勇者と従者
――――ローゼルク王国・王宮
「ふう、報告お疲れさん」
「大臣さん、あんまり怒りませんでしたね」
会議室の扉を静かに閉めると、ムースはほっと胸を撫で下した。
騒ぎの後、紅魔の森の消火活動を行っていたため、ローゼルクに戻った時には夜中になっていた。翌日、二人はローゼルク大臣に紅魔の森での出来事の一部始終を話した。
大臣はレイテムリア王室の複雑な事情を知っているようで、ハインス王子の身の安全のためにも彼が死んだことにしてはくれないか、という二人の提案を受け入れ、レイテムリア大臣を通してハインス王子の死が国に知らされるということで話がついた。さらに魔女によって復活した赤龍を二人が討ったという話を聞き、被害を最小限に抑えた活躍ぶりをおおいに称えてくれた。
とは言え、ハインス王子を無事保護することができず、黄昏の魔女と共に逃げられたという失態には終始頭を抱えていた。任務失敗について幾つか小言を言いはしたが、最後には「まぁ、アルハ殿の言うように、彼にとってそれが一番安全なのかもしれませんな」と言って鼻の頭を掻いていた。
「もしかして大臣さんも知ってるんですか? その……クローバーさんがレイムロットの一人だってこと」
「信じてるかどうかは知らないけど一応は話してあるよ。あとはお姫様も知ってる」
「……なるほど、すんなりクローバーさんが白勇騎に任命された理由がよくわかりました」
今代の白勇騎にアルハを任命したのは他ならぬローゼルクの姫君だ。彼女がアルハの正体を知っているとなれば、これ以上の適任はいないと判断して、彼を白勇騎に任命したのも納得がいく。
会議室を後にした二人はローゼルク王宮の長い廊下へ足音を響かせる。
ムースが窓の外に目をやると、中庭に建てられたレイムロットを讃える銅像が目についた。アルハには全く似ていない精悍な男の銅像だ。
アルハと銅像を見比べて気になっていたことを聞いてみた。
「あの……レイムロットの人達はどんな方々だったんですか?」
アルハも同じように窓の外を見た。レイムロットの銅像を眺めてはいるが、おそらく彼の瞳に映るのは銅像などではなく、遠い過去の仲間達の姿だろう。
「ん~、そうだなぁ…………真面目な奴もいれば豪快な奴もいたし、気の弱い奴も、変人なんて言われる奴もいてばらばらだった。でも、みんな強くて、優しくて、信念があって、頼りになって……最高の仲間達だったよ」
「……そうですか」
どこか嬉しそうにそう語るアルハの姿にムースは自分自身を重ねた。レイムロットについて話す自分の姿も、アルハにはこんなふうに見えていたのかもしれない。
「俺はみんなの中じゃ一番ガキでさ、いつもみんなみたいになりたいって背中を追いかけてた」
自分の掌にそっと視線を移すと少年は当時のことを思い出しながら言う。
「最後の闘いで俺が死んだ時、もしもう一度生きるチャンスを貰えたら、あいつらみたいに立派な騎士になりたいって思ったんだ」
「あっ……もしかして自分の夢も同じって……」
紅魔の森へ向かう馬車での会話を思い出した。「レイムロットのようになりたい」と語るムースにアルハは「自分も似たようなものだ」と言っていた。
彼女の言葉にアルハは無言で答える。
ムースにとって目指す存在がお伽話のレイムロットであったように、アルハにとっての目指す存在は彼の仲間達だったのだろう。そう思うとアルハに対して親近感のようなものが沸いてきた。
「それより、憧れてた伝説の英雄様にこうして会えた感想はどうだ? 女神様へのお願いとやらが叶って嬉しいか?」
歩を進めながらアルハは隣へ歩くムースへ尋ねた。
彼女にしてみればたしかにアルハは理想の英雄その人ということになる。それを知っているのでアルハは得意気で意地の悪い笑顔で問いかける。
だが、どぎまぎするでもなく高揚するでもなく、ムースは至って素っ気なく返した。
「そうですねぇ……嬉しいのは嬉しいですけどちょっとがっかりです」
「へ?」
「だって思っていたよりずっと適当で、めちゃくちゃな人だったんですもん。わたしが憧れた英雄レイムロットとは似ても似つかぬ別人って感じで、正直幻滅と言いますか……この時代に伝わるレイムロットの逸話はきっとクローバーさんではない他の人たちのことなんでしょうね。うんうん、そうに違いありません」
「……やれやれ、言ってくれるな」
思いもよらない答えにアルハは苦笑いを浮かべている。
「……ま、物語の英雄なんて、噂を聞いた人が勝手な理想を重ねて出来上がった偶像ってことだな」
「そうかもしれません。でも、そんな物語の英雄が人々に希望を与えるのもまた確かなことですよ」
二人は王宮のテラスまでやってきた。
賑やかなローゼルクの城下町だけでなく、地平線まで続く穏やかな平原が一望できる。
空の青と大地の緑が触れ合う遠い場所を見つめてムースが言う。
「クロ……あー、アルハさん? この後、時間あります?」
くるりと回ってアルハの方を見た。そよ風が彼女の綺麗な髪を優しく揺らす。
「わたし、いっぱいいっぱい聞きたいんです! 昔の世界のことも、言い伝えに残る数々の闘いのことも、何よりレイムロットの人達のことを!」
夜空の星を全て詰め込んだように瞳をきらきらと輝かせる彼女は、星天従士などではなく一人の少女だった。
「自分で言うのもなんだけど本当に俺の話なんて信じてるのか? ただの大法螺吹きって可能性もあるぜ?」
冗談めかしてアルハは言ったが、ムースはそんなことてんで気にしていないようだ。
「言いましたよね、本当でも嘘でも関係ないって。わたしがそうだと思えるならそれでいいんですよ」
少女は嬉しそうに、楽しそうに、憬れの英雄に笑顔で言った。
「だってわたしは、夢見る女の子なんですからっ!」
ーーーー運命交差の幻想曲 (終幕)




