殺し屋と令嬢
――――聖地ハーネンス・聖教連大聖堂前
魔女と赤龍との闘いの翌日。聖教連大聖堂の門前に二人の男が立っていた。
「まさか無事に帰ってくるとはな。正直驚いた」
灰髪の男へそう話を切り出したのは、地下牢でフランベル達に大教老の命を言い渡した眼鏡の男だった。
フランベルが教会内で事務手続きを済ませる間、灰髪の男は暇を持て余していたのだが、偶然通りかかった眼鏡の男に話しかけられ今に至る。
灰髪の男は眼鏡の男を嫌ってはいなかった。他の拷問係の人間がストレスの捌け口として自分を利用する中、彼だけは必要以上に男を痛めつけることはしなかったからだ。
「あぁ? オレがくたばるとでも思ってたのか?」
「お前じゃない、お嬢様の話だ」
事の経緯はある程度聞いていた。火を吐くドラゴンの存在など半信半疑だったが、ローゼルクの白勇騎と星天従士も全く同じ証言をしているらしく、半分以上が焼焦げた紅魔の森を見れば、どんなに頭の固い人間でもその出来の悪い与太話も信じるしかなかった。
眼鏡の男はそんな窮地から無傷で帰って来たフランベルに驚いているようだ。とはいえ表情からは一切感情が読み取れない。驚いたと言ってはいるが本当に驚いているのかも怪しい。
「残念だがあのクソ女はそう簡単にはくたばらねぇよ」
「ほう?」
「なにせ優秀な護衛がついてるらしい」
「……なるほど、違いない」
男達が煙草に火をつけると二つの煙が混ざり合って虚空に消えて行く。
「そういやあの女どんな馬鹿しでかしたんだ? あいつのことだ、相当アホみたいな真似やらかしたんだろうな」
眼鏡の男に会って、男はフランベルが問題を起こしたために自分を護衛につけることになったと思い出し、そのことについて尋ねてみた。
「なんだ聞いてなかったのか? ……いや、お嬢様の性格を考えればお前に言うわけもないか」
「あん?」
眼鏡の男の言い方が妙だったので思わず聞き返した。彼は特に隠すつもりもないようで、すんなり事情を教えてくれた。
「……お前、少し前に女の子を助けたらしいな」
「なんでそれを……」
男は突然そんな話が飛び出して来たので驚きを隠せなかった。たしかに数週間前、男は醜い男に買われそうになっていた少女を助けたことがある。それとフランベルの不祥事とやらがどう関係しているというのだろうか。
「お前が投降してすぐ後に、お前の所在を知ったその子がここに来たんだよ。『お兄ちゃんにお礼が言いたい』って。その女の子の話を聞いてやったのがお嬢様だったんだ」
驚く灰髪の男をよそに眼鏡の男は淡々と話を続ける。
「会議でお前は大小関係なく山ほど罪を追求されてな、その中には女の子を買おうとした罪も含まれていた。会議に出席していたお嬢様はそれを聞いて腹を立ててな、『あいつはどうしようもないクズかもしれないけど、理由もなく女の子を泣かせるような人間じゃない』と言ってお偉いさんに食ってかかったんだよ。お前が聖教連連合軍との大立ち回りで誰一人として死人を出さなかったことと、お嬢様の訴えがあって、大教老様はお前の死刑を取り下げたと聞いている」
「…………」
「無茶苦茶に思える人だが、彼女は自分なりの信念を持って動いているんだよ。……しかし熱くなりすぎてお偉いさんにビンタかましたってのがなんともお嬢様らしいがな」
あらすじを語り終えると眼鏡の男は同僚に呼ばれ、足音もなくその場を去って行った。
灰髪の男は神妙な顔で空に浮かぶ雲を一人見上げた。
少女を助けたせいで組織に手を切られた自分が、少女を助けたお陰で死を免れたというのだから、運命とやらは人間の小さな頭では想像もつかないほどに複雑なものなのだろう。
あの日の行動が幸か不幸かはわからないが、フランベルと出会うことになってしまったのはもしかしたら不幸だったのかもしれない。
自身の首回りを飾るチョーカーにそっと触れながら、男はそんなことをぼんやり考えていた。
「お待たせ! 事情が事情だから黄昏の魔女を捕まえられなかったことはお咎めなしだって。あ、ムースちゃん達との約束もあるし、王子様のことはうまくごまかしてきたわよ」
年頃の女性とは思えないうるさい足音と共に、フランベルが聖教連本部から戻って来た。何故か彼女はその手に大量の資料を抱えている。
「なんだそれ?」
「何って残りの仕事に関係する資料よ」
「はぁ? なんだよその量⁉」
「そんなのあたしが聞きたいわよ! 魔女の件は追求されなかったけど、緋炎の宝玉を取り戻せなかったことには変わらないからって雑用まがいの仕事も押し付けられて……ったくあたしも暇じゃないっての」
丸く膨らませたフランベルの頬は、彼女がこの仕打ちに納得していないことの証明だろう。
「チッ、いくつあるかわからねぇがさっさと片付けるぞ」
「何よ、やる気じゃないウォルフ」
「……その名前」
また名前のことで怒り出すのかと思って身構えたフランベルだったが、男は不満を述べるでもなく仏頂面でぽつりと言った。
「しばらくはそれでいい」
「……ふーん、どういう風の吹き回し?」
「ただの気まぐれだ」
男が急に素直な態度になったのが可笑しくて、フランベルはからかうようにニタニタ笑っている。そんな彼女と目を合わせることなく男は歩き出そうとする。
「じゃあ、あたしも『ベル』でいいわ」
フランベルの言葉を聞くと男は脚を止めて彼女を見た。
「親しい人はみんなそう呼ぶの。思ったより長い付き合いになりそうだし、特別にそう呼ぶことを許してあげる」
「…………」
しばし無言だった男だが、いきなりフランベルの額目がけて片手を突き出し、親指で押さえ丸めていた中指を力強く弾いた。つまり俗にいうデコピンだ。
「いったぁ~~! 何すんのよ!」
突然額に鈍い痛みが走り、フランベルは苦痛の叫びと共に非難の声を上げる。痛みはしばらく消えず、彼女の頭をぐらぐらと揺らし有無を言わさず彼女をよろめかせる。手にしていた書類は無惨に地面に散らばってしまった。
首輪の効力でデコピンなど痛くも痒くもないと思っていたフランベルにとって、その痛みはあまりに予想外だった。首輪の呪力は消えていないはずなのにどうしてこんな目にあっているのかと訳がわからず混乱している。
そんな彼女の姿を見ていた男は白い歯を見せ笑うと、彼女に向け挑発の台詞を吐く。
「アホか、誰が呼ぶかよ」
頭を抑えるフランベルをよそに灰髪の男―――ウォルフは歩き出す。慌てて彼女も彼を追って駆け出す。
「もたもたしてないで行くぞ、フランベル」
「待ちなさいよウォルフ! あたしにこんな態度とってどうなるかわかってんでしょうね⁉」
二人がこの先何回こんな下らない喧嘩をすることになるのかは、おそらく誰にもわからない。




