09 黒幕の思惑
Master Scene
何もかもが無駄な足掻きだ。「彼女」はほくそ笑んだ。
もはやこの森の霧を止める手立てはない。徐々に霧は濃くなり、瞬く間に極夜国を、そして森全体を覆う事だろう。
迷いの森の霧を作る為に使われし守護石は、全部で四つ。
「摩訶不思議」の加護を持つ黒曜石。
「惑わす」加護を持つ燐灰石。
「永遠の夢」の加護持つ碧玉。
そして「永久不変」の加護を持つ楔石。
いずれの守護石を持つ石人も、遥か昔にその寿命を終え、守護石に宿る力のみを森に封印する事を選んだ。言うなれば人柱だ。
だがその人柱が、よもや心を違えて霧を暴走させているなどとは思うまい。
黒色金剛石の加護を持つグリソゴノは、彼の仲間と共に霧を抑えるべく対策を練った。
彼らは持てる守護石の力を合わせ、信じがたい結果を引き起こした。時空を捻じ曲げ、異界の扉を開け、本来であれば出会う事すらなかったであろう人間たちを森に招き寄せたのである。
彼らは単なる気紛れで呼び寄せられたのではない。
彼らが揃い、力を合わせ、与えられし役割を全うすれば、「彼女」の目論む暴走を未然に防がれてしまうだろう。
極夜国が外界と繋がっている限り。人間たちは石人と接触する。石人の持つ貴石は、彼らの欲望を駆り立てる。真の価値を知らず、扱えもしない守護石を、己が欲望のためだけに奪い取ろうと「石人狩り」を始めるだろう。あの時の悲劇のように。
それだけは何としても防がねばならぬ。石人たちが生き延びるために、国ごとこの森は霧の中に封じられるべきなのだ。
忌々しい事にグリソゴノはまだ生きている。彼がいる限り、招き寄せられた「外来者」たちは正しき情報を得て、「彼女」の邪魔をするに違いない。
(我らの石が封印されている墓に辿り着かせる訳にはいかない。
この「石人」を殺さなければならない。殺してしまいさえすれば、奴らに待つのは――決して森から出ることはできないという絶望だ)
「彼女」は霧を操る。霧を使い、彼ら自身を怪物に仕立て上げるとしよう。
そうすれば彼らは疑心暗鬼に陥り、自らの手でお互いを刺し貫き自滅するだろう。
もうすぐ彼らが出会う。それが破滅の時だ。
(己の心に生まれし怪物を恐れるがいい。そしてお互いを喰らい合うがいい)
(つづく)