第3章―7
すでに地下六階に到達していた。昼過ぎから遺跡に足を踏み入れたにしては、異例の進行速度である。
――いや、この進み方は異常だろ……。
もちろん、すでに探索済みのエリアがほとんどであったにせよ、マリルの持つ罠の知識とソラの魔法とによって、近所に買い物にでもいくような気軽さでダンジョンを踏破していったのだ。
「なあ、遺跡の調査だろ。こんなにあっさりと進んでいっていいのかよ?」
マリルに心配されるほど、ソラはてきぱきと調べるべき場所とそうでない場所とを選別していった。例えば、どこかの部屋らしき空間の扉を開けたときのことだ。中を一瞥するとソラはすぐに扉を閉め、すたすたと次の目標地点に移動を始めたのであった。
「ここまでもそうだったけど、時間をかけて調べるような場所は本当にないんだよ。たぶん一番下まで行かないと何もないんじゃないのかな」
まるで「おまけ」みたいだ――それが、このダンジョンから感じとられる素直な印象であった。
――取ってつけたような……本当に意味なんてあるのか……?
だが、それはソラの感想でしかない。マリルをはじめ、その他大勢の一般冒険者がこのダンジョンに挑戦したならば、また違った印象を抱くことだろう。
罠の数やその凶悪さだけではない。マリルが抱いていたもう一つの懸念――魔物もまた規格外の存在が潜んでいたのだった。
「液体がたれている……? いや、こいつ、スライムだ!」
やけにねっとりとした液体が天井から滴り落ちてきた。アメーバのように獲物を体内に捕食し、骨まできれいに消化する魔物の一種だ。
「ソラ、火の魔法は使えるのかよ?」
この魔法使いが炎を扱えない場合にそなえ、マリルは腰にぶら下げたランプに手をかける。燃料の油をぶっかけ、火をつけてやるのだ。
「ああ、うっかり出てきちゃったんだな。眩しいところが苦手なはずなのに。それか、よっぽどお腹をすかせてるのかのどっちかだろうな」
通路は光魔法で煌々と照らされている。スライムは暗くじめじめした場所を好む。
「本当は地下一階にも出るんだけどね。この遺跡はどこにでもスライムがいるんだよ」
――説明なんていいから!
こういうところが腹が立つんだよ!
「マリルの言うとおり、こいつらは火に弱いんだけど……」
ソラは呪文を口ずさむ。だが、発動したのは炎の魔法ではなかった。ミスリルの小剣がスライムに向かって飛んでいく。猛禽類が獲物を襲うがごとく、魔物の頭上で小さな円を描いた。と、狙いを定め、ジェル状の体を貫く。
「見えにくいんだけど、スライムの体内には核があってね――」
スライムの体は粘性を失い、さらさらの液状となってその場に崩れ落ちた。びちゃっと嫌な音を立てて、盛大に床を濡らす。
「そいつを壊してやれば崩れるんだよ、こんなふうに」
スライムはどちらかというと厄介な魔物に属している。毒を持つもの、酸で金属や皮膚を腐食させるもの、無数の痺れ針で獲物を麻痺させるもの――。そういった様々な特性を持った派生種が数多く存在し、マリルが取ろうとした手段、火を使う攻撃が一般的な対処法であった。だが、完全に倒すためには多量の火が、すなわち膨大な熱量を必要とする。要はスライムの体の大部分をしめている水分をすべて蒸発させなければならないのだ。マリルがランプの燃料を使おうとしたのは、あくまでも牽制のため、逃げるためであった。
「結局のところ、火を使おうが、凍らせて粉々にしようが、その体内にある核を壊しているってことなんだよ」
スライムの死骸の上でしゅっと一振り、付着した汚れをはらい、ミスリルの小剣が戻ってくる。
「でも、どうやってその場所を見つけるんだよ。さっき見えにくいって言ったけど、普通は見えないもんだろ。あいつらの体、ほとんど透明じゃん」
「ああ、それは……。まあ分かるんだよ、魔法で……」
ソラは言葉を濁した。
――あれ……?
以前にもこんなことがなかったっけ……。
マリルは思い出す。
ああ、そうだ――。
エストの町から逃げるとき、あの下水路の出口で、やっぱりこいつはすっとぼけやがったんだ。
光の届かぬ、まったくの暗闇に潜んでいたマリルを、ソラはいともたやすく見つけたのだった。
――何かを隠している……?
探りたい気持ちを押し殺し、マリルは別の話題をふる。
――まあいい、いつかその秘密を暴いてやる……。
「他にどんな魔物がいるんだよ? この遺跡には――」
「ああ、あとは……」
と、スライムの消滅した場所に影が落ちる。いや、影そのものがその色を濃くしていったのだ。
「そうか……。なるほど、あそこは照らしてる光が弱いんだな」
ソラがひとり納得しているうちにも、影は闇の色を濃くしていく。姿を形作っていく。
「はあ? なんだよ、あいつは!」
さすがのマリルも焦っていた。初めて見る脅威――直感がそう叫んでいた。
「あれも、この遺跡によく出るんだよ」
そして、信じられない言葉がソラの口から発せられた。
「デーモンって呼ばれてたな、確か――」
昔話に語られる、悪魔の名であった。




