1.ミオソティス編
Scene Character:ミオソティス(ティス)
Scene Player:貴様 二太郎 様
北の果てには、常に夜のとばりが降り、月光と水のみにて生き永らえる人々が住む国がある。
国の名を極夜国といい、住む人々は石人と呼ばれる。
彼らは左右どちらかの瞳が、宝石の如き輝きを持つ。いや、実際にそれは──石人に加護を与える「守護石」であった。
極夜国は極寒にして不毛の地ではあるが、その南には広大に生い茂る森がある。
外界との接触を拒む石人たちが、魔法による結界を施すために作り出した「迷いの森」。
森には常に霧が立ち込め、入った者を元来た場所へと戻す魔力が宿っている。
「迷いの森」の中を散策する、石人の美しい娘の姿があった。
射干玉の闇色の髪と、右眼の空色の瞳は、夜と昼の空を描き出しているかのよう。
しかしそれ以上に特徴的なのは、左眼に宿りし黒玉の瞳。
ジェットと呼ばれるその宝石は、もともとは水中で化石化した樹木の幹であるという。
独特の柔らかな光沢を持つ黒玉は、さる国の女王が夫の喪に服すときに身に着けたとされる。
石人の娘の名はミオソティス。フォシル伯爵家の長女。
勿忘草の名を冠する彼女は、己を守護する筈の「守護石」の加護に思い悩み、苦しんでいた。
**********
喪服を飾る事で知られる黒玉の加護は、死を連想させる「忘却」の力であった。
ミオソティスが成人する十五年も前から、石の加護は顕著になり──屋敷の使用人はおろか、家族でさえ彼女の顔や、彼女と関わった記憶を薄れさせていった。
守護石の加護は必ずしも、石人に恩恵のみをもたらすモノではない。
それでもミオソティスのように、血の繋がった家族ですら認識できなくなるほどの、不都合な力を持つ者は滅多にいない。
極夜国の教会にて明らかになった、黒玉の忘却の加護。
ミオソティスの望む望まざるに関わらず、彼女との思い出が人々から失われていく。
石の力を発動させない方法はある。ミオソティスは教会から、黒玉のある左眼に眼帯を着け隠すように指示された。
守護石が見えなければ、忘却の力も発揮されない。単純明快な解決策──ではあったが。
石人たちは己の持つ守護石に、強い誇りを抱いている。
それを隠す行為は、自分が石人である矜持を否定し、ひいては石人という種族そのものの侮辱に繋がるのだ。
ミオソティスは嫌いだった。己の身に宿る黒玉が。忘却の力が。
力を制御できない自分自身が。身を隠して引き籠らねばならない日々の生活が。
人前に出る時は、他者への侮辱にあたる眼帯を外さなければならない。当然、出会った人々は彼女の存在を、翌日には忘れてしまう。
どうして自分がこんな目に? 守護石を持ちながら、その守護の力を否定される。
まるで自分自身という存在そのものが否定され、忘れ去られるべく仕組まれたかのようである。
両親が名付けてくれた勿忘草の名も、こんな状況では皮肉でしかなかった。
ミオソティスには妹がいる。名をアルビジア。
金髪碧眼にして、右眼に青色琥珀の守護石を持つ彼女は、社交界の「琥珀姫」と呼ばれ名声を高めたが。
その傍ら、ミオソティスは誰からも忘れ去られる「隠れ姫」として、劣等感を膨らませていた。
アルビジアは優しい。ミオソティスの事を慕い、大事に思ってくれている。
だからこそ行動を共にする事はできない。一緒に夜会に参加し、自分の黒玉の瞳を覗き込まれたら──妹から姉の記憶は消え去ってしまうかもしれないからだ。
**********
ミオソティスは「迷いの森」を一人、散策するのが好きだった。
複数人で入っても必ず皆とはぐれ独りになり、どこをどう歩いても元来た場所へと戻される。
窮屈な眼帯をせずとも良く、誰かに忘れられる事に思い煩う心配もない。
勝手気ままに歩いても、決して迷う事のない森は、彼女にとって自由の庭だった。
日々の息苦しい生活から、人々の奇異の視線から解放される。
ミオソティスにとって、部屋で読書をするひとときと同じくらい、安心できる時間であった。
「迷いの森」は、外界に繋がる森の外側は広葉樹林が広がっているが、極夜国内部に近づくにつれ、色素が薄まり、硝子となった木々が目立つようになる。
先日ミオソティスが読んだ書物によれば、迷いの力を持つ「霧」は過去の偉大な石人たちの持つ貴石の加護によって生まれているという。
しかしその代償として、木々から色が失われ、硝子のような透き通った物体と化していた。
常夜の国たる極夜国。今は月明かりが出ており、硝子の木々は月光を反射し美しく輝いている。
しかしミオソティスは、幻想的な硝子の森の中にあって、寂寥を感じていた。
(ここにある木々も私と同じ。心が満たされず、空虚で寂しい──)
あてどなく彷徨う石人の娘。どこまで行っても続く霧深き硝子の森。
代わり映えのしない、いつもと同じ景色。彼女の心を落ち着かせてくれるが、どこか物足りない。
(いつか私も──外の世界に行ってみたいな)
書物の中でしか知らない、極夜国の外にある未知の世界に、ミオソティスは憧れていた。
眩しい光が空を青く染める「昼」があり、瑞々しい緑のある木々や草原が広がっているという。
空虚で不毛な極夜国の世界に隔たりを覚える彼女にとって、そこは自由と解放の世界。
ミオソティスは地道な読書や、夜会での情報収集を経て、現状を打破する手がかりを掴んでいた。
守護石の力を打ち消すとされる、消滅の加護を宿す黒色金剛石の持ち主オルロフ。
彼に、自分を解放する運命の人に会う事ができたら──きっと自分も、外の世界に──
ふと、奇妙な事に気づいた。
霧が薄くなり、周囲の木々に色と、瑞々しさが増している。
いつも歩いているような、死んだような硝子の森ではない。本来であれば硝子の木々を抜ければ、いつも通り屋敷に戻れる筈だったのに。
ミオソティスはいつの間にか、鬱蒼とした緑豊かな森の中に迷い込んでいた。
(つづく)
《 キャラクター紹介 》
名前:ミオソティス・フォシル
出典:貴石奇譚 http://ncode.syosetu.com/n8790dn/
年齢:100歳
性別:女性
特徴:石人という長寿種族。黒髪、勿忘草色の瞳、左目に守護石。髪質はストレートで腰くらいまで。華奢な儚げタイプ。
備考:左眼にある守護石は黒玉。忘却の力を持つ。