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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Climax Phase
32/43

05 楔石(スフェーン)のウィリディス(ティス、香梅)

Scene Character:ミオソティス(ティス)、香梅シャンメイ

Scene Player:貴様 二太郎 様、石川 翠 様

 ミオソティスと香梅(シャンメイ)は、黒曜石(オブシディアン)封玉廟(ほうぎょくびょう)への道を引き返していた。

 目指すは碧玉(ジャスパー)の祀られている廟。「血に飢えた霧」を生み出している元凶はそこにある筈なのだ。


 ところが、別ルートに入ってしばらくすると、霧の中から見覚えのある人物の姿が視界に入った。

 黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)石人(いしびと)、グリソゴノである。


「グリソゴノさん? どうしてここに――」

「儂とて、ただ手をこまねいているだけ……という訳にも行くまい?」


「アタシはアブナイって言ったんだけどねー!

 おじーちゃん、どうしてもって聞かないのよォ!」


 黒衣の老人の背後からひょっこり顔を出したのは、火の精霊ヴェスタだ。


「……実はな、儂は先ほどまで、別の封玉廟を訪れていたのだ。

 楔石(スフェーン)の……ウィリディスの廟をな」


 そう言ってグリソゴノは、懐から一個の宝石を取り出した。

 ややくすんだ、緑がかった色をした眼球大の石である。


「これってまさか――廟に祀られた守護石!?」

「うむ。ちゃんと『当人』の許可を得て、廟から持ち出した」


 スフェーンの加護は「永久不変」。しかし具体的にいかなる作用があるのかは判然としない。

 グリソゴノが手にする石からは、ぼんやりとではあるが薄緑の霧が立ち込めている。


『はじめまして、美しいお嬢さん方。

 僕の名前はウィリディス。千五百年ほど昔に寿命を終えた石人です』


 不意にミオソティスと香梅(シャンメイ)の耳に、奇妙な言葉が聞こえてきた。

 軽快そうな男性の声音だが、どことなく何かに遮られ、雑音(ノイズ)の混ざったような響き。しかし耳ではなく、頭脳に直接伝わるような不可思議な感覚なのである。


「はじめまして。私はミオソティス。親しい人はティスって呼ぶわ」

「はじめまして。あたしは香梅(シャンメイ)よ」


 彼女たちが名乗ると、ウィリディスと名乗った声は心底嬉しそうな声を上げた。


『お二人とも素敵な名前だ! ありがとう。

 数百年ぶりの女性との会話、もっと楽しみたい所だけれど……そうも行かないようだね。

 貴女がたが今やりたい事、知りたい事はもっと別にあるようだし』


「貴方も話が早くて助かるわね。それに、敵対者という訳でもないようだし」


 察しの良すぎるウィリディスの態度に、香梅(シャンメイ)は苦笑交じりに肩をすくめた。


「この森で暴走している霧を発生させているのは、碧玉(ジャスパー)の守護石――なのでしょう?」

「その通りですよ、お嬢さん」


「止めるためにはどうすればいい? 教えてくれる?」

碧玉(ジャスパー)の石は「呪いの瞳」と化してしまっている。

 その呪いを除去するために、貴女たちがこの森に招かれた――それは間違いなさそうだ』


 ウィリディスの言葉に、ミオソティスは信じられない、と声を上げた。


「そんな……森の霧を発生させるための石の中に『呪いの瞳』が混ざっていたなんて……!」

「ティス。何なのその『呪いの瞳』って」


 香梅(シャンメイ)の質問に、ミオソティスはハッと思い出したような顔になった。

 周りに石人が多いためか、香梅(シャンメイ)に「呪いの瞳」の知識が無い、という事に今まで思い至らなかったようだ。


「望まざる非業の死を遂げた石人は、強い負の感情を守護石に宿してしまう。

 そうして生まれるのが『呪いの瞳』。瞳は百年ほど前――とてつもない災厄を世界に招いたわ」


 ミオソティスは当時の様子を、書物の記録でしか知らない。

 そんな彼女ですら、声に震えが交じり、隣のグリソゴノも痛ましいのか目を伏せている。

 二人の石人の様子を見て、香梅(シャンメイ)は「呪いの瞳」の恐ろしさを察する事ができた。


『本来ならば「呪いの瞳」に宿った怨恨や無念といった負の感情は、完全に拭えるものではない。

 ましてや森に漂う霧をここまで膨れ上がらせるほど強い呪いは、魔術師たちといえど即座に対処する事は難しい。

 故に、霧が暴走する前の状態に「リセットする」必要がある、という事です』


 楔石(スフェーン)の石人の説明に、ミオソティスの表情は明るくなった。


「じゃあこの屋敷に入った時みたいに、碧玉(ジャスパー)の……ルーフスさんの感情を鎮めればいいのね?

 私の黒玉(ジェット)の、忘却の加護の力で!」

『正解ですが……事はそう簡単には運ばないのですよ、ミオソティスさん』


 ウィリディスは興奮する黒玉の少女を宥めるように言った。


『我ら四人は全員が全員、協力的ではないのはご存知でしょう?

 霧を暴走させているルーフスや、彼の信奉者であるカエルラは、貴女がたを傷つけてでも森を霧で閉ざそうと目論んでいる。

 見たところ、貴女たちが戦いの技に長けているとは思えない。まずは彼らを弱らせる必要があります。

 幸いにして敵対者となった二人は、貴女たちのお仲間が今戦っている。彼らの活躍と勝利を、まずは待つしかない』


「……つまり、今迂闊に碧玉(ジャスパー)燐灰石(アパタイト)の廟に近づくのは危険ってこと?」

『その通りです、香梅(シャンメイ)さん』


 結論に達したものの、トーマス達やジェレミアの戦闘力に期待するしかない、という状況に香梅(シャンメイ)は、何とも言えないもどかしい気持ちになった。


『貴女たちお二人の役目は、彼らの戦いが終わった後にあるのです』

 ウィリディスは噛んで含めるように、彼女たちの悶々とした思いを解きほぐすように優しく言った。

『霧を鎮めるには、彼らの心を鎮める事こそが肝要。特に香梅(シャンメイ)さん。

 貴女がここに招かれたのも、恐らくそれを為し得るのが、貴女だけだったからなのでしょう』


「あたしだけが……為し得ること……?」


 香梅(シャンメイ)はキョトンとした顔で、オウム返しに呟いたが。

 それに対するウィリディスの返答はなかった。その時が来れば自ずと分かる、とでも言いたげに。


(つづく)

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