簡単には運ばないのですよ、ミオソティスさん』
ウィリディスは興奮する黒玉の少女を宥めるように言った。
『我ら四人は全員が全員、協力的ではないのはご存知でしょう?
霧を暴走させているルーフスや、彼の信奉者であるカエルラは、貴女がたを傷つけてでも森を霧で閉ざそうと目論んでいる。
見たところ、貴女たちが戦いの技に長けているとは思えない。まずは彼らを弱らせる必要があります。
幸いにして敵対者となった二人は、貴女たちのお仲間が今戦っている。彼らの活躍と勝利を、まずは待つしかない』
「……つまり、今迂闊に碧玉や燐灰石の廟に近づくのは危険ってこと?」
『その通りです、香梅さん』
結論に達したものの、トーマス達やジェレミアの戦闘力に期待するしかない、という状況に香梅は、何とも言えないもどかしい気持ちになった。
『貴女たちお二人の役目は、彼らの戦いが終わった後にあるのです』
ウィリディスは噛んで含めるように、彼女たちの悶々とした思いを解きほぐすように優しく言った。
『霧を鎮めるには、彼らの心を鎮める事こそが肝要。特に香梅さん。
貴女がここに招かれたのも、恐らくそれを為し得るのが、貴女だけだったからなのでしょう』
「あたしだけが……為し得ること……?」
香梅はキョトンとした顔で、オウム返しに呟いたが。
それに対するウィリディスの返答はなかった。その時が来れば自ずと分かる、とでも言いたげに。
(つづく)