その弐拾四
(取り越し苦労じゃったというのか?)
先程から感じている違和感の正体が分からない儘、与次郎は慶一郎を完全に追い詰めていた。
弭槍はどうやっても所詮代替武器、一度種が割れれば、対処は容易い。人である以上、攻防両方を一遍に熟せないのと同じく、弓と槍を同時に扱うなどあり得ない。奇襲に失敗した以上、慶一郎の攻撃に意外性は存在せず、赤子の手を捻るように余裕を持って与次郎は慶一郎のあらゆる目論見を潰していた。
しかし、万策尽きた形の慶一郎は猶も粘り続け、幾度となく与次郎が自信を持って確実に止めを刺しに行った必殺の一撃を細かい傷は作りながらも受け流し、継戦能力の維持には成功していた。その粘りは正に賞賛に値するものであり、格上相手にこれだけ闘える事態が異常とも言えた。
そして、その事が与次郎の不安を増幅する。
彼の知る慶一郎という弟子は明らかに勝ち目が無い状態で意味も無く粘り続ける男ではないのだ。勝てないなら勝てないと悟った時点で撤退し、次の機会を待つ。慶一郎はその種の勇気を持ち合わせた明日の栄誉の為に、今日の恥をかく事を当然と考える男である。
勿論、戦人として、自分の利害など度外視して戦場で死人としての働きを為すこともある。今この場が慶一郎にとってそうでは無いと言い切れはしないが、いつもの慶一郎ならば、仁兵衛なり帯刀なりに合流し、最善策を構築し直す。
今、この時の様に、勝ち目のない勝負を何時までも続けたりはしなかった。
(勝負を捨てたわけでもなく、だからと云って勝ち目があると思っているわけでもなさそうじゃて。ならば、狙いはなんだというのだ? 何故、あそこまで爛々とした眼で居続けられる?!)
後一歩を何時までも詰め切れない苛立ちを抑えきれず、与次郎の技は徐々に荒くなる。
「おいおい、御師匠様? もう穂先がぶれるなんて、寄る年波には勝てないって処ですか?」
いやみったらしく慶一郎は嗤い、間を大きく取ると一矢を放った。




