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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Climax Phase
30/43

03 燐灰石(アパタイト)のカエルラ(ゲツトマ)

Scene Character:ゲツエイ&トーマス(ゲツトマ)

Scene Player:あっきコタロウ(旧カミユ)様

 ジェレミアとトーマスもまた、地下の封玉廟(ほうぎょくびょう)に足を進めていた。


「案の定、霧が濃いですね……ラ・セルダ殿。お気をつけ下さい」

「…………」


 先頭のジェレミアはずんずん進む。その後をトーマスが尾いていく形となる。

 傍目には騎士に護衛された貴公子の図。しかし元王族たるトーマスは、ジェレミアに対しいささかの信頼も抱いてはいなかった。

 おくびにも出さないが、せいぜいが露払い。悪ければ肉の壁として利用する心づもりなのだろう。


 グリソゴノが用意した黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)の護符を見つめ、トーマスは内心で訝しんだ。


 あの石人(グリソゴノ)は魔術師であるという。

 黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)の護符は、魔術師たちが霧を制御するため、霧の影響を無効化するための道具。


(石人は『これを身に着けていれば、我ら『墓守』の魔術師と同程度の加護が得られる筈だ(・・)』と言った)


 『筈』とは。効果が確約されていないことに他ならない。この護符は予備なのか、使い回し(・・・・)なのか。どちらにしても、『その程度の』代物でしかない、という事だ。


 霧はさらに濃くなり、薄暗い石畳の地下は視界が悪い。

 ほんの1メートル先のジェレミアの姿ですら、すでに(おぼろ)げだ。


 トーマスは立ち止まった。

 敵の狙いに、「気づいて」しまったから。


 一本道にも関わらず、進めども進めども(びょう)に辿り着ける気がしない。

 「惑わされて」いる。ならばこれ以上、歩くのは無意味だろう。


「……こちらを分断して、丸裸にでもしたつもりか?」


 虚空に向かって、億劫そうにトーマスは問う。

 人影らしき姿は見えない。ジェレミアもどこに行ってしまったのか――少なくとも近くにはいない。


「……だってさァ、あの優男と一緒だったら……本当のアンタが見れないじゃん。

 どうせ、アイツが死ぬか意識を失うまで、自分は何もしないつもりだったんでしょう?」


 女の声。張りはあるが、ひどく耳障りな響きがある。

 トーマスは以前にもこの不快な声の主に出会っていた。


「……チッ」

「死んだと思ったァ!? ボクの素性はグリソゴノから聞いたよねェ?

 とっくの昔に肉体は滅んじゃってさァ! 一度死んだ石人は二度死ねないんだよねェ!」


 もはや疑いようもない。森の中で遭遇し、ゲツエイに斬られ、トーマスに撃たれて消滅した筈の少女。

 「惑わす」加護を持つ燐灰石(アパタイト)の石人にして、魔術師のカエルラ。


「第二ラウンドの開始だよォ~美しい人ォ!

 今度はアンタが(はらわた)を血染めにする番さァ!!」


 得意げに叫び続ける声に、トーマスは露骨に顔をしかめた。

 浅慮を絵に描いたような女の言葉が、あまりにも不愉快で。


 だが問答無用の敵対行動というのは、面倒かつ唾棄すべき「友好的な」駆け引きの仮面を作る必要がない。

 そういう意味ではやりやすかった。邪魔者は消す。トーマスはいつだってそうしてきたのだから。


 辺りに漂っていた霧に、あからさまな変化が起こった。


 ヒイイイイイ――――


 どこから聞こえてくるのか。笛の音のような、女性の悲鳴のような――奇怪な音が鼓膜を圧迫してくる。

 霧は意志を持ち、無風であるにも関わらず蠢いて――トーマスに向かって殺到しようとしている!


「ゲツエイ!」


 トーマスが叫ぶと、いつの間に寄り添っていたのか――赤髪の細長い影がフワリと姿を現し、襲い来る霧に向かって刀を振るった。

 霧を斬る事は叶わないが、刀によって凄まじい圧を発生させ――霧の侵入を拒んだ。


 暗く見えざる霧の魔手を、ゲツエイは常軌を逸した動きで次々と切り払う。

 この忍者にとって、夜闇こそが己の世界。目よりも匂い。光よりも殺意。それらを察知する事で、カエルラの差し向ける霧をことごとく退けているのだ。


 トーマスは何もしない。王者のごとく悠然と佇んでいる。

 しかしただ手をこまねいている訳ではない。いかにゲツエイが超人的とて、現状のままでは打つ手がない。

 霧は刀で切り裂けない。銃弾で穴を穿つ事もできない。しかも敵は、肉体的にはとうに死んでいるというのだ。まさに八方塞がり――


 しかしトーマスの瞳に絶望の色はなかった。諦観もなかった。

 ただ見据えている――打開する機会を狙っているのだろうか。刹那も微塵も取り乱す事なく、ただ機械のようにゲツエイの大立ち回りを観察している。


 ふと、霧の中に浮かぶ赤い色。

 アレがグリソゴノに瀕死の重傷を負わせたという「血に飢えた霧」か?

 この場にジェレミアがいれば、あの怪しげな術で動きを封じる事もできただろうが――役立たずめ。


 赤い霧は一条の触手のように「しなり」、文字通り疾風の動きでトーマスを貫こうとした。

 それを見たゲツエイは壁を蹴り、(マシラ)の如き跳躍で割り込み――刀で霧を薙ぎ払い、赤い色を霧散させた。


 危機は脱した――かに見えた。

 が、次の瞬間……トーマスの背中が裂け、鮮血が飛び散っていた。

 彼の背後に不気味な青い霧が立ち込め、剣呑な刃が形作られている!


 「血に飢えた霧」は囮だったのだ。

 濃霧の中に、下衆な笑みを浮かべた少女の顔が垣間見えた。


(つづく)

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