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第2話 何が平和だよ

大日本連邦 和西国 西海 黒田領



「俺は船が嫌いばい。海も嫌いばい。船乗りの親父を海の底に連れていかれたっちゃ。外人も嫌いばい。親父を殺したっちゃ。」


 俺が小さい頃、親父は駆逐艦に乗っていた。

 そんな親父を見るためにこの海の見える街でオカンと一緒に海の近くまで行って、二人で船を見ていた。

 ある日、親父が帰ってくるはずだった。その日は俺の誕生日だった。だが、和西国と琉球諸国との間に不審船が現れたそうだ。

 停船要求。応答無し。追跡をすると不審船が攻撃をし、交戦したらしい。結果、俺の親父は帰ってこなかった。海の底に連れてかれた。

 だから船も海も嫌いだ。不審船はきっと外人の船だろう。じゃあ親父を殺した外人も嫌いだ。

「おい、勇翔。」

「あ?」

「おまえまだガキのくせにタバコ吸っとーと?早か死にたいと?」

「うっせー。」

 灰皿代わりにしていたジュースの缶を思い切り蹴飛ばした。親父じゃないくせに。親父の代わりになんでなれないくせに、父親面して偉そうなこと言うんじゃねぇよ。同期だっただけだろ。苛々する。

 蹴飛ばした缶が思ったより飛んでしまったが、どうでもいい。どうせゴミだ。

 親父も爺ちゃんも曾祖父ちゃんも、そのまた更に昔の人らも皆海軍。大日本帝国の時も海軍。海軍の偉い人だったって話とかもあるけど、皆海のことしか知らねぇ。そんで何人かは海の底だ。

「クソが。」

 ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出して口に咥え、火をつけた。甘く重たい、親父がよくまとっていた匂い。何が平和だよ。海の向こうじゃドンパチやってるくせに。平和とは離れた所にいたくせに。

 親父を失ってから十年、俺とオカンの二人暮し。そこに線香をあげに親父の同期だったおっさんが来る。おっさんが来ては俺の知らない親父の話をする。そして「お前も海軍に来るんだろう?」なんて言いやがる。誰が行くかよ。

 煙草を吸っても気分が晴れないし、近くにこのおっさんがいるのも気に食わなくて、特に理由もなく親父が乗っていたバイクで少し離れたコンビニまで走った。年式は知らないがまあまあ古いバイクらしく、近場でたまに知らない人から渋いだの懐かしいだの言われる。まあ、悪い気はしない。仲間内じゃ古いだなんだ言われるからな。最近のやつだとLEDのライトとか、メーターが液晶だったり、ABSが着いていたり見た目がそもそも好きじゃない。電球のライトに機械式のメーター。余計なものが着いていないアナログな感じが好きだ。

 親父が生きていた頃、休みの日になるとよくこのバイクの後ろに乗せてくれて街中を走っていた。バイクを運転する親父。失敗して麺が焦げかけている焼きそば。どこで買ってきたのか、何故それを選んだのか分からないふざけたティーシャツ。頭を撫でるでもなくただ置いてくる温かいゴツゴツした大きな手。

 もう二度と置いてはくれない手。

コンビニに着くと何人か仲間がいた。暇してんのか。まあ、俺もそんなもんか。

「おー、勇翔やん。」

「おう。またあの海軍のおっさん、うちに来よったばい。」

「またぁ?海軍は暇しとると?」

「おっさんが暇しよんやろ。」

「ははっ、言いよるなぁ。」

 自分の銀髪に染めて短く刈り込んだ頭を撫でる。手のひらに触れる短い毛並みと、そこに走る黒いライン。これは俺のこだわりみたいなもんだ。銀髪坊主に耳に沢山開けたピアス。これが俺や。

 初めてピアスを開けて髪を染めた日にはオカンがひっくり返りそうなほど驚いていた。驚いて親父の仏壇の前で「勇翔がグレてたっちゃ。どげんしよっか。」と線香をあげながら言っていた。「あんたが亡くなってから、どげんしたらいいか分からんばい。」なんて言っていたが、親父にも分からないと思う。

 コンビニ前や公園、たまに隣の領まで仲間とバイクで行ってはくだらない話をする。帰りが遅くなっても、殴り合いの喧嘩をしても、警察の世話になることがあってもオカンはどうしたらいいか分からないようで、だんだん仏壇の前にいる時間が増えた。

