一章・10-1
※'15.11/5 読みやすいように編集しました。
西暦二〇四二年、五月三十一日。午前11時二十六分。
俺は霧野と携帯越しに話していた。
『それじゃ、三時ごろ行くからな』
「うん。わかった」
プツッ
電話は切れた。
今日はいよいよ《OF》が始まる……前日である。
先週《美空》であったローレンスから、前の日に来るようにと言われた。あくまで「前の日」なので別にこんなに早くいかなくてもいい気もするが、何かあるだろうと三時に俺の家で霧野と待ち合わせすることになったのだ。
「それにしても……」
することがない。まだ昼食は食べてないが、それを食べてしまったらほんとにすることがなくなってしまう。初めて基地に行った先々週の何倍もの興奮で、実は一睡もしていなかったりする。さすがに休んではいた先々週に比べると、いろいろ準備していた今回は疲れている。そして、今こうやってあらかじめ作っておいたご飯を食べて胃を満たすと、
「はわぁー」
眠くなってくるのだ。
「まだ十分時間あるし、いいよね」
そう言って、すぐに出られる恰好のままベッドに寝そべる。
そして壁にかかった秒針が半周もする前に、俺は眠りについた。
☬
一方の霧野はというと。
『うん。わかった』
そういう返事をもらうと、すぐ電話を切る。
「もう少し早くするんだったか……?」
こちらも自時間を持て余らしていた。決して興奮していないわけではないが、それで眠くなるような人ではないと霧の自身思っている。実際、霧野は今日今まで通りの睡眠時間をとっていた。どちらかというと長いくらいで、眠気なんてない。
「メシも食っちまったしな……」
まだお昼前、普通なら早いとも思う。だが、霧野にとってはこれが普通だったりする。理由は簡単。今まで通っていたバイトの店は食べ物屋で、混むお昼時に休むことはできない。そのため、いつもお昼前のこれくらいの時間に食べ終わるようにしていたのだ。ただ、それで夜までもつはずもなく、一日四食になることもしばしばあった。ちなみに、霧野は昼前を選んだが向井は昼後を選んでいた。だから、休めるのは客足が減ったあと。つまりは二時過ぎになることが多かったため、この時間のごはんは慣れていなかったりする。
「あいつはまだ食ってねえだろうな」
霧野は向井の家に行くことも考えた。だが、普段の生活リズムの違った二人が同じことをしているとは思えない。
「ま、邪魔しに行くか」
そういうと、霧野は荷物をもって外に出る。そして愛用の自転車を出すと、荷物を前のかごに入れて自転車の鍵を外した。
「よしっ」
実を言うと、向井と霧野の家は決して近いとは言えない……いや、遠い。もっというと、向かいの家から《美空》に行くよりも長かったりする。だから、そのまま《美空》に行った方が近いし速いし体力も減らないのだ。それでも霧野は寄ろうとする。別に向井を思ってなんかではない。単純に暇なだけだった。それに加えて、最近の気に入ったあの森の道を通りたいというのがある。あまり時間がなくてもそこに行けるだけの余裕が少しでもあればその道を通っていただろう。向かいに顔を合わせなくても。
霧野の乗っている自転車が大通りに出ると、霧野はギアを変えた。霧野が乗っているのは前にかごがついているのでわかる通り、速さ重視ではなく使いやすさ重視の物である。だからそこまでスピードが出るものでもないし、出せるものでもない。だが、今の自転車にはこういったものにも変速装置、ギアがついている。しかも、霧野の自転車についているのはあまり見ることの無い八段階だ。これは、普通のギアが細かくなったものではなく、一般的な六段階のギアの上にさらに二段分あるという代物。しかもこのギアの1は普通の6段階ギアの2に値する速度になる(ただし、五つに分けていたのを六つにしただけなのであまり変わらない)。
そんな自転車のギアは先ほどまで6だったが、今は7になっている。自転車用道路のあるこの道ではさっきまでの道より安全で、それなりにスピードを出しても危なくないからである(ただし、これはあくまで人の少ない昼間だからしていることであって、混んでいるときは危険です。また、あまりスピードを出しすぎると警察に捕まることもあります)。そんな霧野は車と並走し、ついには抜き始めた。よく見ると、ギアがさらに上がって8になっている。横を抜かれていく車の運転手はほとんど気が付いていないが、それに気づいた人はとても驚いた顔をしていた。
