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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石辰彦
第ニ章

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第六十七話 手加減

本陣兼、防衛砦となっている山頂の集落は、弥生時代に多く見られる環濠かんごう集落の形式をとっていた。


周囲を深い堀が三重に巡り、その内側に高く盛られた土塁が続く。

堀の幅はおよそ五メートル、深さは二メートルほど。

降った雨が自然に流れ込むように設計されており、敵の侵入を阻むだけでなく、火攻めに対する防御にもなっている。


土塁の上には削り出した丸太を並べて木柵が組まれ、尖端は槍の穂のように鋭く削られていた。


堀の内側には、高床式の倉が並ぶ。

そこには兵糧と矢、予備の武具が蓄えられており、火を避けるため、倉の周囲は平石で覆われていた。

そして集落の中央、最も高い丘の上に、見張りやぐらが立っている。

竹を束ねて作られた三層の櫓からは、油津の湾口から平野一帯までを一望できた。


だが、通常この時代に見られない特徴もある。

集落内は竪穴住居は一切なく、漢風の作りになっている。

中央にある集会所も、もとは竪穴式住居だったものを改造したものだ。

木の柱を太く組み、梁を横に渡して屋根を二層構造にしている。

これは、洛陽で見た軍営の指揮所を真似た作りで、内壁には泥と灰を混ぜた“土漆どろうるし”が塗られ、湿気を防ぐだけでなく火にも強い。


俺は見張り以外の兵を休ませつつ、集会所内でタケルと2人きりになり、これまでの経緯を報告させた。

2人とも血に汚れた着物を変えることなく、鉄臭い匂いを纏わせたまま向かい合っている。


「敵を斬った瞬間、自分でも何が何だか分からくなった。とにかく目の前のことしか見えなくなった。さっきだって……」


タケルは突っ走りすぎるところがあった。

だけど、それは元々のタケルの性分であって、あそこまで我を失うことはなかった。

やはり原因は彼女にある。


「日御子か」


その名に反応し、伏せていたタケルの顔が上がる。


船の民が邪馬壹国に腰を落ち着けるのを、誰よりも強く望んでいたのはタケルだった。

理由は明確だ。日御子という少女に、タケルは心を奪われていた。

そして望み通り、船の民は邪馬壹国の一員となった。


タケルにとって、日御子という存在だけが、邪馬壹国にいる理由になってしまっている。


「日御子は、関係ない……。俺は、持衰と違って、将としての器がなかった。ただ、それだけだ」


ふとタケルの腰に視線を落とすと、そこには古びた皮袋が提げられていた。

古くても、汚れたり、傷んだりはしていない。

どれほど大切にされているかが分かる。

それは、タケルが日御子に初めて会った日に、彼女から渡された物だった。


「タケル、そうじゃない。もう、はっきり言うが、お前は……日御子ロスになってる」


タケルがぽかんと口を開けている。

俺は構わず続ける。


「それについては、俺も責任を感じている。御子様と日御子の為とは言え、お前に何の相談もなく、船の民たちを日御子から遠ざけることになってしまった。推しに会えないお前が正気を保っていられなくなるのも、推して知るべしだ」

「まてまて、持衰。……ふざけてるのか」

「俺は真面目だ」


真剣な顔で返す。


「無意識にフラストレーションを戦にぶつけてしまったんだ。でもな、タケル。ずっとこのままってわけじゃないんだ。俺が都萬彦に肩入れしたのにも理由がある。あいつは邪馬壹国を、完全に政治と祭祀を切り離した国にしようとしている。その志においては、俺もあいつと同じなんだ」


タケルは無反応だ。

大丈夫か。ついてきてるか。


「俺は、次期王に都萬彦を推す。日御子でも穂北彦でもなくな。都萬彦の元で邪馬壹国を大きくして、国を安定させれば、いい意味で日御子は必要なくなる。日御子を自由にしてやれるんだ」

「日御子を、自由に……」

「そうだ。それに、今から都萬彦を支えて、あいつを王にまで押し上げれば、俺達はあいつにとっての第一の功臣だ。今はあいつは、俺のことを警戒しているが、手柄を立て、信頼を勝ち得れば、その内日御子とだって自由に会えるようになる」

