第8話「訓練」
本作に登場する組織・人物はすべて架空のものです。
私たちは教室でヒビキからどのような訓練をするかの説明を受けていた。
「まずは制御しやすそうな前川さんと馬場さんの神象から始めましょうか。前川さん、あなたの神象はどんなものでしたか?」
たーが考え込む。腕を組んでうーんうーん唸っているが、思い出しそうにない。無理もない。あのときはみんな必死だったから。
「オレ、あのとき必死過ぎて何したかあんまり覚えてないんだよな...」
「急に俺たちの前に現れてびっくりしたぞ。しかも、コマンダー・ザ・ステイツみたいに盾を武器のように使っててさ。」
「しっかり思い出してよ。選択の依代なんでしょ?それなら選択肢とか出てきてるんじゃないの?」
めーの言葉にたーがパァンッ!と手を打ち、勢いよく私たちの方を振り向く。
「!!!そう!!そうなんだよ!!思い出した!!急に時が止まって、いくつか選択肢が現れるんだ。そんで、その選択肢の下にはそれを選んだ先の未来の映像が流れてるんだ。」
「未来予知つき?すごいじゃん。」
「その未来、裏がありそうだけどな。」
「そんな怖いこと言うなよ!オレ選んじゃってるじゃん!!」
「それなら、その未来の裏があるかどうか把握できたらいいんじゃない?あるってわかったら最悪の事態を想定して動けるだろうし。たーの課題はそのあたりじゃないかな。神象のルールに『最善とは限らない』ってあったから。」
「なるほど...みーがすごい頼もしい…助かる...」
これで、たーの訓練する方向性は見えた。特にみんなから意見を言われなかったから、これでいいんだろう。
「では、今度は馬場さんですね。あなたのはどうでしたか?」
「あたしのはヒビキも知ってるように人と物の縁が見える。たぶん人同士の縁も見えるんじゃないかな。とーとあたしの縁も見えたわけだし。で、その縁を切ったり、自分から新しく縁をつなげることもできるみたい!」
「一番使い勝手が良さそうだな。俺、この前の戦いの中で、めーがマネキンの縁を切るためにナイフを投げたのを見たけどさ、傍から見たら不思議な現象だったよ。まあ、最初それがたーのところ行ったのはヒヤッとしたけど、途中で軌道修正されてマネキンの方に行ってるのを見たときは呆気にとられたな。」
「オレ、すげー怖かったんだからな!!許してないからな!!」
「うーん……聞く限り、そのデメリットもあんまりよくわからないよね。どこに『最善』じゃない要素があるかがわからない。たーと同じ課題かな。」
「そうなりますね。坂本さんは話をまとめてから進めてくれるので、とても助かります。」
にこやかにヒビキが褒めてくる。その笑顔だとあまり褒められてる気がしない。そのとき、たーが閃いた!という顔でこちらを見る。
「ということは、オレとめーは模擬戦すればいいってことじゃね?」
「確かに!そっちの方が早いかもー。そうする?で、とーにどこかにデメリットないか診てもらう。」
「それはいいけど、俺、そもそもまだ自分の神象発現してないから発現させるところから始まらないか?」
「オレたちの模擬戦の中で発現するかもしんないじゃん!戦いの中ではいろんな感情が巻き起こるってヒビキ言ってたし!」
「私もたーの案がいいと思うよ。」
「じゃあ決定!あたしたちは模擬戦するからヒビキ、訓練所使うねー。」
「はい、わかりました。何かあったら呼んでくださいね。」
なんだか最近、みんなの状況の受け入れが早くなってきたな……まあ、もうそれどころじゃないもんな。下手したら命狙われてるもんな。
訓練所に向かう3人を見送ると、ヒビキが私の方を向いて話を続ける。
「では、坂本さんは私と一緒に神象を制御できるようにこの教室で特訓しましょうか。私ならあなたが暴走しても止めることができますので、気にせずチャレンジしていきましょう!」
私はマンツーマンでの指導か。確かにそっちの方がいいかもしれない。みんなを傷つける心配がないから。ちょっと肩の荷が降りた気がする。
「さて、坂本さん。神象が発現するとき、どんな感じになりました?身体や心の状態を教えてください。」
「あー……あのときは怒りが爆発した感じで。普段あんまり感情が動かない方なんですけど、全然感情をコントロールできませんでした。」
「身体の方は?」
「あまり意識が向いてなかったんであれですけど、動かなかったですね。頭に血が上りすぎたからなんですかね。身体を動かすという発想がなかったと思います。」
「なるほど。感情に全て飲まれてしまったところでしょうか。神象が暴走するはずです。それなら、まずは感情が爆発しないように、もしくは感情が爆発しても俯瞰的に物事を見れるようになる特訓をしましょう。」
