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硝子の森と霧の夢  作者: LED
Middle Phase 02
24/43

15 精霊への報酬・中編(トーマス、香梅)

Scene Character:トーマス、香梅シャンメイ

Scene Player:あっきコタロウ(旧カミユ)様、石川 翠 様

「どういう事よ? この砂糖菓子じゃ不服だって言うの?」

 香梅(シャンメイ)は不満げに声を荒げた。

「あたしの世界の東国でも、指折りの味を誇る格別の逸品なのに! それが分からないワケ?」


「分かってないのはアンタの方よ、おじょーちゃん」

 火の精霊ヴェスタは、フンと鼻を鳴らして蔑むように言った。


 小さな姿に年下扱いされ、一瞬カチンと来た香梅(シャンメイ)だったが、すぐに思い直した。

 相手は極夜国(ノクス)に住む精霊なのだ。見た目は子供じみていても、その実自分などより途方もない年月を重ねている可能性が高い。


「ヴェスタたち精霊はね、実際に人間の味覚を使って味を楽しんでいるんじゃあないのよ。

 お菓子に込められた労力! 愛情! 料理人の技術と想像力! それらがヴェスタ達にとってのご馳走ってワケ。

 だからその紛い物みたいに、手間のかかってないヤツじゃあ味わいようがないワ!」


 精霊の言葉に、その場にいたほとんどの者が呆気に取られている中。

 トーマスだけは、発言の意味を注意深く黙考していた。


(『手間のかかっていない』……『紛い物』……?

 香梅(シャンメイ)の言葉と完全に矛盾している。しかしあの女が嘘をついているとも思えん。

 アレと似たような菓子は見たことがある。腕の立つ職人に作らせた高級品だったな。

 にも関わらず、精霊とやらに『手抜きの品』と判断された。つまりこれは……)


 考えた末、トーマスは一つの結論に行き着いた。


(この女――俺様と『同じ能力』を持っているな?)


 トーマスもまた、霧降る森に迷い込んだ際、無から有を生み出す不可思議な力を身に着け――食事やベッドを想像し、創造せしめた。

 「偶然にもたまたま」などと(うそぶ)いてはいたが、もしそれが彼女の方便であったなら?


(……確かめる必要があるな)


 他が沈黙が守る中、トーマスは意を決して口を開いた。


「……なるほど。調理の手間や労力がかかっていれば、問題ない訳ですね?」

「モチロン『愛情』もよッ! 料理はあいじょー!!」


 「愛情」部分を声高に強調するヴェスタ。トーマスは構わず続けた。


「では実際に食材を用意し、それに相応しい調理場を用いて――

 作られた菓子であれば、精霊に対する報酬として十分に機能する、という訳だ」


「……トーマス殿? それは確かにそうかも知れぬが――」

 異論を挟むグリソゴノ。

「ここはミオソティス殿の屋敷。人間のような食事習慣のない石人の住居。

 調理施設などあろうはずが……」


「……いいえ」自信に満ちた口調で否定したのは、香梅(シャンメイ)だった。

「大丈夫、多分……いえ、間違いなく。この屋敷の中に――『調理場』は、あるわ」


**********


 香梅(シャンメイ)の向かった先には――確かに調理場があった。


「貴女の仰った通りでしたね! 良かった」ジェレミアは素直に感嘆の声を上げた。


 無論、最初からこの「調理場」は存在した訳ではない。

 香梅(シャンメイ)の「能力」によって生み出されたのだ。


(菓子を作るために、必要な食材も一通り揃っているハズ……

 流石にこれだけの代物を生み出すのは、ちょっとばかり骨が折れてしまったけれど)


「屋敷の中にこんな場所があるなんて……不思議だけれど、面白そう!」

 ミオソティスは極夜国(ノクス)にない、未知の空間に興味津々だった。

「……でも姐姐(ジェジェ)、大丈夫? ちょっと顔色が悪い気がするわ」


「……大丈夫、心配要らないわ。ティス」

 香梅(シャンメイ)は努めて明るく振る舞い、微笑んで見せた。


 石人たちに料理の経験など望めない。王族と思しきトーマスに期待はできない。

 かくなる上は、香梅(シャンメイ)自身が腕を振るう他はない――


「でしたら淑女(レディ)。ここはこの僕に任せていただきたい」


 自信満々に進み出たのは、意外な事にジェレミアであった。


「え――ジェレミアさん。あなた……お菓子作りとか、できるの?」

「大丈夫です! 力仕事は得意ですから!」


 ニッと笑みを浮かべ力こぶを作って見せる騎士・ジェレミア。

 彼の言い分はあながち的外れとは言えない。例えばケーキのデコレーションに用いるホイップクリームは、ひたすら(ホイップ)を振るうようにかき混ぜる事に由来する。世の菓子職人(パティシエ)に男性が多い事からも分かるように――要するにとんでもない重労働なのだ。


「もっとも僕も、繊細な配分を要するお菓子は難しい。

 得意なのはロッククッキーやパウンドケーキといった、比較的手間のかからないものに限るがね」


「わあ……名前の響きが面白そう! ジェレミアさんお菓子作れるなんてスゴイんですね!」

 ミオソティスは露骨に目を輝かせて、聖堂騎士を称賛した。

「作るところを是非、私にも見学させて下さい。人間世界のお菓子が作られるところ、見るの初めてなんです」


「もちろん、喜んで。フォシル嬢」快諾するジェレミア。


 たちまち石人の少女は無邪気に喜んだ。

 彼女にとって砂糖菓子とは、精霊に渡す対価であり、それ以上の役割がある訳ではない。

 人間らしい食事習慣のない石人は味覚も発達していないし、食物を口に入れても消化もできず体調を崩してしまうのだ。

 故にミオソティスの食い入りぶりは、物珍しい金貨の製造過程を見たがる、子供のような好奇心に類するものだった。


 ジェレミアは鎧を脱ぎ、エプロンを取り、手を洗い、食材を揃え始める。


「ちょっと、ジェレミアさん……」

「ああ、香梅(シャンメイ)殿はお疲れのようですし、休んでいて下さい。

 それに料理をするとなると、せっかくの美しい服や爪を汚さなければならない。

 それは貴女としても不本意なのでしょう?」


 事情を見透かされ、香梅(シャンメイ)は逆にイラッと来てしまった。

 おもむろに髪をたくし上げ、衣服の袖をまくり――爪切りを取り出して、手の爪を切り始めた。


「シャ、香梅(シャンメイ)殿……!?」

「……誰が料理しないなんて言ったのよ。

 確かに洗い物や調理をしたら手が荒れる。

 でもだからって、あたしがお菓子を作れないって話じゃあないわ」


 ジェレミアのはりきりように、ミオソティスの期待のまなざしに。

 香梅(シャンメイ)もいつしか感化されてしまい、台所に対峙していた。

 自慢の艶やかな爪も、小麦粉を練る際には粉が中に入ってしまい、非常に邪魔になるのだ。

 つまり爪を切ったのは、彼女の覚悟の顕れでもあった。


(ついでに言えば、化粧落とすのにだってお湯が必要だしね)


「……見せてあげるわ、ティス。

 東国本場モノの甜点心(ティエンティエンシン)ってヤツをね!」


(つづく)

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