「日御子に会えるのか」


タケルの瞳に、光が戻ってきた。


「ああ。だから、今は目の前のやるべきことに集中しろ。それが日御子に再会するための、一番の近道だ」


タケルが俺の言葉に、大きく頷いた。


「けど、持衰。俺は、この後、都萬彦様に斬られるよな……」

「いや、まだ大きな犠牲を出したわけじゃないし、本格的な全面戦争に発展したわけでもない。うまい落とし所を見つけられれば、それほど咎められることはない筈だ」


それが一番難しいんだけどな……。


「とにかく、今はこの事態を何とかすることに集中しよう。タケルも一旦俺の指揮下に入ってもらうぞ。倭人隊、復活だ」

「ああ」


ようやく、タケルが笑顔を見せてくれた。



その後、タケルに協力してもらい、警備軍を編成し直した。

集落の総数は409人。

国境警備のための、完全な出先機関なので、女子供はいない。全員が兵士だ。


俺は29人を兵站を整えるための人員として、砦に残るように指示を出した。

残り380人を2つに分け、俺とタケルでそれぞれ率いる。


急拵えの隊なので、複雑な動きはできない。

鉦の音によって、“進め、止まれ、退がれ”の判断がつくようにだけ徹底させた。


翌日。下がっていた敵の軍が帰ってきた。

昨日で100人は討ち取っていた。

それでも700人の軍団。

新兵ばかりのこちらからすれば、圧倒的な兵力差だ。


進軍が速い、このまま集落に取り付くつもりのようだ。

門を開け、俺とタケルの隊が外へ飛び出す。

環濠の前に左右に並んで布陣した。


敵は山の麓の手前で陣取る。

集落の正面の木々は切り払われているので、お互いの姿がよく見える。


敵がジリジリと近づいてくる。

矢の届く位置にまで来た。

俺は腕を大きく振り、味方に矢を射かけさせた。

敵は盾を構えて矢を防ぐ。

数の有利を頼みに、強引にこちらへ近づいてくる。


敵が山の斜面を登り始めた。


鉦の音が一つ。進めの合図。

号令とともに、味方の兵たちが一気に斜面を駆け下りる。

足元の土が崩れ、石が転がる。

それでも誰ひとり止まらない。勢いと叫声が風を切り裂く。


敵もすぐに構えを整えた。

盾を前に突き出し、互いの肩を押し合わせて密集する。

動きを止め、まるで一枚の鉄の甲羅のように固まった。

ぶつかる。

激しい衝突音が響き、土と汗の匂いが一気に混ざり合う。

勢いに押された敵の最前列が少し下がったが、隊列は崩れない。

盾の壁は、まるで岩のようにどっしりと踏みとどまっていた。


「押し切るな、まだだ!」


鉦を二度鳴らさせる。

兵たちが呼吸を合わせ、足を止める。


麓の出入口までは、左右を深い木々が囲んでいる。

ここを越えれば、開けた平地に出てしまう。

少数のこちらは、囲まれる危険を避けるためにも、この狭間で戦うしかない。


押し寄せる敵をひたすら迎え撃つ。

鉦の音を三つ。

兵を下げさせる。

敵には押し込んでいると思わせる。

こちらの意図に気づき、距離を取られて矢を射かけられれば厄介だからだ。


斜面の中腹まできた。

ここで反撃に転じる。

敵を押し戻す。

同じように麓の出入口で軍を止める。

流石に向こうもこちらの意図に気づいたようだ。

兵を下げて、中距離から矢を放ってきた。


「ここまでだな」


鉦を三つ鳴らして、再び自軍を下げる。

敵は追ってこずに、ひたすら矢で追撃を試みる。

頂上まで登りきったところで、それも止んだ。


今のやり合いで、30人は倒しただろうか、こちらの被害は10人にも満たなかった。

倭国の中では勇猛な軍とは言っても、漢の軍とはレベルが違う。

タケル一人で兵達の経験不足を補ってあまりあった。


「攻めてこないな。もう一度逆落としをかけるか?」


眼下の敵を見おろしながら、タケルが俺に問いかけてきた。


「いや、同じ手は食わないだろう。また距離を取られていなされるだけだ」

「なら、意表を突いて前に出るか?俺と持衰が先頭を走れば、兵達の損害も抑えられると思う」

「それもなしだな。南の人間たちは、()()()()()()()()強い。いくら俺たちが盾になっても、被害は必ず出る。それに、向こうの兵を倒しすぎるのも良くない」


タケルが一瞬、訝しむが、すぐに俺の意図を察したようだ。


「なるほど、落とし所か。また同じ轍を踏むところだった」

「そういうこと。明日には別働隊もやってくる。それまではこのまま膠着させておくのは、こちらとしても理想的な展開だ」


斜面を挟んで睨みあったまま、夜が更けていった。

夜襲に警戒しつつ、交代で仮眠を取らせた。


そして翌日、その時が来た。

中天を過ぎた頃に、北東から別働隊の姿が現れた。

高台の俺たちからはその姿を認めることができるが、相手はまだ気づいていないだろう。


「よし、突撃する。昨日よりも前には出るが、やり過ぎるなよ」


