第005話 手と手
アランはクロークの中に入り、服をかき分けて奥の壁に手を置いた。暗くて狭いため、ゆっくりとしゃがみ、手探りで下部にある溝に手を入れる。力を入れて上に持ち上げると、大人一人が屈んで通れる位の穴が開いた。
クロークの前では、エリー王女が不思議そうに沢山の服を見つめていた。この中に消えたアランは一体何をしているのだろうか? そう思っていると、クロークの中から服をかき分けてアランが顔を出した。突然現れたため、エリー王女は一歩後ずさる。
「狭いのでお手を」
アランが手を差し伸べると、少し間が空いたものの、エリー王女は俯きながらもゆっくりと手を置いた。
もしかしたら手を取ってくれないのでは、と思っていたアランはほっとして小さく息を吐く。ゆっくりと手を引き、エリー王女が通りやすいように道を作りながら、奥へと誘導した。
エリー王女は、アランの背中を見つめながら、早く広い場所に出たいと思っていた。それは早くこの手を離したかったからだ。それでも何も言わず、導かれるまま進んで行く。すると奥に明かりが見えてきた。
「少し段差がございます」
足元に注意しながら踏み入れたそこは、小さな石で積み重ねられた小部屋だった。
辺りを見渡しながら、エリー王女はそっと手を引いてアランから離れた。不自然に思われたかもしれないが、これ以上繋いでいることは出来なかった。
後ろから来たレイもランタンを持っていたので、小部屋の全体が良く見渡せた。入ってきた扉の正面に、木製の扉が見える。しかし、それ以外は何もない。簡素で、あまり素敵な場所ではないことは確かだ。
レイがクローク側の扉を閉める。その音がなんだか不気味で、エリー王女の背中がぞくぞくとした。これから恐ろしい場所に連れて行かれるのではないかと思えるような音だった。
「エリー様大丈夫?」
「は、はい。問題ありません」
心配したレイが声をかけたが、エリー王女は平気なふりをして笑顔を作る。しかし、レイに心を見透かされそうだったため、視線はすぐに逸らした。
そんな時、アランが木製の扉を押し開けると、ひんやりとした冷たい風が突き抜けた。エリー王女は、はっとして扉の奥を見る。そこは真っ暗で薄気味悪い。
本当にこんなところに入らなければいけないのかと、エリー王女は身を固めた。
「ここはとても暗く、中は入り組んでいますので我々から離れないようお願いします」
アランは当たり前のように、その中へと消えた。エリー王女の足は、付いていかなければと思うが、重くて上手く動かない。それでもその一歩を踏み出し、恐る恐るその暗い空間へと身を投じた。
「ここはアトラス城から外に抜けるための秘密の通路です。城内にはいくつかの出入口がございますが、一部の人間だけしか知りません。また、迷うように作られていますのでお一人では決して入らないようにお願いします。なお……」
アランの長い説明が続くが、全く頭に入ってこない。それくらい、この通路は怖くて早く帰りたくて仕方がなかった。
吹き抜ける風の音。
どこからか聞こえる水滴が落ちる音。
自分たちの歩く足音が通路に響く。
先の見えない闇に伸びる影。
夏だというのにここは肌寒い。
エリー王女の手は震えていた。しかし、そのことに気がつかれてはダメだと思ったエリー王女は、両手を胸の前でしっかりと握りしめる。
「エリー様。はい」
後ろを歩いていたレイが、隣にきて手を差し出した。
「足元暗いし、危ないからどーぞ」
エリー王女は、差し出された手を見た後、顔を上げた。目が合うと、レイはにこっと笑みを浮かべ、「ん?」首を傾ける。
その笑顔を見た瞬間、暗かったこの場所が明るくなったように感じた。
そうだった。エリー王女は、レイが今、女性になっていたことを思い出した。相手が女性であれば、アランの時のように緊張しないかもしれない。このまま一人で歩くよりはずっといいと思ったエリー王女は、レイの手を見つめながら小さく頭を傾けた。
「……あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
エリー王女がそっと手を置くと、レイがきゅっと握りしめてきた。ドキっとしてレイを見ると、そこには優しい笑顔があった。その温かい手とレイの笑顔で、先ほどまでの怖さがすっと消えた。暗かったはずの通路が、違う場所に感じるくらいの変化だった。
心に余裕ができたエリー王女は、レイのことが気になり、歩きながら横目でレイの方を盗み見る。しかしレイに気付かれ、目が合うとまたにこっと微笑まれた。それにつられてエリー王女も微笑む。
「あの……本当はちょっと怖かったのです。でも、レイのおかげでとても落ち着きました」
自分の気持ちを隠していたことが、なんだか悪いことのような気がしてそう伝えた。エリー王女のその話を聞いたレイは、笑顔で「うん」と言っただけで、それ以上のことは何も言わない。
エリー王女には、それがレイの優しさなのだと感じた。彼女となら一緒にやっていけるかもしれない。レイの手のぬくもりを感じながら、前を向いて歩いた。