2.ジェレミア・リスタール編
Scene Character:ジェレミア・リスタール(ジェレミー)
Scene Player:天界音楽 様
アウストラル王国北部の辺境にある遺跡にて。
内部には激しい戦闘の跡と、おびただしい数の盗賊の屍が転がっている。
近くの農村から富豪の娘も含め、何人かの女性が誘拐されるという事件が起こっていた。
たまたま通りがかった遍歴の聖堂騎士が、盗賊団のアジトたる遺跡に潜入し──激闘の末、見事悪漢たちを殲滅したのである。
「この度は本当に、ありがとうございました」
助けられた富豪の娘は、上気した頬と息を弾ませながら、端正な顔立ちの赤毛の騎士に熱っぽく感謝の意を示していた。
「礼には及びません。『聖典』を納めし聖堂を護る騎士として、当然の事をしたまでです」
鎖帷子の下地の上に、胸当てと籠手。身のこなしは歴戦の騎士を彷彿とさせるが──極端に短く刈り込まれた赤毛のためか、未成年の従者か少女のように幼くも見えた。
「あの、宜しければ……お名前を伺っても……?」
「僕はジェレミア。わけあって贖罪の旅をしている聖堂騎士です」
赤毛の騎士はジェレミアと名乗った。
ジェレミア・リスタール、24歳。
つい半年ほど前まで、王国西部の大森林警護の任を担う聖堂騎士団・第三分隊の小隊長を務めていた男である。
ジェレミア達の住むインキュナブラ大陸に「神」は存在しない。
聖堂騎士とは聖堂の守護者であり、ひいては聖堂に安置されし「聖典」に仕える者たちなのだ。
「ジェレミア様! なんて素敵な響き……!
強くお美しく……あたくしの名前はイザベラ! この地の富豪の一人娘ですわ!」
「イザベラ……美しいあなたに相応しいお名前ですね。
しかしこの遺跡に潜んでいた盗賊団、ずいぶん派手にやっていたようだ。
……申し訳ない、もっと早くに僕が到着していれば、犠牲も少なくできたでしょうに」
遺跡に転がる遺体は、無念な事に不埒な盗賊たちだけのものではなかった。
「しかし何故──盗賊が女性をさらい、生贄に捧げようとするのでしょう?」
事前にジェレミアの突入を察知されたのか、彼らの親玉が祭壇を利用した痛々しい痕跡がくっきりと残されている。
凄惨な光景に青ざめたイザベラは、さりげなくジェレミアの傍に寄り添い──熟した桃の如く豊満な双丘を彼の腕に押し付けていた。
しかしジェレミアはイザベラを安心させるように微笑むと、また祭壇に視線を向けて解説を始める。
「盗賊団の首領は『魔術師』だったようです──昔、我が友から聞いた事があります。
『聖典』を読む事ができるのは魔術師のみ。しかし深く覗き込み過ぎた魔術師は──脳に損傷を負い、常人には思いもつかない凶行に及ぶのだ、と」
聖典に触れすぎる事で気が触れ──聖堂の管理を外れた倫理にもとる魔術師が、ならず者の盗賊と結びつき、生贄目的で娘をさらう──痛ましくも許し難い事件だ。
ジェレミアの表情が曇ったのを見て、イザベラは慌てて言い繕った。
「ジェ、ジェレミア様がお気に病まれる必要はありませんわ!
ところで、その……是非ともお礼に、我が父上に会っていただきたいのですが!」
「ありがたい申し出ですが、それには及びません。
僕は謝礼が欲しくてあなたを助けた訳ではないのです。
それに父君にお会いするのに、今の僕では相応しくないでしょう」
富豪の娘の上ずった声の提案は、いかにも恋する乙女のそれであったが。
色恋沙汰の機微に疎いジェレミアは、騎士の礼節に則り丁重にお断りする。
「なんと……そういう事であれば、致し方ありませんわね。
ですがいつか必ず、再び訪ねていただけると、お約束願えますか?」
「分かりました。いずれ贖罪の旅が終わり、父君にお会いするに足る身となった暁には。
イザベラ殿との約定、必ず果たす事をここに誓いましょう」
ジェレミアとしては、不祥事を起こして小隊長を解任された身であり──自分のような者と直接会う事は将来的に禍根を残す恐れがある。その為の返答であったが。
謙虚にして誠実なる騎士の虜となったイザベラ嬢は「いつかこの素敵な王子様が自分に相応しい身分となった時、迎えに来てくれる」と勝手に脳内変換してしまった。
この時の誤解が、放浪の聖堂騎士にとって、吉と出るか凶と出るか。今のジェレミアが知る由もなかった。
**********
イザベラと別れ、旅を続けるジェレミア。
森のそばを進む彼は、奇妙な違和感を覚えていた。
彼の手には、護符が握られている。今回討伐した魔術師が所持していたものだ。
中央には黒い宝石が嵌めこまれている。黒曜石だろうか?
よくよく見ると、周囲の飾りには文字が刻まれている。
(魔術文字──か? 学のない僕では読めないが……
いずれ聖堂に持ち帰り、導師の方に読んでいただくしかないか)
魔術文字の知識のないジェレミアに、区別のしようもなかったのだが。
護符に刻まれた文字は、この大陸──いや「世界」に現存するモノではなかった。
森林の道半ばまで進むと、ほのかに光を蓄えていた護符の黒曜石が──次第に輝きを増し始める。
ジェレミアが異変に気づいた時、黒曜石は虹色に変化し、目映いまでの魔力を放っていた。
「なッ…………!?」
七色の光に包まれ、目の眩んだジェレミアは思わず身構えた。
護符の輝きが収まり、閉じていた目を再び開けるとそこは──ひどく肌寒く、先刻まで昇っていた陽光も消え去っていた。
昼から夜へ。一瞬にして時と空間をまたぎ──鬱蒼と茂る木々の「はざま」に、若き聖堂騎士は呆然と立っている。
そこは薄い霧に包まれた、深く暗い「迷いの森」の中であった。
(つづく)
《 キャラクター紹介 》
名前:ジェレミア・リスタール
出典:宿命の星~したたかに見えてポンコツなお嬢様とやる気のないチャラい騎士のおはなし~ http://ncode.syosetu.com/n7956dm/
年齢:24歳
性別:男性
特徴:遍歴の聖堂騎士。赤毛のショートヘア。性格は大雑把で脳筋。騎士らしくレディファースト。
備考:【障壁】の術が使える。非戦闘時であれば治癒術も可能。普段は使いたがらない。