16 精霊への報酬・後編(ジェレミー、ティス)
Scene Character:ジェレミア・リスタール(ジェレミー)、ミオソティス(ティス)
Scene Player:天界音楽 様、貴様 二太郎 様
香梅が作ろうとしている菓子は、東国において甜点心と呼ばれる。
点心はお菓子の意。加えて「甜」とは、文字が示す通り甘味の事だ。甘いお菓子全般を指すものとお考えいただきたい。
(本当に……便利な能力ね。望めばどこから湧いて来るのか。
お菓子作りに必要な食材や器材が、きっちり揃っているんだもの)
事前にジェレミアが何を作るつもりなのかも尋ね。
彼の提案した内容を様々に思い浮かべた。中には香梅の世界には存在しなかった、謎めいた道具もあったが。
向こうは向こうで、どのようなものを仕上げるつもりなのか。
興味をそそられつつも、香梅は自分の調理を全うする事にした。
(砂糖も、黄油も、酸奶も……本当に過不足なく何でもあるわね。
品質も素晴らしいし……本当に、魔法の調理場って感じだわ)
香梅は元・妓女だ。商売女として売られてくる前は、身分も低い庶民の出だった。
つまり、家の手伝い・料理・その他諸々の雑用は一通り経験がある。遊女となってからはご無沙汰になってしまったが……それでも、家事全般の世話を焼く事じたいは、実は嫌いではない。
調理の準備を進めるにつれ、香梅は懐かしい感覚に夢中になっていった。
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一方ジェレミアはメレンゲ焼きに使用するメレンゲを作るため、ひたすら卵白をかき混ぜていた。
「ふむ……ツノが立ってきたな。そろそろいいだろう」
ホイッパーを時々持ち上げては、メレンゲの固さを確認する作業を、かれこれ15分は続けている。
単調な作業ではあるが、確かに重労働だ。それでもミオソティスは飽きもせず眺め続けていた。
作り終えたメレンゲを専用の絞り口を使って、焼き釜に入れる板の上に乗せる。
螺旋状の様々な形をしたメレンゲを前にして、石人の少女は歓声を上げた。
「わー、すっごい! 花のつぼみみたい……」
「おっと、まだ完成じゃないよ。これをオーブンに入れて、弱火でじっくり1時間半は焼くんだ」
「へえ……結構時間かかるのね」
「メレンゲはね。火加減を誤ると、外側だけ早く固まって中が柔らかいまま、とかなってしまうから……
でもこれから作るパウンドケーキやロッククッキーは、もっと早く焼き上がるから」
ふとミオソティスは、台所に並べられた器材のうちの一つに目をやった。
「ジェレミアさん。この人型みたいな道具はなぁに?」
「ああ、それは……薄く伸ばしたクッキー生地を、人間の形にするためのやつだね。
ジンジャ―ブレッドマンとか、ジンジャーブレッドクッキーと呼ばれるものだ。
焼き上げた後は、アイシングを用いて顔や衣装を『書いたり』するんだよ」
「面白そう! 私もやってみたいなぁ」
食べ物というより、工芸品を作るような感覚。ミオソティスはとうとう好奇心が抑えられず、自分で伸ばし棒を取ってクッキー生地を平らにし始めた。
(みんなの顔を作ってみたいわ。このクッキーがあれば……私の事、みんなの事。
ひょっとしたら、忘れずに覚えていてくれるかもしれない!)
それは淡い期待であり、ミオソティス自身そこまで本気で考えていた訳ではなかったが。
それでも調理に参加しているこの時間は、彼女にとって非常に楽しいものとなった。
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数時間後。火の精霊ヴェスタの前に、山盛りに作られた中華風・西洋風の菓子が並んでいた。
香梅が作った中華菓子は、次の通り。
水粉湯円……いわゆる白玉団子。
京菓……果物の砂糖漬けだ。
月餅……その名の通り月餅。こちらは様々な凝った形や模様を備えており、香りだけでなく見た目も楽しめるものだった。
「ふわあ……姐姐すごい!
果物や団子がこんなにキラキラ輝いて見えるなんて……!
それにこの月餅……タペストリーの絵画みたいにきめ細かなデザインなのね」
ミオソティスの素直な賛美に、香梅は胸を張った。
「ふっふん。味が楽しめないティスの為にも、せめて見た目に凝ろうと思ったのよ。もちろん味だって、一級品の出来栄えと保証させてもらうけどね!」
そしてジェレミアが作った西洋菓子。
卵白を泡立て焼き固めたメレンゲ焼き。
四角い型に入れて焼き上げたパウンドケーキ。
不揃いの岩石めいた形の茶色いロッククッキー。
「パウンドケーキは本当は寝かせてから食べた方が美味しいからね。注意して欲しい。本来なら、長期保存して取り置くための家庭用ケーキだから」
そしてジェレミアから借り受けたクッキー生地を使い、ミオソティスが作り上げたのが――
「……これはもしや、我々の形をしたクッキーなのか?」
グリソゴノが驚いた様子でまじまじと眺めていると、石人の少女は誇らしげに答えた。
「そうよ、私が作ったの。ジンジャーブレッドクッキーっていうのよ!」
人型をした無数のクッキー。細かい装飾がアイシングされ、それぞれがその場にいる一同の姿を模したものとなっていた。愛らしくデフォルメされているものの、特徴を捉えた隙のない仕上がりだ。
「うっはー! ヴェスタのクッキーまである! すっごいワー!!」
火の精霊は大喜びで自分の形をしたクッキーに飛びつき、うっとりした様子で口づけをしている。少し焦げた。
「どう?……これで合格かしら?」
香梅の問いに、ヴェスタは文字通り舞い上がりながら答えた。
「合格も何も! とってもとっても楽しいワ! 調理の愛情! どっちもとっても超素敵!
アンタたちの気持ちは受け取ったッ! ヴェスタ頑張っちゃう! もっと熱くなるわよォ!!」
手間暇かけただけでなく、皆で楽しみながらこしらえた品々なのだ。
ヴェスタのやる気を引き出すには十分すぎる。これで浴場の湯沸かしは滞りなく行われるだろうが……熱しすぎて火傷しないかの心配が必要かも、と香梅は思うのだった。
(つづく)
《 ボツになったNGネタ 》
「あれ? ホイップクリームは?」
「よくよくレシピを調べたら、どのお菓子にもホイップクリーム使わなかったでござる」
「もうホイップ丼でいいんじゃね? 丼の中に100%ホイップ入れるの。僕はよく食べる」
「そんなモン、人生で初耳だわw」
「ジェレミーちゃんの世界ではホイップ丼が一般的という設定が生えました」
「生えんな。ヤケになるな。っていうかどんだけホイップクリーム出したいんだよ!」
ホイップクリームの用途とは?
トーマス「鼻につけるんだよ」
ジェレミア「何だって! それは本当かい!?」
グリソゴノ「(無言で鼻ホイップ)」
ミオソティス「(右に倣えで鼻ホイップ)」
あーもうめちゃくちゃだよ(笑)。