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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

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第六十六話 取り戻す戦意

都萬彦つまひこの下でという名目で、軍事訓練を開始した。


国境警備隊は常時1200名。

南北に兵を300名ずつ分散して配置。

残り600名をさらに二つに分け、交互に都の近郊へ呼び寄せ、野営地を設けて調練を始めた。


邪馬壹国の軍事制度は、まだあらかった。

定期的に兵をよばい、守りに就かせながら、槍や弓の扱いを覚えさせる程度だ。

しかも、それも農閑期に限られ、士農の区別のない、共同体防衛と呼ぶべきものだった。


俺は都萬彦の許可を取り、兵役に就く期間を一年単位に伸ばしてもらった。

その間、農作業などには関わらせず、警備と調練に専念してもらう。

家族の租税はその間大幅に削減した。

そういった方策を取りつつ、抱え込める限界の兵数が1200名だった。


北の本部は日向ひむか

南は油津あぶらつだ。

それぞれに、漢で用意したあの中型船を1隻ずつ置く。

有事の際は海を利用して、都から調練兵を援軍として呼び寄せる道も作った。


各警備隊の細かい人員は、都萬彦が決める。

これは最初の約束の通りだ。


もとより、俺にそんなつもりはないが、都萬彦は船の民を意図的に分散させ、警備隊を俺が私兵化することを防いでいるようだった。



調練は武器の扱い、集団での動き、指揮官から出される合図の理解と、それに合わせてどれほど迅速に動けるようになるか。

内容はおおよそその三つだ。


孫堅のもとで叩き込まれた経験が、ここで活きている。


「……あとは、指揮官か」


俺は都の近郊で調練に従事している。

都萬彦も監視を兼ねて常に側におり、その中で、指揮の手順を自ら身につけつつある。


だが、俺を警戒する都萬彦が、都を離れて国境警備隊の指揮官に就くことはないだろう。

同時に、俺を1人で国境にやることもないはずだ。


現状、その役目を任せられるのは、タケルと日御子の弟、穂北彦ほきたひこくらいだった。


だが、それにも問題がある。


穂北彦は、指揮どころか戦の経験すらない。

名目上の指揮官に過ぎず、実際には飾りのようなものだ。


タケルは実戦経験こそ豊富だが、全体をまとめることには不慣れだ。

漢でも、孫堅や俺の指揮のもとで先陣を切る役が多かった。

もし戦になれば、戦略もへったくれもなく、兵を率いて真っ先に突っ込む姿が目に浮かぶ。


今のところは、敵に攻められた場合、無理に打って出ず、守りを固めて俺か都萬彦が現着するまで耐え抜くように言いつけてある。

穂北彦の場合、俺が言っても逆効果なので、都萬彦を通して伝えてもらった。


比較的動きの穏やかな国沿いの北側には、穂北彦を。

好戦的な国が多く、何度か小競り合いが起きている南方、南の強国、投馬つま国にも近い方面には、タケルを配置してある。


だが、これが裏目に出た。



「投馬国が本格的に軍を動かしてきた?」

「ああ。国境沿いにまで進軍してきている。数は八百ほど、との報せだ」


800。

国境警備隊は300。3倍近くの兵力だ。

いくらタケルがいても、練度の低い兵ばかりの隊では、正面からぶつかれば到底持たない。


「投馬国は南西の国だろ?中小国が蔓延る地域を突っ切って進軍してきたのか」

「いや、邪馬壹国と国境を接している狗奴くな国という中小国が、投馬国に援軍を要請したそうだ。」

「……いよいよ、俺たちが目障りになってきたってことか」

「ああ。だが、そう思わせた決定的な要因は、南方の指揮官タケルとやらだ」

「どういう意味だ」

「やり過ぎたんだよ」


都萬彦の目は冷ややかだった。

その一言で、大方の事情は察した。


「まさか……そんな。いくらタケルでも……」

「国境から僅かにこちら側に侵入した狗奴国軍を、散々に打ち破ったらしい。しかも、追撃の手を緩めず、向こうの集落近くまで執拗に追い立てたという。あちらが激怒するのも当然だ」