「それにしても、なんで俺はこんなにスピード出してんだ?」
それは気持ちが良かったからであるが、霧野が言いたいのはそういうことではない。急ぐ必要がない、どころか約束より3時間近くも前に家を出たわけだから、本当はゆっくり行くべき道をなぜこんなにも早く走っているのか、ということだ。
「このままじゃ二時間も早く着いちまうじゃねえか」
ちなみに、向井は寝ている。勿論霧野は知らない。
「ま、いっか。あいつん家で時間つぶせばいいんだ」
それを知らない霧野はこう言う。「あいつん家」、ようは向井の家のことだが、霧野はその前で待つのではなく中で待つ気である。ただ、現在絶賛お昼寝中の家に尋ねたところで返事は戻ってこないだろう。
「ってことで一応着いたんだが……」
霧野が家を出て四五分。今は向井の家の前。その家は静まり返っている。
「あいつのことだし準備で慌ててると思ったんだが、杞憂だったか?」
霧野がそういうのにも理由がある。今まで大事な用があるといつもぎりぎりに着くのが向井であった。遅れないだけいいと思うが、早め早めに行動する霧野が遅れた理由を聞くといつも「準備が遅れた」などという答えが返ってきた。それもあり、手伝いに来たというのも早く来た理由にひとつだった。
「ま、それならそれで楽できるし」
そう言いながら自転車を固定すると、霧野は荷物をもって向井の家の玄関に行く。
「おーい、メリ!」
そしていつものように家に向かって向井を呼んだ。
『…………』
「無反応? まさかこんな時間に買い物行ってんじゃねえよな」
準備ができていることより準備ができていないことの方が優先された霧野の頭の中では、無反応=外出中だった。
ガチャ
「おい、カギ開いてんじゃねえかよ!」
そう言いながらも、霧野は中に入っていく。
「って、寝てるし!」
そしてすぐ、お昼寝中の向井の姿が目に入った。
「よし、ちょっと脅かしてやるか」
そう言って、霧野は何やら準備を始めた。
何か足元がぞわぞわしている。
「ん? 俺は何も飼ってないはずだけど……。それにしてもよく寝たなー」
あくびをひとつして、こすりながら目を開くとそこには、
「うわっ!」
骸骨らしきものが。そして、驚いて起き上がろうとして、
ガンッ
「痛っ!」
頭を強打した。
「おまえ、やっぱりそういう系苦手なんだな」
「霧野! よくもっ」
そのすぐあと、霧野が向井を上からのぞくようにしてみてきた。
「そもそもなんでここにいるのさっ!」
「少し早めに来たんだ。そしたらカギかかってねえもんだからお邪魔させてもらったってとこだ」
「でもこんなことしなくていいじゃん!」
「寝起きドッキリ、だな。一緒に住んでるわけじゃねえし、こういうことはそうそうできることじゃねえからな」
「だとしても……、いや、理由になってない!」
「まあまあ落ち着けって」
「おまえが原因じゃん!」
そうは言いながらも、俺は起き上がる。
「今度仕返ししてやる!」
「俺はお前なんかに引っかからないって」
「なんだと!」
そう言い争っている間に小一時間経過した。
「それよりメリ、準備は終わってるのか?」
「もちろん!」
「ほう、珍しいじゃないか」
「いやー、寝れなかったから準備し始めたら日の出くらいには終わったんだよね」
「そうか。ならもう行けるな」
「もう行くの⁉」
「問題はないだろ? あの道をゆっくり行けば一時間くらいになるだろうし」
「そうかもしれないけど……、でもそんなに早くいって向こうですることある?」
「逆に聞くぞ。今ここにいて何かすることあるのか?」
「……ない」
「それなら別にいいじゃねえか。寝るのだって向こうでできるだろ?」
「それも……そうだね」
「よし、じゃあ行くか!」
「(ほんとあの道好きなんだな……)」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
そう言って、荷物を持った二人はすぐに自転車に乗りペダルをこぎ出した。
ここ最近晴れが続いていたため地面がぬかるんでいる心配もない。
向かい風だったためそこまでスピードを出さなくても気持ちがいい。
そう言ってゆっくり進んでいき途中で休みもとったからか、《美空》についたときには三時を過ぎていた。




