11 外来者、邂逅す・後編(ジェレミー&ゲツトマその4)
Scene Character:ジェレミア・リスタール(ジェレミー)、ゲツエイ&トーマス(ゲツトマ)
Scene Player:天界音楽 様、カミユ 様
「彼女」は人知れずほくそ笑んでいた。
(外来者『四人』が一堂に会する――だが瞬間、混乱するハズだ。
味方であるハズのグリソゴノが二人いるのだ。狼狽えぬハズがない。
どちらかのグリソゴノが偽者だと互いに言い合いになり、疑心暗鬼に陥るだろう。
その混乱に乗じて――『血に飢えた霧』を使い、『石人』を殺す)
彼ら全員を相手取る必要はない。たった一人を殺せばいいだけだ。
しかも犯人は「霧」だ。絶対に足はつかない。彼らは混乱したまま絶望に打ちひしがれるだろう。
**********
トーマス――正確にはゲツエイだが――の案内に従い、ジェレミアとグリソゴノが進んだ先に人影が見えた。
うち二人は女性。彼女たちが「外来者」だろうか。しかし最後の一人の姿を見て、ジェレミアは驚愕した。今隣にいる黒衣の老人とそっくりの人物の顔を確認したからだ。
「アダマス殿……!?」
ジェレミアは思わず隣のグリソゴノの顔を見る。一瞬ぶら下げている虹色黒曜石の護符の輝きが鈍ったのを、彼は見逃さなかった。
「いかがなされた、ジェレミアど――」
ジェレミアは即座に動いた。見覚えがあった訳ではない。しかし「気づいて」しまった。
一瞬の違和感の正体を確信した。「敵は二人いる」。そして今まさに、この先にいる女性たちに危険が迫っている!
ジェレミアは咄嗟に、愛用の小剣を抜き放ち投擲した。そしてそれは隣にいるグリソゴノの足元の地面に深々と突き刺さる。
「!?」
グリソゴノが驚いている内に、ジェレミアは駆ける。精神を集中させ、黒術を扱う為の気を高める。
ジェレミアの勘は正しかった。女性たち――ミオソティスと香梅に向かって、霧の中に赤みがかった「何か」が漂い迫っているのが見えた。明らかに他の霧と違い、不自然な動きだ。まるで意志を以て蠢く不快な羽虫のようであった。
「ジェレミア殿。これは一体何の真似だ?」グリソゴノは訝しんで叫んだ。
が、そんな抗議の声を上げる黒衣の老人に、冷ややかな視線を送るトーマスがいた。
「猿芝居もここまでだな」
「トーマス殿まで、何を――」
「見えたぞ。一瞬貴様の目の石の輝きが変わるのが。
貴様は――グリソゴノではない」
「! バ、馬鹿な……石人でもないお前に何故分かる!? 擬態は完璧だったハズだ――」
問いには答えず、トーマスはいかにもつまらなさそうに「フン」と鼻で笑うだけ。
グリソゴノは失態を悟り、大きく目を見開いた。
トーマスは「見えていた」訳ではない。ジェレミアが剣を投げたのを見て、疑念を確かめるべくカマをかけたに過ぎない。だが敵が呆れるほど不用心だったお陰で、いともあっさりとネタが上がってしまった訳であるが。
樹上を見やるトーマス。それが合図だった。ゲツエイにとってお待ちかねの「群れの総意」――殺しの許可が下った。
歪な双角の面を被った黒影がフワリと舞い降りる。ギラついた瞳に宿る赤い残光と、手にする白刃を閃かせて。
「グリソゴノ」の首筋から凄まじい鮮血がほとばしった。
黒衣の老人は絶叫を上げ、見る間に姿を変じていく。幼さの残る狡猾そうな少女の姿だった。瞳の色も変化し、黒色金剛石に見えた左眼は淡い水色の輝きを宿す石になっていた。
「あァァァァ!? 痛い! 気が遠くなるゥゥゥ……!