鉦の合図で坂を降りていく。

すぐに敵は距離を取る。

麓の出入口から遠ざかっていく。

止まらず、開けた場所まで飛び出した。

これ以上前に来ないと高を括っていたのだろう。

僅かに敵に動揺が走る。だが、僅かだ。


「大した胆力だよ、全く」


飛んでくる矢を叩き落しながら敵に肉迫する。

タケルが速い。

先に剣の間合いに入る。

武器を持ち変えた敵の剣を弾き、袈裟斬りする。

瞬時に左右の敵の胴を薙ぐ。

2拍遅れて俺と兵達も敵にぶつかる。

倒すよりも、守ることが肝要だ。

観測者補正。

視界が広がり、すべての動きが遅く見える。

槍が閃く。

それを避け、腕を断つ。


味方の一人が脇腹を斬られた。

俺は即座にその前に出て、敵の首を跳ね飛ばす。


「まだ間に合う、砦まで下がれ!」


負傷者を後退させながら、前線を維持する。

敵の損害は確実にこちらを上回っていた。

だが、数の差は埋め難い。

じわじわと包囲が狭まっていく。


タケルと俺の位置では押しているが、全体で見れば、徐々に劣勢に傾きつつあった。


あと少し、耐えれば。


その時、背後でわずかな地響き。

耳が、それをとらえた。


「……来た」


北東の方向。敵兵が割れる。


空いた穴を通って味方と合流する。

兵力差が消えた。


集落へ続く斜面を背後に布陣する。


「全力で押せ」


初めての指示。

一度だけ、大きく鉦の音が鳴る。

叫び声を上げて敵に突っ込む。

相手も同じようにこちらに向かって走り出す。


タケルの枷が外れた。

何も考えず、ひたすら敵を斬り伏せている。

タケルに続くように味方が勢いを増していく。

俺も敵陣に一歩入り込む。

視界が敵兵で埋め尽くされる。

四方から刃が迫ってくるが、順に捌いて斬り返していく。

僅かな空間。

味方がそこへ進んでくる。

このまま押し続ければ敵を壊滅することもできる。


「潮時だ」


生温かい血の感触と匂いのせいで、気が昂っている。

それを必死に抑え込み、鉦を打ち鳴らさせる。


軍が撤退を開始する。


「タケル。殿しんがりをつとめろ」


俺とタケルが最後尾につき、反転してきた敵を受け止める。

やがて集落の前まで辿り着いた。

櫓から敵に向かって矢が降り注ぐ。

敵が兵を返していく。


投馬・狗奴国連合の被害は100名はくだらないだろうが、こちらは10数名だった。

兵力は、僅かにこちらが優位に立った。

それ以上に、流れがこちらに向いている。

それは敵も分かっているだろう。


「停戦を申し込むならここか」


集落の北側の門から、密かに兵を出す。

俺たちがここに来るまでに使った中型船で、都の都萬彦への伝令を出した。

状況報告と、停戦に際し、どこまで譲歩してよいのかの打診だ。


一日半後の昼。都からの返答が中型船に乗ってやってきた。

油津の放棄。賠償金の支払い。

それが都萬彦から伝えられた許容範囲だった。


「領地を捨てるのか」


タケルの顔が青ざめる。

責任を感じているのだろう。


「いや、都萬彦は寧ろ好都合だと考えていると思う。領地が広がると、纏めるのも守るのも難しくなるからな」


実際、日御子の威光で急速に邪馬壹国の支配地域を広げたことを、都萬彦になじられたこともある。


俺は早速停戦の使者を出した。

相手にしても渡りに船だろう。

勝っている方から、頭を下げてきたのだ。

これで向こうの面子も立つ。


講和はスムーズだった。

こちらは油津の明け渡しと、賠償金の支払いを予定通り申し出た。

交換条件として、邪馬壹国への移住を求める現地の民の移送を認めさせた。


「これで日御子の威光も守られる」

「そうか……?折角日御子のお陰で手に入れた地をみすみす手放すことになったんだぞ」


タケルの顔は暗い。


「大丈夫だ。敗戦は日御子に対する信心が低い兵達の責任。現地の民を見捨てずに、邪馬壹国へ連れ帰るのは、慈悲深き日御子の徳ってことになる」

「そんな都合よく」

「なるさ。最大限の誠意を見せれば、信者たちは勝手に良い方へ解釈してくれる」


人は見たいものしか見ないのだから。


敵軍に見守られながら、俺たちは油津から撤退した。

ほぼ全ての民が、移住を希望した。

日御子の人気の程が窺い知れる。


邪馬壹国の南の国境ラインは日南にちなん市の伊比井いびいのあたりまで後退した。

タケルは今回の失態を不問とまではいかないまでも、戦功著しいとして、刑は軽くなった。一兵卒に落とされた上で、北方の穂北彦軍に配属。

建前上は筋を通したが、実質お咎めなしだ。

タケルという貴重な戦力を手放す余裕はないと、今回の働きで都萬彦も理解してくれたようだ。


こうして、一連の騒動は幕を閉じた。

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