特訓か。スパイ映画みたいなことをするのかな。嘘発見器をも騙すくらいの感情コントロールの訓練とか。まず、強い感情が出てくるかどうかっていうのも心配だな。普段あまり感情が動かないから。
ヒビキはリモコンを押した後、ゴソゴソと棚を漁っている。何だ?と思っていると、スクリーンが降りてきた。そして、ヒビキがDVDを片手にやって来た。
「感情を動かすには映像作品が1番だと思うんです。なので、いろんな映画を見ていきましょう!隠れた名作をヒビキセレクションでお送りします。それでは、まずはこれから。」
...ちょっと待て。あれは「なんで全年齢なの?」と疑問視されているホラー映画じゃないか。私、ホラー苦手なんだが。勘弁してくれ。危険を察知して逃げ出そうとする私を遮るヒビキ。悪魔の笑顔だ。冷や汗が止まらない。
「私がついてますから、安心してくださいね。」
「…………ひとまずバケツ用意してもらっていいですか。」
みーを除いた俺たちは訓練所にいた。たーとめーは準備運動をしている。俺は審判兼神象のデメリットを探す係だから、ノートと鉛筆を手に、戦いの邪魔にならない壁際に座っている。
「めー!準備できたー?」
「できたー!」
「じゃあ、ルールを確認するぞ。『基本ステゴロ』『必要なら訓練所にあるものを使ってもよし』『まずい!と思ったらすぐにギブアップする』『人を殺すような危ないものは使わない』……これぐらいか?あとは、俺がまずいと思ったら止めに入るから止まれよ。」
「了解!」
「おっけーい!」
2人が構える。
「よーい……始め!」
一斉に2人のストレートが互いの顔面に決まる。幼なじみだからか、容赦がない。そこからしばらく殴り合いの喧嘩が続く。見てるだけで痛いが、手加減したところで神象が使えるようになるとは思えないから仕方ない。でも、痛いものは痛い。
埒が明かないと思ったのか、たーから距離を取っためーがバレーボールに目をつける。ここ、体育館みたいな感じにいろいろ用具があるもんな。使えるものは使わないと。ちなみに、マネキンも相変わらず鎮座している。気味が悪い。
めーがバレーボールに手を伸ばすが、すかさずたーが阻止。一進一退の攻防が続く。さすが喧嘩慣れしてるな。硬派っていうの、嘘かもしれないな。そう思っていると、めーがバレーボールとの間に糸があるかのように引っ張って、バレーボールをたーの方にぶん投げる。めーはうまく神象を使えたようだ。やっぱり当事者以外は縁が見えないらしい。メモしておこう。
「いってぇ!バレーボールって割と硬いんだぞ!わかってんのか!」
「たーはそんなもんでへばらないから大丈夫大丈夫!」
「てんめぇ……!」
バレーボールの嵐で今はめーが優勢。たー、ブチ切れてるな。今度はバスケットボールも投げられ始めた。先程と同じように、バスケットボールとの間に縁を結んでから、その縁を引っ張って、たーに向かって投げているっぽい。俺には縁が見えないから、何度見ても不思議な現象過ぎてマジックのように見える。マジックとは違って、こちらはタネも仕掛けもないが。ちょっと横道に逸れたことを考えていると、たーの手元にはバットがあった。ここにそんなものあったか...?と思っていると、飛んでくるボールを尽く打ち返している。打ち返されたボールはもれなくめーの方に飛んで返ってきている。それを見ためーは、いつの間にかマネキンから奪っていたナイフでそのボールとの縁を切るような動作をする。でも、めーにボールは直撃し、今度はたーの巻き返しが始まる。
「マジで!?縁が切れないんだけど!!痛っ!どんどん打ち返すのやめてよ!!痛いって!」
「さっきのオレの気持ちを味わえ!!!」
なるほど、めーが自分で結んだ縁は切れないのか。これがデメリットだな。安易に縁を結んじゃいけないことがよくわかる。メモしよう。それと、さっきからたーがバットで打ち返してるボールが全部めーに当たっているから、たーもうまく神象を使えているっぽいな。それにしても、どこを見てもボールだらけ。ボールの雨。ボールの嵐。俺まで被害を食らいそうだ。と思っていたら、たーの打ち返したボールが俺の顔面に直撃した。勢いあり過ぎて痛い。鼻折れたのかと思うぐらいの衝撃だ。いや、折れたなこれ。めちゃくちゃ痛い。でも、2人の邪魔はしたくないから我慢する。鼻血がとまらない。
「とー!!ごめんごめんごめん!!!」
「たー!とーを巻き込むなよ!」
「ごめーん!そんなつもりじゃなかった!とーに当たるの知らなかった!当たらないものだと思ってた!」
