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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第二百十話 魅せる剣


出雲国いずものくにの盟主・出雲振根いずものふるねは、屋敷の中ではなく、外で待ち構えていたようだ。


そのまま中に招じ入れられることなく、杵築の社を目指しているみたいだ。


みたいだ。という曖昧な表現なのは、俺が彼らの状況を正確に把握できていないからだ。


傍にいない訳ではない。

寧ろ凄く近くにいる。

ただし、米の詰まった麻袋に突っ込まれた上でだが。


出雲振根の集落に入る直前、俺は宿禰によって、大きな麻袋の中に押し込まれた。

米の中に身体を沈めて、頭だけ袋の中で出している状態だ。


その袋を宿禰が担ぎ、もう一つ同じ大きさの、こちらは本当に米で満たされている袋を、探湯主くかぬしが持ち運んでいる。


「痛て」


突然衝撃。

おそらく袋ごと放り投げられたみたいだ。

そして、ぎしぎしと揺れるような感覚。

社に向かう舟に乗り込んだのだろう。


袋の外から、軽く二回叩かれた。


“静かにしていろ”ってことだ。


だったら、もう少し丁寧に扱ってもらいたいもんだ。


やがて揺れが収まり、俺の身体、もとい袋が持ち上げられた。

向こう岸に辿り着いたようだ。


そしてしばらく待っていると、再び俺は地に降ろされた。


「しかし大した量だな宿禰殿」


「なんの、出雲の大神おおかみに捧ぐ品としては、これでも足りぬ程です」


そう宿禰が返すと、男の下卑た笑い声が聞こえた。

この声の主が、おそらく出雲振根なのだろう。


「どれ、少し中を拝見させて頂いても」


「もちろん」


ヤバい。

俺は大慌てで米の中に頭まで沈めた。


頭上を弄られるような気配が伝わってくる。

まずい、息が保たない。ただでさえ袋の中は息苦しくて、軽く酸素欠乏状態なんだ。

頼むから早くしてくれ。


もう限界というところで、袋が二回叩かれた。

俺は急いで頭を出し、僅かに緩んだ縛り口に向かって、何度も何度も空気を吸い込んだ。


やがてもう一度、今度はゆっくりと袋が降ろされた。


ぎしぎしと人が動く気配が、床を通して伝わってきた後、聞き慣れた探湯主の声で、神に奏上する祝詞のりとが聴こえてきた。


ようやく社の中に入れたようだ。


しかし暇だ。

祝詞の意味もさっぱりだし。

長々とお経を聞いているみたいで、何だかどんどん眠くなってきた。

緊張から解放されたことに加え、横たわっていることもあるのだろう。

俺はいつしか本当に、爆睡を初めていた。


「んあ?」


意識が戻った時、辺りはかなり静かになっていた。

念のため耳をそばたてたが、人の気配は感じられない。

俺は慎重に袋から頭の半分を出し、周囲を窺った。


真っ暗だ。

僅かに日取り窓から月明かりが差し込んでいるだけだ。

寝てる間にすっかり夜になってしまったようだ。


袋から這い出る。

その中から更に、細長い袋を引っ張り出した。


中身は銅剣だ。宿禰がどこからか調達してきた、何の変哲もない青銅剣。


これをカモフラージュで、天叢雲剣あめのむらくものつるぎと差し替える。

いずれはバレるだろうが、少しでも騒ぎになるのを遅らせようって腹積もりだ。


「さてと、天叢雲剣はっと」


宿禰には見れば分かると言われたけど自信が無い。

俺は暗闇に浮かぶ祭壇に、必死に目を凝らした。


木製の棚には神饌しんせんが並んでいる。

その奥には僅かな鏡と、大量の銅剣。


その右側の端に、二本の木の足台に掛けられた、長細い絹の袋が据えられていた。


「あれは」


俺は祭壇に近づき、その絹袋を手に取った。

ずしりとした重みが、俺の手に伝わってくる。


絹の袋には紅く染めた紐が結び付けられていた。

剣を仕舞ってあるというよりは、厳重に封印しているように、俺には見えた。


何かに誘われるように、自然と紅い紐に手をかけていた。

紐を解き、袋の中に手を入れた。


硬い感触。

間違いなく剣の柄だ。

ゆっくりと、袋の中から滑り出させた。


顕になった刀身が、月光を青白く弾き返している。

柄頭は左右に少し伸び、波打っているようにも、雲のようにも見える。

刀身の長さは柄を含めて65センチほど。一応この時代では、長剣に分類される。

ただ、両刃以外は厚みと幅があり、ちょっとやそっとじゃ折れないような、頼もしい印象を受ける。


それ以外は特に変哲の無い剣だ。

なのに、目が離せない。

魂が吸い寄せられるような。


「……ねえ、ねえってば」


「え」


ナビに声をかけられ、俺はふっと我に返った。


「何だよ。どうした」


「どうしたも、こうしたもこっちのセリフだよ。いつまで間抜け面で呆けてるんだよ」


「はあ」


ちょっと眺めてただけじゃないか。そんなに慌てなくても、まだ時間はたっぷりある……、って、え?