あんな化け物を飼ってたのかい君ィ! 道理で落ち着き払ってた訳だァ!」
青い石の少女は、見た目の可憐さとは裏腹に酷く耳障りな歓喜の声を上げた。
「いつから気づいていたんだい? ボクが怪しい事にさァ!?」
血を撒き散らし、嬉しそうに尋ねる少女の声に、トーマスはただ煩わしげに顔をしかめるだけだ。
外来者を集めると言いながら、迷い込んだ自分たちを積極的に探そうともしなかった。それだけで疑念を抱くには十分だ。そんな事も分からない豚の鳴き声は、耳障りでしかない。
少女の血の飛沫がトーマスに飛ぶ。だがそれは彼に到達する前に、蒸発して跡形もなく消えてしまった。
トーマスの嫌悪が、彼に与えられた力と呼応して接触を拒絶したのだ。
「あはッはァ……! 質問にも答えない……! ボクの血の一滴ですら浴びる気もない……!
綺麗な顔して冷たいねェ! でも、そんな酷い仕打ちも素敵だよアンタ……! 一目遭った時からその美しさに……ボクはァ……!!」
狂人めいた恍惚とした表情のまま、愛しい恋人を見るような視線を向ける少女に、トーマスがくれてやったのは銃弾だった。
苦虫を噛み潰したように眉間にしわを寄せ、トーマスの拳銃は少女の眉間を正確に撃ち抜いていた。
「黙れ豚」
トーマスのにべもない侮蔑の言葉と同時に、青い石の少女の姿は弾け飛び――霧の中に混ざるようにして消えていった。
死んだのか、逃げたのか。それすら定かではないが。死体が残らなかったことは都合が良い。
(無駄足を食った。ひとまずジェレミアとやらの向かった先に行くか)
**********
香梅は周囲の異変に気づいた。グリソゴノの言っていた、赤い霧が蠢いている。
触れた途端、身体を斬り裂き血をすするという危険な霧だ。
(いつの間にこんな所まで……!)
香梅は身構えた。しかし彼女に戦う術などない。だがせめてミオソティスだけでも守らなければ。自身が身に着けた、好ましからざるものを退ける力を使って。服についた泥を払うように。
赤い霧が迫る。しかしその動きは、あっさりと香梅の脇を素通りした。
背後にいる石人二人に迫る「血に飢えた霧」。最初はグリソゴノを狙っているのかと思っていたが、違った。赤い霧は明らかに一人に狙いを定めている。幼さを残す黒髪の少女――ミオソティスに向かって!
「ダメよ……! 逃げて、ティスッ!!」
霧の動きは思いの外素早い。しかも全方位から石人の少女に迫っている。全てを払い除けるには到底間に合わない――
香梅が絶望した時。赤い霧の動きは不意に止まった。
何も起こらない。霧はミオソティスに迫ろうと必死に蠢いていたが、まるで時間が止まったかのようにピクリとも動かない。
「な、何……!? 一体何が起きた、の……?」
呆気に取られる香梅の前に、爽やかな笑みを浮かべた短髪の赤毛の騎士が姿を現した。
「もう心配は要りませんよ、美しいお嬢さんがた。僕の名はジェレミア。
あの赤い霧が禍々しい殺気を放っていたのには気づいていました。なので――僕の黒術を使って動きを封じています。
霧を操る術者が一人で良かった。たった一人であればどんなに散らばっていても、影が触れれば術の効果は及びます」
ジェレミアが放った黒術は【停止する力】。使用には制限がある。他者に向けて使う場合、左手で触れるか相手の影を踏む必要があるのだ。
しかし今のこの森は、全体が霧で覆われている。言うなれば全てが影で覆われ、繋がっている状態。ジェレミアの力を発揮するのにこれ以上ない好条件が整っていたのであった。
(つづく)
今回は選択肢が適用されるシーンまで進んでおりませんので、選択肢はありません。ご了承ください。
追加でアクションを希望される方は、メッセージ等ご自由に!