……たーの選択肢に映る未来には裏があるので確定だ。きっと良い部分しか見せてくれないのだろう。その方が選択しやすいしな。たーのデメリットはこれだ。あまりの痛みに涙目になりながらも、メモに残す。
これで、今日の訓練で知りたいことは知れただろう。もう2人を止めよう。そう思って、ノートから顔を上げると、ボール以外もいろんなものが飛び交っている。カオスだ。時々俺の方にも飛んでくる。2人も怪我してるし、俺も怖いから早くやめさせないと。
「そこまで!2人とももうやめろ!」
ダメだ、2人とも熱が入り過ぎて俺の声が耳に届かないようだ。痛っ。物が当たる率が高くなってる。俺の命に関わってきそうだ。神象の使い過ぎも気がかりだ。早く止めないと。でもなかなか止められない。俺に何ができる?ものを投げ込むか?いや、事態が悪化するだけだ。下手に動かない方がいい。とにかく俺の声を2人に届けることを意識しよう。俺にできることはそれぐらいだ。何度も2人に呼びかけるが、届かない。心が折れそうになる。...みーがいてくれたらな。でも、いつでもみーがいるとは限らない。俺が均衡を担当する依代なんだから、もっとしっかりしないと。みんなに頼りっぱなしはダメだ。神象を起こすには強い感情が必要だ。だから、もっと気持ちを強く持つんだ、俺。やればできる。いろんな特撮ヒーローたちを見てきただろ!どん底のときこそ立ち上がらないといけないんだ!頑張れ、俺!やってやるんだ、俺!強く心を決める。深く息を吸ってから、思いっきり俺は叫んだ。
「もう!!!やめろよ!!!!」
そしたら、飛び交っていたものがビタッとその場に止まった。たーとめーも目をまん丸にしてこちらを見ている。そして、止まったものがその場に落ちる。
ガシャンッ
トントントン……
ボールの音が木霊する。状況から察するに……周囲の神象を鎮めるのが、俺の神象なのか?とりあえずメモしておこう。ただ、これだけじゃデメリットはわからないな。これは今後の俺の課題。
「とー!神象出たじゃん!やったね!……やったねなの?っていうか血だらけじゃん!大丈夫!?」
「あんな無茶苦茶な状態を鎮めるとはさすが!って言いたいけど、絶対今そんな話してる場合じゃないよな!本当にごめん!オレのせいだよな!ごめん!」
「……無茶苦茶だと思っていたんならやめろよな。」
「マジでごめん!オレ、こいつに武器投げられたの根に持ってたからつい!」
「だから!その件については謝ったでしょ!」
「もう喧嘩すんな!これ以上ボロボロになってどうするんだよ!」
「はい……」
「ごもっともです……」
今度は口の中が血の味がする。喉が痛いから、叫び過ぎたか?喉を痛めるってことは、俺の神象は言霊ありきなのかもしれない。念の為メモに残しておこう。てか、なんで見守ってた俺が一番血だらけなんだよ。
「とーがやばいから、さっさと御神酒のお風呂入らないとな...ってその前に片付けか。」
「あたしに任せて。」
めーが手からビームを出すように腕を振ると、あっという間に片付いた。どんだけぶん投げてたんだお前ら。血痕はそのままだから、ヒビキに謝っておこう。
「今のかっこいいな...」
「でしょ?」
得意げにめーが胸を張る。確かに、今のは正直めっちゃかっこよかった。ああいう超能力、憧れるよな。
「よし。ヒビキとみーのところに戻るぞ。あ、あとでメモ見せるからな。」
「ありがとー!早く戻ろう!」
「ありがとう!それにしてもとー、本当に大丈夫か…?」
血だらけだけど、ヒビキとみーに報告することがいろいろある。そっちを優先しよう。俺も神象を発現できたから、そのことは絶対に話さないと。……これでみんなに置いていかれずに済む。よかった。
最悪だ。最悪過ぎる。あのホラー、なんで全年齢なんだ。R指定入るはずだろ。おかし過ぎる。エンドロールは見る派だが、今はバケツとお友達でそれどころではない。
「ある程度神象の威力をコントロールできるようになってきましたね。よく頑張りました、坂本さん。」
ヒビキから何杯目かの水を受け取る。ひとまず口をゆすぐが、苛立ちはとまらない。そんなこと知ったこっちゃない。それどころじゃなかったんだから。映画を見ている間に何かが落ちたり割れたり破裂したりする音が聞こえたり、ヒビキからのアドバイスらしきものが聞こえたりしたが、私の中には何にも残ってない。胸糞悪いのが残っているだけ。二度とホラーなんか見るもんか。ぐったりしていると、ボロボロの3人が帰ってきた。奇遇だな、私もボロボロだよ。精神が。……っていうか、なんでとーが一番血だらけなんだ?
