表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硝子の森と霧の夢  作者: LED
Middle Phase 01
11/43

04 月長石(ムーンストーン)(ティス&香梅その2)

Scene Character:ミオソティス(ティス)、香梅シャンメイ

Scene Player:貴様 二太郎 様、石川 翠 様

 少女がこちらに気を許した様子を見て、元西国一の妓女ぎじょ香梅シャンメイは優しげに声をかけた。


「ところで名前を聞いてもいいかしら、お姫様。あたしは香梅シャンメイ

 年下の子どもたちはみんな姐姐ジエジエって呼ぶわね。ああ、姐姐っていうのは姐さんって意味よ」


 それにしても目の前の少女は何語で話しているのだろう。口の動きを見ても東国語でも西国語でもないのに、会話は成り立つのだ。わけがわからない。

 そんな美貌の元妓女(ぎじょ)の疑念を後目に、少女は屈託なく自己紹介を返した。


「私はミオソティス。フォシル伯爵家長女、ミオソティス・フォシルです。

 家族には『ティス』って呼ばれています。あの、女王様は妖精なんですか? それとも……人間、ですか?」

「……さっきも言ったけれど、妖精なんて大層な者じゃないわ。あたしは『人間』よ」


 おっとりした雰囲気から、どこかの貴族令嬢かと思っていたら――猜中ビンゴである。


「あたしが女王様なら、あなたはお姫様ね。それにしてもお城はどこにあるのかしら?」


 香梅シャンメイが冗談めかして言い、周りを見渡しても――濃い霧に邪魔されて先は見通せない。

 しっかりとした道もなく、太陽がどこに出ているのか分からなければ、どちらに進んで良いかも分からない。


 何より奇妙なのは、目の前の少女はこんな状況にも関わらず、ほとんど取り乱していない事だ。


「お城? 極夜国ノクスの王族のお屋敷のこと?

 それなら森を抜けた先、極夜国の中心にあります。いつもだったら、普通に歩いていれば帰れるのだけど――」


 黒玉ジェットの左眼を持つ少女ミオソティスは困惑の表情を浮かべる。

 けれど同時に好奇心もうずくのか、次の瞬間には近くに咲いている緑色の草花や土をさも珍しげに手に取り、不思議そうに眺めていた。


「――ティス、って呼んでいいかしら?

 特に珍しくもない普通の草木よね。この辺りでは珍しいの?」

「はい、私は初めて見ました。私が散歩する道の草木は、全部透明な硝子で出来ているんです。

 透き通っていて綺麗だけど、中身は空っぽ。がらんどう――だからつまらない……ううん、寂しい、かな? だって、あの子たちはみんなとうの昔に死んでしまっているから」


 ティスの言葉に、香梅シャンメイは合点がいった。

 と同時に、この地が夢の中に相応しい、自分のいた世界とはまるで異なる場所である事も何となく把握した。


「妙ね……」


 空を見上げて、香梅シャンメイは呟く。

 上空は濃い霧が漂っている。しかし目を凝らすと、薄ぼんやりとしたスミレ色の雲が浮かんでいるのが見えた。


(雲がまったく動かないわ。例え風がなくても雲は動き続けるはず。

 微動だにしない雲なんておかしいわ。これじゃあまるで、時間が止まっているみたい)


 奇妙なのは雲だけではない。視界を遮る霧の存在もそうだ。


「どうしてこんなに霧が濃いのかしら。足元は取り立てて濡れてもいないのに」


 西国ならばわかる。大河が王都を流れているせいで、街はしばしばじっとりとした湿気がこもる。霧の都と言われる所以だ。

 けれど、この森は雨上がりという訳でもないのに、一体どうしてこんなにも深い霧が立ち込めているのか。雨の匂いもしないのに、なぜ霧は晴れないのだろう。

 香梅シャンメイは森を漂う霧が、自分の知る自然法則によって生み出されたモノではない事を肌で感じ取っていた。


「風も……ないのね」


 煙管を取り出し、その煙がまっすぐ立ち上るのを見て呟く。果たしてこの煙管が夢枕で取り出したせいで自然界の基本法則に従わないのか、それは定かではないのだが。


 ミオソティスに森について尋ねても、どうにも要領を得ない返事だった。

 彼女の言い分によれば、ここは極夜国ノクスと呼ばれる閉鎖された国と外界とを隔絶する「迷いの森」。入り込んだ者はどこをどう進んでも、気がつけば元いた場所に戻されてしまうというのだ。


(それが本当なら、適当に歩き回ったところで元の場所に帰れるんでしょうけど)


「少し進んでみましょうか」


 香梅はにっこり微笑んで、ミオソティスに手を伸ばした。

 怯えきった小さな子どもは、手を繋がることを嫌がることも多い。今まで散々な目に遭ったのだから当たり前だ。でも彼らが本当は人肌が恋しいのもまた、香梅は知っている。

 だから笑って言ってやるのだ。


「あたしが寂しいから、手を繋いでくれる?」


 そう声をかけたなら、大抵の子どもたちはおずおずと手を伸ばしてくれる。

 もっとも目の前のミオソティスは、人当たりの良い香梅シャンメイにそこまで警戒心を抱いてはいなかったようだ。

 出会ってそれほど時間が経っていないにも関わらず、すんなりと手を握ってくれる。触れた少女の指先はほんのり温かかった。


(夢の中で手を繋いでも、温かいって感じるのね)


