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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Climax Phase
29/43

02 黒曜石(オブシディアン)のアーテル(ティス、香梅)

Scene Character:ミオソティス(ティス)、香梅シャンメイ

Scene Player:貴様 二太郎 様、石川 翠 様

 ミオソティスと香梅(シャンメイ)は、仲の良い姉妹のように寄り添い、地下へと降りていった。

 黒衣の老人グリソゴノの話では、地下は地上よりも濃く霧が漂っており、その先に守護石を祀った封玉廟(ほうぎょくびょう)が存在するという。


「荒ぶる霧を鎮める……というのは、祀られた守護石を鎮める、という事でもあるのよね」


 香梅(シャンメイ)はグリソゴノより教わった内容を反芻(はんすう)していた。

 事前に彼より託された、黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)の護符。加護を打ち消す力があるというが――どういう訳か、頼りにしていては危険な予感がした。


(参ったわね。月長石(ムーンストーン)で直感が鋭くなったせいか……

 ほんと、嫌な方向にばかり予感が的中するようになっちゃったわ)


 細かい理屈や理由は判らない。ただ「正しい」という事だけは分かる。それだけに厄介だ。説得の言葉が浮かびづらい。


「……ティス。いざとなったら自分の持つ守護石の力が頼りになるわ。

 だから決して、気を抜いたらダメ」

「分かっているわ。大丈夫よ、姐姐(ジェジェ)


 治療の力を持つ香梅(シャンメイ)月長石(ムーンストーン)

 忘却の力を持つミオソティスの黒玉(ジェット)

 加えて香梅(シャンメイ)には、念じたモノを創造し、好まざるものを撥ね退ける力まで備わっている。


(大丈夫。いざとなったら――あたしがティスを守る)


 漂う霧はさらに濃くなり、視界が目に見えて悪くなるが――今のところはグリソゴノの護符が力を発揮し、彼女たちに道を譲るように割れていった。

 やがて――薄暗い石畳だったはずの通路に、奇妙な変化が表れ始めた。


「…………水晶? ……いえ、硝子(ガラス)の森……?」


 辺りに見えるのは樹木の幹。廃墟にありがちな光景だが、唯一異なるのは、びっしりと壁を覆う木々が、全て色を失っているという事。

 自然と足元にも硝子の木々は増え始める。恐る恐る踏むと、乾いた感触がした。余り体重をかけるとひび割れてしまうかもしれない。


「……綺麗、だけど……落ち着かないわね。ティス、平気かしら?」

「ええ。森で見慣れた光景だから」


 ミオソティスは事もなげに答えた。

 彼女にとって、硝子化した森の散策は気晴らしなのだ。心なしか香梅(シャンメイ)よりも堂々としているように見える。


 硝子の森を抜け、辿り着いたのは――石造りの厳めしい造りをした祭壇であった。

 これが「封玉廟(ほうぎょくびょう)」。祀られし守護石は黒曜石(オブシディアン)――その加護は「摩訶不思議」である。


**********


 廟の扉は開け放たれており、とめどなく霧が噴出している。


「やっぱり霧は……ここからみたいね」香梅(シャンメイ)は思わず口を押さえて唸った。


「……でも、ここだけが全てじゃあないわ」ミオソティスは確信を込めて言った。

「それに……霧の持つ『感情』が伝わるの。とても穏やかで……少なくとも、私たちに害意を持ってはいないわ」


 先刻、屋敷に入る前に霧を掃った経験が、ミオソティスの感覚を研ぎ澄まさせているのだろうか。

 香梅(シャンメイ)ですら気づけなかった霧の感情を、石人の少女は即座に看破してみせた。


 彼女の言葉を肯定するかのように、祭壇から霧が晴れていく。

 そこに安置されしは、瞳ほどの大きさを持つ黒曜石の原石。

 目を凝らすと――人影のようなものが浮き上がるのが見えた。


「!」


 気のせいではなかった。

 人影はたちまち、ミオソティスと同程度の大きさの女性の姿を取り――灰色の礼服を纏った、気品ある貴婦人の姿となった。

 化粧っ気こそないが、知的な雰囲気と美しい黒髪、そして右目に黒曜石の眼球。鏡移しのミオソティスのようであったが……瞳に宿る知性の賜物なのか、彼女よりもずっと大人びて見える。