 オカンの考えてることは俺には分からん。オカンも俺の考えていることは分からん。でも、俺もオカンもどげんしたらいいか分からんことだらけだ。

 十年間そんな所にあのおっさんは来る。毎月二回くらい来る。線香をあげてただ話すだけのおっさんが飽きずに。

 家にいる時よりも仲間といる時の方が楽だが、解散の雰囲気が出てきたので帰らなければならない。

 バイクのエンジンをかけ、家まで走った。

「おかえり。」

「ああ。」

 オカンと二人、夕飯を食べながら今聞くべきなのかは分からないがずっと聞けなかったことを聞くことにした。

「なあ、なんであのおっさん毎月来とるん?親父の亡くなってから、ずっと来とるやん。」

「あのおっさんって…あの人、お父さんと同じ船に乗っとったとよ。そいで、まぁ、その……。応急処置の間に合わんかったっちゃって。ずっと仲良かったけん、後悔しとるみたい。」

「そげんなら、おっさんがもっと早く応急処置のできとったら、親父はまだ生きとったかもしれんってことか。」

「……あんたが海軍に入るっちゃ、言うとやったらさ、私は止めんちゃ。」

 また海軍か。海軍海軍うるさいわ。俺がいつ海軍入る言うた。俺が記憶ないくらい小さい頃に行ったかもしれんけど、もう俺は小さくねえ。あぁ、クソ、苛々してきた。

 冷蔵庫から缶チューハイを取り出して飲んだ。甘いような苦い様なよく分からない炭酸。これを飲んでもスッキリする訳でもないし、別に美味しくもないジュースみたいなもんだ。

「俺は…俺はっ…。」

 つけっぱなしのテレビの映像が目に入った。連邦軍の陸軍の偵察部隊の特集で、バイクに乗っていた。

 なんだよあれ。楽しそうじゃねぇか。俺がたまにふざけてやる事までやんのかよ。

「……おいババァ、あのおっさんの家はどこや。」

「えっ?」

「どこやって聞いとるっちゃが!」

 テーブルを叩いた衝撃で、オカンの肩が跳ねて缶チューハイが倒れて中身がこぼれた。

「え、えっと。…郵便局の向かいの平屋……やったはず。古賀って表札のあったような……。」

 食べかけの夕飯をそのままに外へ出た。煙草に火をつけ、吸いながら郵便局の辺りまで早歩きで行く。

 古賀、古賀…古賀ってのかあのおっさん。 

表札のある平屋があった。

 この街はどこに行っても潮の匂いがしやがる。

 インターホンを押そうとした瞬間、引き戸が開いて俺は驚いた猫のようになった。おっさんはその場で固まっていた。

「ゆ、勇翔?なんで家に?え、俺、教えとらんよね?」

「うるしゃあ!びっくりしたやろが!」

「あ、あぁ、すまん。そいで……何しに来たと?」

「軍でもバイク乗れるんか。」

 おっさんがポカンとした顔をしている。こいつは突然何を言っているんだ?と言いたげだ。

「おい、おっさん。」

「乗れるっちゃ乗れるけど……それ、海じゃなかとよ?」

「やったら、どこで乗れるとよ!」

「陸、やけど。」

「陸?」

 そういやテレビの人らは緑の迷彩だったような気がする。陸に行かんと乗れんのか。

「白水…いや、勇翔の親父みたいに海軍には行かんと?」

「はぁ?俺が海軍に行くなんて一言も言いよらんし!」

「俺はてっきり、行くもんだと……。」

「俺は海が嫌いばい。船も嫌いばい。親父っ…帰って来んかったもん。」

 なんでだよ。なんで涙の出てくるとよ。もう十年前とは違うのに、なんでだよ。止まれよ。だせぇだろうが、おっさんの前で。

 おっさんが困ったように自分の坊主頭をかいた。

「とりあえず、家。上がれ。」

 そう言われて泣きながら、おっさんの家に上がった。おっさんの家はそんなに広くない。壁には親父と知らない人達との写真や、何かの賞状。長押にはハンガーで海軍の制服、青い迷彩服がかけられていた。

 海軍の物だらけだと思ったが、その中に緑の迷彩服の人とおっさんが写った写真があった。なんとなく顔がおっさんに似ている。

「…おっさん。」

「ん?」

「これ、誰?」

「ああ、それね。俺の兄貴たい。陸軍におるっちゃね。今、確か渡島におるはずばい。戦車に乗っとるよ。」

 涙を腕で雑に拭って、ティッシュをもらって鼻をかんだ。涙はまだ止まってはいなかった。

 陸軍の戦車乗りか。おっさんは本朝でお兄さんは渡島ってだいぶ離れてるな。寂しくならんのかな。戦車の事故も聞かなくはないし。

「兄貴なら陸軍のこと詳しいばってん、陸軍やけんねぇ……。今度こっち帰ってきたときに、話聞いてみるね?」

「それもやけど、俺の知らん親父の話。あんたから聞きたいっちゃが。」

「……そうか。やったら、オカンには俺から連絡しとくばい。海軍でのお前の親父の話、しよっかね。」

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