戦には、たとえ敵対していても、守られるべき不文律というものがある。

タケルはそれを破った。邪馬壹国から本格的な戦争を仕掛けたようなものだ。


「都萬彦様、援軍を派遣する。そして、俺も南に行きたい。許可をくれ」

「……止むを得んだろうな」


都萬彦は苦々しげに同意する。


「だが、勝手はするなよ。飽くまでも防衛だ。本格的な戦いになれば、南に兵を集中せざるを得なくなる。逆に奴国あたりに攻められれば一溜りもないからな」

「わかってる」

「タケルという船の民の処遇についてたが……」

「今の邪馬壹国にアイツの武勇と経験は絶対に必要だ。タケルを処断すれば今回の損失より高くつくぞ」


俺は都萬彦に必死に抗議をした。


「まあ、考えておこう」


都萬彦の言葉に一息つく。

今はこれで良しとしよう。

これが公瑾あたりだったら、“信賞必罰という言葉を知らんようだな。持衰殿”なんて言い出す場面だ。


「首の皮一枚で繋がったぞ、タケル。世話かけやがって……」


俺は都萬彦に聞こえないように呟いた。



120名を連れて、報せに使われた中型船と、元々入り江に停泊させてあった大型船で、タケルのいる油津まで向かう。

水主かこの数も考慮に入れると、運べる人数はこれが限界だった。

別働隊として、180名を陸路で向かわせる。これで、調練に参加していなかった待機組、計300名を実戦投入する形となる。


船で向かった俺達は、翌日の夜には油津に到着した。

陸路で進んでいる別働隊180は、2日は遅れるだろう。


「邪馬壹国内を繋ぐ道も、しっかり整備しないとな」


それができれば、各地への軍の往来もスムーズにいくようになる。

だが、今は何にせよ目の前の状況を打破しなければ。


夜陰に紛れて、船から密かに兵を降ろす。

油津は海にほど近い山の上に集落を構えている。

そこから北側、山から見下ろせる平野に篝火が微かに焚かれている。

投馬、狗奴国連合軍は、現日南市の平野部に布陣しているようだ。


「かなり押し込まれているな」


だが、勝機はある。

ここまでの海路で、敵の船影は一隻も見えなかった。

油津から都に報せが上がった時も同様だったという。


つまり、敵はまだ海を戦場と見なしていない。


この時代に「水軍」という概念は、ほとんど存在しない。

船は交易と移動の道具であって、戦を運ぶ器ではない。

海上から100人を超える増援が突如現れるなど、向こうは想定していないはずだ。


「夜が明ける直前に、一気に奇襲を仕掛ける」


俺は兵たちに小声で告げた。

俺は鉄剣を握りしめる。久しぶりの感触だ。

漢から倭国に戻って4年。

その間俺は一切、戦場に立っていなかった。


戦えるか……?


不安がよぎる。兵たちにも俺の緊張が伝わってしまったようだ。

九州中部の国々は元々が穏やかな風土だ。

戦慣れしていない彼らは、余計にプレッシャーを感じているだろう。


「自信を持て。あれだけの調練を行う国はこの倭国には稀有だ。訓練通りやれば、俺達に敵う軍なんてそうそう居ない」


俺は内心の不安を押し隠すように、兵たちを鼓舞する。

実際、数ヶ月とはいえその間みっちりと調練を受けてきた彼らの力は相当のものであるはずだ。

問題はほぼ全員が初陣だということだけだ。その“初めて”を乗り切れるかどうか。

それが、全てを分ける。


空が白み始める。

夜明けが近い。


「行くぞ」


短く声を張る。

俺は先頭を走った。

湿った砂を蹴り、海霧の向こうへと突っ込む。


敵陣へ、真っすぐ。


目の前に、敵の顔が浮かぶ。

一刃。

首が飛ぶ。

手に残るのは、刃の鈍い震え。

血の温度。

緊張が一気に剥がれ落ちる。

かつての自分が、戻ってくる。


赤い飛沫が、味方の興奮を煽った。

背後から、兵たちの咆哮が押し寄せる。

120の兵が、一気に敵陣へ雪崩れ込んだ。


海から、突如現れた軍勢。

それも100を超える兵だ。

意表を突かれた敵は動揺する。

だが、崩れない。


やはり南は戦い慣れている。

胸の奥で呟く。


正面から槍の穂先が突き出された。

観測者補正。

視界の速度が変わる。

周囲の動きが、ゆっくりと粘ついたように遅くなる。

槍を紙一重で避け、剣を振る。


二人目。


刃を払う間にも、視界の端で味方の動きを捉える。

補正は戦闘だけでなく、指揮にも使える。


及び腰の若者に向かって、敵が槍を構えた。

その腕を両断する。

握られたままの槍が宙を舞う。


「殺れ」


怒号のように叫ぶ。

若者が一歩踏み込み、敵の胸を貫いた。

血が噴き、敵の瞳から光が消える。


剣を引き抜いた若者の目に、もう恐怖はなかった。


兵たちの硬さが取れていく。

押し返す力が、波のように広がる。


「出過ぎるなよ。俺より前に立つな」


号令を響かせた。

兵たちが足並みを揃え、陣形が整う。

指揮が通る。調練の成果がはっきりと出ている。


だが、この勢いにも限界はある。

敵数は800近くもいるのだ。

奇襲のアドバンテージも尽きかけている。


タケル……。


後方の山頂に目を向ける。

地鳴りのような足音。

鬨の声。


200名は超えるであろう兵たちが駆け降りてきた。


「持衰」


タケル。先頭を走っている。


「ナイスタイミングだ」


俺はタケルの軍に合わせて、兵たちを前に出す。

走ってきた勢いのまま、タケルの軍が敵にぶつかる。

320の軍が、800を押す。


タケルが更に1人飛び出る。

倭人隊の頃と遜色ない動き。

いや、寧ろあの時よりも力強い。


タケルが進んだ先に穴が空く。

血飛沫が雨のように降り注ぐ。

敵からしたら地獄絵図だろう。


敵が後退を始める。

野獣のような咆哮を上げ、背を向けた敵を、タケルが斬り伏せていく。

味方がタケルに続こうとする。


「止まれ。この勢いは長く持たん。陣を整えて待機」


俺も1人で飛び出し、タケルのもとに向かう。


「タケル下がれ。これ以上は却ってこちらが危険だ」

「持衰……」


獣じみたタケルの瞳に、人の理性が戻る。

足を止め、下がっていく敵を見送った。


「持衰、俺は……」

「話しは後だ、兵を返すぞ」


俺とタケルは、それぞれ率いてきた兵を纏め、山頂の集落に入った。

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