(……本物の肉体じゃない。霧が透けて見える――)


「はじめまして、我が同胞。そして『外来者』。

 あたくしの名はアーテル。黒曜石(オブシディアン)の加護を持つ石人よ」


 ニコリと微笑む貴婦人。物腰と表情からは、確かに敵意は感じられない。

 ミオソティスと香梅(シャンメイ)も、その場の友好的な雰囲気を尊重し、礼儀正しく自己紹介を行った。


「単刀直入で申し訳ないけれど、あたし達の目的はこの森の霧を鎮め、元の世界へ帰る事よ。

 貴女に敵意が無いというのなら、是非とも協力をお願いしたいのだけれど」


 香梅(シャンメイ)の言葉に、アーテルは微笑みながらもかぶりを振った。


「そう……あなた達、グリソゴノの差し金なのね」

「……彼を知っているの?」

「ええ、勿論……何しろあたくし達四人の石人が『人柱』となり、森を霧に閉ざしたのは……ほんの二十年ほど前なんですもの」


 二十年。人間からすれば相当な年月だが、数百年を生きる石人からすればごく短い時間なのだろう。


「という事は、貴女が亡くなったのもつい最近……?」

「いいえ。あたくしが肉の身体を失ったのは、五百年ほど昔のこと。

 あたくしの守護石は、遠い未来に魔力触媒として使用されるため、ずっと保管されていたの」


 アーテルの言葉の意味するところはつまり、人柱になった時期は同じでも、互いに面識があるとは限らないという事である。


「でも貴女……霧が生まれてからの時間を、正確に把握しているのね?」

「ええ。守護石に魂は宿り、時の概念も保持しているわ……数えるのは、得意ですもの」


 香梅(シャンメイ)は言葉の端々から、黒曜石(オブシディアン)の石人のスタンスを理解した。

 彼女は「中立」なのだ。表立って敵対する意思はないが、こちらに協力する気もない。

 しかしながら――久方ぶりの会話を、楽しんでいるようですらある。一見すると掴みどころのない、煙に巻くような話し方だが……これは……


「……もうひとつ教えて。霧を暴走させている石人に心当たりは?」


香梅(シャンメイ)さん。貴女は『血に飢えた霧』を見たかしら?」


 アーテルの返答は、質問に質問で返す奇妙なものだった。彼女の守護石の力「摩訶不思議」を象徴するかのように。

 だが香梅(シャンメイ)は、すでに黒曜石の貴婦人の真意を見抜いていた。


「ええ。見たわ」

「赤い……霧だったでしょう?」


 アーテルの問いかけに、香梅(シャンメイ)もふわりとした笑みを返し――踵を返した。


「えっ……姐姐(ジェジェ)?」

「行きましょう、ティス……もうここに用はないわ」


 呆気に取られつつも、香梅(シャンメイ)の後を追いていくミオソティス。

 そんな二人を、黒曜石を持つ石人は笑顔で見送るだけだった。


「もう、アーテルさんとお話しなくて大丈夫なの?」

「彼女は教えてくれたわ。霧を暴走させている張本人は、別にいるって」


 香梅(シャンメイ)は気づいていた。

 石造りの通路が暗いため、すぐには判らなかったが――周囲の漂う霧は黒ずんでいる。つまりこれらは、アーテルが守護石から生み出した霧なのだろう。


(守護石によって生み出される霧は、その石の輝きと色を宿すみたいね……

 つまり『血に飢えた霧』を操っていたのは、赤い守護石を持った石人って事。

 アーテルさんは、それを言いたかったんだわ)


 四つの守護石の中で、赤い輝きを宿す石はひとつしかない。

 すなわち碧玉(ジャスパー)。石人の名はルーフス。その守護石の力は「永遠の夢」である。


(つづく)

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