15 精霊への報酬・中編(トーマス、香梅)
Scene Character:トーマス、香梅
Scene Player:あっきコタロウ(旧カミユ)様、石川 翠 様
「どういう事よ? この砂糖菓子じゃ不服だって言うの?」
香梅は不満げに声を荒げた。
「あたしの世界の東国でも、指折りの味を誇る格別の逸品なのに! それが分からないワケ?」
「分かってないのはアンタの方よ、おじょーちゃん」
火の精霊ヴェスタは、フンと鼻を鳴らして蔑むように言った。
小さな姿に年下扱いされ、一瞬カチンと来た香梅だったが、すぐに思い直した。
相手は極夜国に住む精霊なのだ。見た目は子供じみていても、その実自分などより途方もない年月を重ねている可能性が高い。
「ヴェスタたち精霊はね、実際に人間の味覚を使って味を楽しんでいるんじゃあないのよ。
お菓子に込められた労力! 愛情! 料理人の技術と想像力! それらがヴェスタ達にとってのご馳走ってワケ。
だからその紛い物みたいに、手間のかかってないヤツじゃあ味わいようがないワ!」
精霊の言葉に、その場にいたほとんどの者が呆気に取られている中。
トーマスだけは、発言の意味を注意深く黙考していた。
(『手間のかかっていない』……『紛い物』……?
香梅の言葉と完全に矛盾している。しかしあの女が嘘をついているとも思えん。
アレと似たような菓子は見たことがある。腕の立つ職人に作らせた高級品だったな。
にも関わらず、精霊とやらに『手抜きの品』と判断された。つまりこれは……)
考えた末、トーマスは一つの結論に行き着いた。
(この女――俺様と『同じ能力』を持っているな?)
トーマスもまた、霧降る森に迷い込んだ際、無から有を生み出す不可思議な力を身に着け――食事やベッドを想像し、創造せしめた。
「偶然にもたまたま」などと嘯いてはいたが、もしそれが彼女の方便であったなら?
(……確かめる必要があるな)
他が沈黙が守る中、トーマスは意を決して口を開いた。
「……なるほど。調理の手間や労力がかかっていれば、問題ない訳ですね?」
「モチロン『愛情』もよッ! 料理はあいじょー!!」
「愛情」部分を声高に強調するヴェスタ。トーマスは構わず続けた。
「では実際に食材を用意し、それに相応しい調理場を用いて――
作られた菓子であれば、精霊に対する報酬として十分に機能する、という訳だ」
「……トーマス殿? それは確かにそうかも知れぬが――」
異論を挟むグリソゴノ。
「ここはミオソティス殿の屋敷。人間のような食事習慣のない石人の住居。
調理施設などあろうはずが……」
「……いいえ」自信に満ちた口調で否定したのは、香梅だった。
「大丈夫、多分……いえ、間違いなく。この屋敷の中に――『調理場』は、あるわ」
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香梅の向かった先には――確かに調理場があった。
「貴女の仰った通りでしたね! 良かった」ジェレミアは素直に感嘆の声を上げた。
無論、最初からこの「調理場」は存在した訳ではない。
香梅の「能力」によって生み出されたのだ。
(菓子を作るために、必要な食材も一通り揃っているハズ……
流石にこれだけの代物を生み出すのは、ちょっとばかり骨が折れてしまったけれど)
「屋敷の中にこんな場所があるなんて……不思議だけれど、面白そう!」
ミオソティスは極夜国にない、未知の空間に興味津々だった。
「……でも姐姐、大丈夫? ちょっと顔色が悪い気がするわ」
「……大丈夫、心配要らないわ。ティス」
香梅は努めて明るく振る舞い、微笑んで見せた。
石人たちに料理の経験など望めない。王族と思しきトーマスに期待はできない。
かくなる上は、香梅自身が腕を振るう他はない――
「でしたら淑女。ここはこの僕に任せていただきたい」
自信満々に進み出たのは、意外な事にジェレミアであった。
「え――ジェレミアさん。あなた……お菓子作りとか、できるの?」
「大丈夫です! 力仕事は得意ですから!」
ニッと笑みを浮かべ力こぶを作って見せる騎士・ジェレミア。
彼の言い分はあながち的外れとは言えない。例えばケーキのデコレーションに用いるホイップクリームは、ひたすら鞭を振るうようにかき混ぜる事に由来する。世の菓子職人に男性が多い事からも分かるように――要するにとんでもない重労働なのだ。
「もっとも僕も、繊細な配分を要するお菓子は難しい。
得意なのはロッククッキーやパウンドケーキといった、比較的手間のかからないものに限るがね」
「わあ……名前の響きが面白そう! ジェレミアさんお菓子作れるなんてスゴイんですね!」
ミオソティスは露骨に目を輝かせて、聖堂騎士を称賛した。
「作るところを是非、私にも見学させて下さい。人間世界のお菓子が作られるところ、見るの初めてなんです」
「もちろん、喜んで。フォシル嬢」快諾するジェレミア。
たちまち石人の少女は無邪気に喜んだ。
彼女にとって砂糖菓子とは、精霊に渡す対価であり、それ以上の役割がある訳ではない。
人間らしい食事習慣のない石人は味覚も発達していないし、食物を口に入れても消化もできず体調を崩してしまうのだ。
故にミオソティスの食い入りぶりは、物珍しい金貨の製造過程を見たがる、子供のような好奇心に類するものだった。
ジェレミアは鎧を脱ぎ、エプロンを取り、手を洗い、食材を揃え始める。
「ちょっと、ジェレミアさん……」
「ああ、香梅殿はお疲れのようですし、休んでいて下さい。
それに料理をするとなると、せっかくの美しい服や爪を汚さなければならない。
それは貴女としても不本意なのでしょう?」
事情を見透かされ、香梅は逆にイラッと来てしまった。
おもむろに髪をたくし上げ、衣服の袖をまくり――爪切りを取り出して、手の爪を切り始めた。
「シャ、香梅殿……!?」
「……誰が料理しないなんて言ったのよ。
確かに洗い物や調理をしたら手が荒れる。
でもだからって、あたしがお菓子を作れないって話じゃあないわ」
ジェレミアのはりきりように、ミオソティスの期待のまなざしに。
香梅もいつしか感化されてしまい、台所に対峙していた。
自慢の艶やかな爪も、小麦粉を練る際には粉が中に入ってしまい、非常に邪魔になるのだ。
つまり爪を切ったのは、彼女の覚悟の顕れでもあった。
(ついでに言えば、化粧落とすのにだってお湯が必要だしね)
「……見せてあげるわ、ティス。
東国本場モノの甜点心ってヤツをね!」
(つづく)