「お疲れ様でした。中山さんは大怪我ですね。早めに用事を済ませましょう。特に問題はありませんでしたか?」
「はい。無事2人の神象のデメリットがわかりました。」
「それとそれと!とーも神象発現したんだぜ!魔法みたいだった!」
「まあ、あたしたちが熱くなり過ぎたのがきっかけなんだけどね...」
「そうですか。それは興味深い。訓練で何があったのか詳しく話してください。」
3人がヒビキにいろいろ話しているのが聞こえる。でも、今の私には何にも入ってこない。あとで教えてもらおう……あと、ヒビキ、詳しく聞くの絶対今じゃない。だって、とーが血だらけだから。ほんと、自分の興味優先なんだな……
「……あの、どうしてみーがあそこでバケツを持って死んでいるんですか?」
「……大丈夫か?」
「周りもすごいことになってる……また窓割れてるし、今度は壁にも床にもヒビ入ってるし、いろいろ物壊れすぎじゃない?みー、破壊神になっちゃってるよ。いったい何が…………これかな?何これ、ホラー映画?」
「名作ですよ。おすすめです。」
騙されるな。とんでもない映画だぞ。中学生が見るもんじゃない。そう言いたいが、声を出す元気もない。もうなんでもいい。とにかく早く家に帰りたい。帰らせてくれ。頼むから。
「ひとまず皆さん、お風呂場に行きましょうね。坂本さん、肩貸しますよ。御神酒を飲めば少しはマシになりますから、もう少し頑張りましょうね。」
……御神酒って便利だなぁ。
御神酒で回復した後、本日は解散となった。助かる。体調は回復してもメンタルまでは回復しなかったので、一刻も早く帰って寝たい。寝たら大体の不調は治るから。でも、あのホラー映画の夢を見そう。ヒビキへの恨みが募る。荒療治にも程がある。あれで感情や神象の制御が身についたのだろうか。全く実感がない。お風呂場で模擬戦組から話を聞いたが、どうやらとーが神象を発現したらしい。どんな代償が来るのか...心配だ。そこもふまえて、明日詳しく今日の模擬戦での出来事について教えてもらおう。
ふと視線を感じ、周囲を見回す。……誰もいない。昨日の今日だから警戒心がMAXなんだろう。とにかく今日はどうなることかとドキドキしていたが、KNKもDUPGも特に接触はなさそうだ。よかった。だけど、油断したら即座に目の前に現れるだろうから、できるだけ単独行動をしないようにしよう。
《あの神》の依代の力が揃ったことを感じる。全員神象を発現したようだ。
「……博士。」
「何だい?将軍殿。」
「あの依代はどうなる。」
「今は排除対象だが、ボクが阻止する。ああいう存在はなかなか作られないぞ。こんなチャンス、逃してなるものか。」
珍しく真面目に返してくる。今日は比較的正気な日か。
「あの依代、全員神象を発現したみたいだぞ。」
「感知能力が高い味方がいると心強いね!さすがは将軍殿!」
「俺じゃない。《神
「いいじゃないかいいじゃないか!ポジティブに捉えよう!さぁて、ルシア!」
「何ですか?博士。」
「作戦の準備をしたまえ。彼らも動いている。早い者勝ちだ。」
「いつもそんなに乗り気だと助かるんですけどね。」
やはり動くか。殺しはなしだと助かるんだが。
依代の力が揃った。DUPGも本格的に作戦に乗り出すに違いない。ここからは短期決戦だ。上の連中には悪いが、事後承諾してもらう。
「ここからは我々主導で動く。上の許可をいちいち待っていると、やつらに先を越されるんでな。」
「そうですね。少将のおっしゃる通りです。それに、その方がこちらも動きやすい。では、作戦を確認しましょう。」
ベンノを中心に作戦を練り直す。依代のKNK勧誘が最優先事項だが、もし不可能ならば排除することも検討しなければ。DUPGに取られるぐらいならば殺す。我々に不都合なことに使われるに違いないからな。さて、あの依代たちが賢い選択をしてくれれば良いのだが。




