03 燐灰石(アパタイト)のカエルラ(ゲツトマ)
Scene Character:ゲツエイ&トーマス(ゲツトマ)
Scene Player:あっきコタロウ(旧カミユ)様
ジェレミアとトーマスもまた、地下の封玉廟に足を進めていた。
「案の定、霧が濃いですね……ラ・セルダ殿。お気をつけ下さい」
「…………」
先頭のジェレミアはずんずん進む。その後をトーマスが尾いていく形となる。
傍目には騎士に護衛された貴公子の図。しかし元王族たるトーマスは、ジェレミアに対しいささかの信頼も抱いてはいなかった。
おくびにも出さないが、せいぜいが露払い。悪ければ肉の壁として利用する心づもりなのだろう。
グリソゴノが用意した黒色金剛石の護符を見つめ、トーマスは内心で訝しんだ。
あの石人は魔術師であるという。
黒色金剛石の護符は、魔術師たちが霧を制御するため、霧の影響を無効化するための道具。
(石人は『これを身に着けていれば、我ら『墓守』の魔術師と同程度の加護が得られる筈だ』と言った)
『筈』とは。効果が確約されていないことに他ならない。この護符は予備なのか、使い回しなのか。どちらにしても、『その程度の』代物でしかない、という事だ。
霧はさらに濃くなり、薄暗い石畳の地下は視界が悪い。
ほんの1メートル先のジェレミアの姿ですら、すでに朧げだ。
トーマスは立ち止まった。
敵の狙いに、「気づいて」しまったから。
一本道にも関わらず、進めども進めども廟に辿り着ける気がしない。
「惑わされて」いる。ならばこれ以上、歩くのは無意味だろう。
「……こちらを分断して、丸裸にでもしたつもりか?」
虚空に向かって、億劫そうにトーマスは問う。
人影らしき姿は見えない。ジェレミアもどこに行ってしまったのか――少なくとも近くにはいない。
「……だってさァ、あの優男と一緒だったら……本当のアンタが見れないじゃん。
どうせ、アイツが死ぬか意識を失うまで、自分は何もしないつもりだったんでしょう?」
女の声。張りはあるが、ひどく耳障りな響きがある。
トーマスは以前にもこの不快な声の主に出会っていた。
「……チッ」
「死んだと思ったァ!? ボクの素性はグリソゴノから聞いたよねェ?
とっくの昔に肉体は滅んじゃってさァ! 一度死んだ石人は二度死ねないんだよねェ!」
もはや疑いようもない。森の中で遭遇し、ゲツエイに斬られ、トーマスに撃たれて消滅した筈の少女。
「惑わす」加護を持つ燐灰石の石人にして、魔術師のカエルラ。
「第二ラウンドの開始だよォ~美しい人ォ!
今度はアンタが腸を血染めにする番さァ!!」
得意げに叫び続ける声に、トーマスは露骨に顔をしかめた。
浅慮を絵に描いたような女の言葉が、あまりにも不愉快で。
だが問答無用の敵対行動というのは、面倒かつ唾棄すべき「友好的な」駆け引きの仮面を作る必要がない。
そういう意味ではやりやすかった。邪魔者は消す。トーマスはいつだってそうしてきたのだから。
辺りに漂っていた霧に、あからさまな変化が起こった。
ヒイイイイイ――――
どこから聞こえてくるのか。笛の音のような、女性の悲鳴のような――奇怪な音が鼓膜を圧迫してくる。
霧は意志を持ち、無風であるにも関わらず蠢いて――トーマスに向かって殺到しようとしている!
「ゲツエイ!」
トーマスが叫ぶと、いつの間に寄り添っていたのか――赤髪の細長い影がフワリと姿を現し、襲い来る霧に向かって刀を振るった。
霧を斬る事は叶わないが、刀によって凄まじい圧を発生させ――霧の侵入を拒んだ。
暗く見えざる霧の魔手を、ゲツエイは常軌を逸した動きで次々と切り払う。
この忍者にとって、夜闇こそが己の世界。目よりも匂い。光よりも殺意。それらを察知する事で、カエルラの差し向ける霧をことごとく退けているのだ。
トーマスは何もしない。王者のごとく悠然と佇んでいる。
しかしただ手をこまねいている訳ではない。いかにゲツエイが超人的とて、現状のままでは打つ手がない。
霧は刀で切り裂けない。銃弾で穴を穿つ事もできない。しかも敵は、肉体的にはとうに死んでいるというのだ。まさに八方塞がり――
しかしトーマスの瞳に絶望の色はなかった。諦観もなかった。
ただ見据えている――打開する機会を狙っているのだろうか。刹那も微塵も取り乱す事なく、ただ機械のようにゲツエイの大立ち回りを観察している。
ふと、霧の中に浮かぶ赤い色。
アレがグリソゴノに瀕死の重傷を負わせたという「血に飢えた霧」か?
この場にジェレミアがいれば、あの怪しげな術で動きを封じる事もできただろうが――役立たずめ。
赤い霧は一条の触手のように「しなり」、文字通り疾風の動きでトーマスを貫こうとした。
それを見たゲツエイは壁を蹴り、猿の如き跳躍で割り込み――刀で霧を薙ぎ払い、赤い色を霧散させた。
危機は脱した――かに見えた。
が、次の瞬間……トーマスの背中が裂け、鮮血が飛び散っていた。
彼の背後に不気味な青い霧が立ち込め、剣呑な刃が形作られている!
「血に飢えた霧」は囮だったのだ。
濃霧の中に、下衆な笑みを浮かべた少女の顔が垣間見えた。
(つづく)