二章 独りぼっち 1
寂しいことに、クー姉がいなくなったとしても俺の日常は大した変化もなく続いた。変わったことと言えば、たまに授業をサボるようになったくらいだ。なんだか、生きていくためのエネルギーが無くなってしまった気がした。それでも明日はやって来るし、それは誰でも、神様でさえ同じだ。
「なんか、白駒君って変わったよね」
秋月が言った。十月の下旬、秋が深まる頃。黄色と赤で見事に彩られた町が見渡せる通学路を歩いている時だった。
「不良になったとか?」
「違うよ。なに? 不良になりたいの? 止めときなよ。今時流行らないよ。不良に憧れるのだってダサいし」
冗談のつもりで言った言葉に思った以上の反撃が返ってきた。道路の方へ目を逸らすと、白い車が通って行った。何となくナンバーを目で追いながら、青と赤の道路標識の隣を通り過ぎる。
「なんか、前よりぼーっとしてるというか。前はぼーっとしてても、確かに何かを見てる感じだったんだけど、今は何も見えてないみたい」
「秋月は俺の何を知ってるんだよ……」
彼女は伸ばした人差し指を顔の前で傾けながら、
「別に、何かを知ってるわけじゃないけどさ。私達話すようになったのだって最近の事だし。でも、二年生になって同じクラスになってから変な人がいるなーとは思ってたんだ」
と言った。
「俺は昔から今までずっと普通の奴だよ。自分が普通じゃないかもなんて思って、結局普通の奴だった。そんな何処にでもいる普通の中学生だ」
「普通の中学生はそんな変なこと考えないと思うけどね。私は昔の白駒君の方が好きだなぁ」
「だから、別になにも変わってないって」
「それは無理だよ」
秋月は断言した。直ぐ隣にある顔がこちらを向く。普段、綺麗な顔が直ぐ近くにあるのに少しの優越感を抱いていたけれど、この時は違った。ゾッとするような深い色の瞳が俺を見ていた。自分が、彼女の隣にのうのうと立っている卑しい奴に思えてくる。
「私達は変わりたくなくても変わっちゃうんだよ。勝手に変わっていくんだ。実際、白駒君は変わってしまった」
俺は押し黙ることしか出来なかった。彼女があまりにも真面目な調子だったから、揶揄うのも躊躇われたのだ。
「じゃあ、私は自習していくけど、白駒君はどうする?」
見上げると、研心塾の看板があった。目的地に着いていたようだ。
俺が塾をサボった九月の日。秋月は一人で授業に出たらしい。元々、一人で授業に出る予定だったし、コミュニケーション能力の高い彼女だ。俺が出だしを歪めてしまっただけで、一度一人で出てしまえば、感じていた疎外感や恐怖もなくなったみたいだ。今では授業じゃない日も自習に行くし、塾の中で友達も出来ていた。
もう俺と一緒にいる理由はないはずだけど、彼女にとっては俺も塾で出来た友達にカウントされているようで。何となく、学校が終われば一緒に塾に行くのが続いている。
「そうだな。今日は、気分じゃないからいいや。散歩して帰る」
「そう。前回のテストの順位。下から数えた方が早かったんだから、ちゃんと家で勉強しなよ」
「なんで知ってるんだよ……」
それは、順位が一覧になって壁に張り出されるからなのだが。——ご丁寧に最下位まで。理由が分かっていても一応そう言うのがお約束だろう。俺達もそのくらいの冗談が言い合える仲になったと考えれば変化もそう悪いものではないのかもしれない。
俺達は手を振り塾の前で別れた。自動ドアの中に消えていく秋月を見送ってから、歩き出す。何処へ向かうかは決めていなかった。というより、何処にも向かいたくなかった。
研心塾から家の方へと進むと、スーパーのある辺りまではガードレールもないような狭い道が続く。歩行者の俺からすれば、車道も歩けるような広い道に見えるが。真ん中を歩きたい気分でもないし、いくら車通りが少ないとはいえ、住宅街はどの曲がり角から車が飛びだしてくるか分からない。ここは慎ましやかに道の端を歩こう。
同じ道でも、日の高い内に一人で歩くのと、夜、街灯の明かりを頼りに秋月と二人で歩くのでは調子が違う。今は辺りがよく見える分、より孤独を感じた。
「赤高にでも行ってみるか」
俺は呟いた。脳内で言っても良かったが、口に出すことで寂しさを紛らわせたかったのだ。結果、声は閑静な住宅街にこだまし、余計寂しくなった。