「人間も……あ、ごめんなさい。えっと、姐姐ジエジエの手、あたたかいのね――」

「それはあなたもよ、ティス」


 手を伸ばした子どもたちを受け入れたなら、香梅はうんとこさ甘やかしてやる。

 二人はごく自然に手を重ね合わせ、代わり映えのしない霧の森の中を歩き続けた。地面は決して平坦ではなく、木の根が張りゴツゴツしている筈なのだが――やはり夢の中であるせいなのか、不思議と歩きにくさは感じない。そして長時間歩いたにも関わらず、疲労も感じなければ空腹も覚えない。


(まるで心地良さだけを残して、煩わしい事は全部、外に置いてきちゃったみたい)


 しばしの散策を楽しもうと思った香梅シャンメイだったが。

 ふと気づいた。自分たちが「元いた場所」――つまり、夢の初めにいた森のど真ん中に戻ってしまっている事に。


「ちょっとここ……最初の場所じゃない。

 確かにさっき『気がつけば元いた場所に戻される』って聞いたけれど……!」


 香梅シャンメイは言葉に焦りの色を滲ませた。このままではいつまで経っても、身動きすら取れないではないか。


「ここは迷いの森、全てを拒絶する守りの森。だからここが現実であっても夢であっても、きっとこの霧があるかぎり私たちは惑わされ続ける。

 ……でも、この森は素敵だわ。だって、草花に色があって、命の気配がすごく濃くて、しかも素敵な出会いもあったんだもの。

 けど、目が覚めたらすべて忘れてしまうのかしら。……寂しいな」


 憂いを帯びた顔で、ミオソティスはどこか芝居がかった言葉を紡ぐ。いま起きているありえない現実に、彼女はここが夢の中であると信じこもうとしているようだ。


 香梅シャンメイとてこの世界が、夢枕によって作られた架空のモノだという認識はある。しかし――目の前の少女のように夢だと決めつけ、現状から逃避する気にはとてもなれなかった。

 どうにも胸騒ぎがする。このまま手をこまねいていれば、取り返しのつかない事態に陥るのではないか。そんな予感がしてならない。


(こんな時、どうすれば――?)


 香梅シャンメイは考える。納得できるまで考え抜く。自分の考えのみで答えを導き出せなければ、別の人間の思考を借りる。

 兄代わりの楼閣の主人なら、どうするだろう?


――小梅シャオメイ、まずは落ち着きなさい。

――身近な場所の変化ほど気づきにくい。じっくり、注意深く、些細な違いにも気を配るべきだ。遠くを探しに行くのは、それからでも遅くはない。


 身近なもの。香梅シャンメイは自分の衣装や、身の周りの持ち物を改めて確認してみた。

 違和感は、本当にすぐ近くにあった。首飾りの中心に嵌まっている宝石が、いつもの「それ」ではない。

 一見して真珠のようにも見える丸い石。だが微妙に銀色の光を帯びており――奇妙な事に、形や大きさがゆらゆらと変化しているように見えた。


(これって確か……月長石ムーンストーン……? いつの間にこんなものを)


 ムーンストーン。その名の通り、月の力を宿しているとされる石。女性性の象徴であり、家族を危険から遠ざけたり、旅路の安全を確保する力を持つと言われている。

 そして香梅シャンメイは知っている。ムーンストーンは、月の満ち欠けによってその大きさを変える事があるという伝説を。この伝説は正確ではないが、真実の一角を突いている。つまりこの宝石は、光の加減によって輝きの度合いが変化するのだ。


(本来なら、月明かりの変化で日によって形を変えるはず。それがめぐるましく変化しているって事は……時間が歪んでいる?

 そして月光なんて見えていない筈なのに、月長石ムーンストーンが影響を受けているって事は。あの上空に漂っている霧は……光を遮らず、そのまま通しているって事になるわね)


「ねえティス。あの霧はひょっとして、光を遮らないの?」

「よく分かったね、姐姐ジエジエ。私たち『石人』にとって、光と水は生きるために必要なの。

 だから霧は光を妨げないわ。だってそんな事したら、私たちきっと、お腹が減っちゃうもの」

「え……石人……? 光……?」


 怪訝そうに尋ねる香梅シャンメイに対し、ティスはようやく「あ、姐姐ジエジエは外の世界の人間だったっけ」と気づいたらしく、訥々と「石人」という種族について説明を始めた。

 人間と違い、非常に長命であること。人間のような食事を必要とせず、光と水だけで生きられること。鉱石の眼球を持ち「守護石」の加護を宿すこと。


「守護石の力を宿す事が、石人として成人した事の証になるのよ」

「へえ……じゃあ、ティスも成人しているの?」

「成人したのはついこの前だけれど、石の力が発現したのは……十五年くらい前かな」

「え……十五年前って……ティス、失礼だけど、年齢は……?」

「百歳! そうは見えないってよく言われるけど、これでもれっきとした大人なんだから!」

「ひゃく……」


 誇らしげに胸を張るミオソティスの実年齢に、香梅シャンメイは思わず絶句してしまうのだった。


(つづく)

《 選択肢 》


(ティス)

黒玉ジェットの加護に追加能力が!? 一体どんな?


A 一定時間、自分たちの存在を周囲から「忘却」させる

B 一定時間、任意の単語(例:怪我、敵意など)に関係する事象を「忘却」させる


もちろん全く別の能力や、追加能力なしを選択してもOK!


(香梅)

月長石ムーンストーンにはどんな加護がある?


A 危険回避・予知能力

B 精神安定・治癒能力


もちろん全く別の能力や、能力なしを選択してもOK!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