窓の外を見て愕然とした。いつの間にか月の光は消え去り、空は青黒く染まっていた。

もう直ぐ朝になる。


「な、なんで。さっきまで夜だったじゃん」


「何言ってんのさ、三時間くらいぼーーーーーーーっとしてたクセに」


「三時間?」


嘘だろ。ほんの少し眺めててただけの積りだったのに。


「お母さん、何でもっと早く声かけてくれなかったんだよ」


「お母さんずっと起こそうとしてたわよ」


俺は大慌てでカモフラージュ用の銅剣を絹袋に仕舞い直し、台座に戻した。

代わりに天叢雲剣を麻袋に無造作に放り込んだ。


そうだ。確信した。これは間違いなく天叢雲剣だ。


「くそ、やっぱ表には見張りがいるか」


出入り口の垂れ幕の間から覗き込むと、表には四人ほどの、武器を持った男たちが立っていた。

今の俺なら伸してやれないこともないが、騒ぎは起こしたくない。


俺は神殿の中の日取り窓の下に立った。

子供の背では届かないくらいに高い。


俺は天叢雲剣が入った麻袋を、窓の下の壁に立てかけた。

袋を縛る麻紐を握ったまま、柄頭に脚をかけた。


「痛ててて。痛い痛い。柄頭の突起が痛い」


足の裏にめり込む痛みに耐えながら、何とか俺は窓に手をかけた。

麻紐をひっぱり、踏み台代わりにした天叢雲剣も手繰り寄せた。


「まさか宝剣の最初の使いみちが、梯子代わりとはね」


「仕方ないだろ」


窓から上体を乗り出して下を確認した。


「高っか」


高床式の神殿はこの時代にしては立派な造りで、地面とはかなりの高低差がある。

多分10メートル以上。

落ちたら怪我じゃ済まない。


俺は剣を放り投げた。

外の繁みの中に、天叢雲剣が吸い込まれる。


「しゃーなし。やるか……」


俺は窓の縁にぶら下がって、外に身を晒した。

神殿の反対側に当たる。

流石にここには見張りの兵はいない。


懐から黒耀石の刀子を取り出し、窓の下側の壁に突き立てた。


クライミングのハーケンの要領で、刀子を打ち込みながら徐々に徐々に降りていく。

左手は木板の微妙な凹凸を利用して、指先を引っ掛けて踏ん張る。


「あと、少し……」


神殿を支えている高床の柱が見えてきた。

あそこまで辿り着けば、柱にしがみついて滑り降りることができる。


「やべ」


左手が汗で滑った。幸い刀子は壁にしっかりと刺さっている。

俺はそれにぶら下がってなんとか耐えた。


壁を掴もうと左手を伸ばす。

だがその直前。


刀子が根本からぽきりと折れた。


「うっそだろ」


ヤバいヤバいヤバいヤバい。

マジで死ぬ。


背中からはまずい。

幸いというか、“観測者補正”の影響で、落下速度に負けないくらいに動体視力が働いている。


飽くまで体感だが、地面に激突するまでに多少ゆとりがある。

その間に何とかしないと。


俺は辺りを瞬時に見渡した。


「あの藪が使える」


先ほど天叢雲剣を放り投げた藪がある。

あそこに飛び込めば多少はクッション代わりになるかもしれない。


俺は足元にある柱を思い切り蹴り飛ばした。

そして可能な限り身体をねじろうと試みた。


中途半端な体勢だが、何とか頭から藪に突っ込み、一応受け身も取ることができた。


それでも全身をしたたかに打ち、藪の小枝で肌が裂かれた。


「大丈夫?」


「なんとか」


それでもしばらくは動けそうにない。

改めて、目の前の社を仰ぎ見た。

俺が落ちた地点でも、ビルの三階くらいはある。

よく死ななかったものだ。


起き上がれるくらいに回復した俺は、傍らにあった天叢雲剣を杖にして、よろよろと立ち上がった。


「ヤバい、完全に遅刻だ」


日は登りきり、完全に朝になっている。

本当なら宿禰たちに合流していないといけない時間だ。


俺は東に向けて急いで走り出した。


山の斜面を横切るように進む。

本当は平地の海岸線まで降りたいのだが、そちらにもちらほらと見張りがいる。


彼らに気付かれない為にも、山の中に隠れながら行くしかない。


「頼む、頼むぞ。まだいてくれよ」


木々の間から、海辺を眺めながら走る。

杵築の社から東に離れた地点まで、宿禰たちが舟で迎えに来てくれる段取りになっているのだ。


だが走れども走れども、舟の影すら見えてこない。


置いていかれたのか。胸の中に不安と焦燥が去来する。


「いた」


小さな小舟に男が二人。間違いなく宿禰と探湯主くかぬしだ。

俺は急いで斜面を駆け下りた。


「良かった、間に合った」


「ふざけるな。待たせすぎだ」


探湯主から冷たい非難を浴びせられた。


「ごめんて。でも滅茶苦茶大変だったんだぞ」


俺は手を広げて自分の姿を見せつけた。

土で汚れ、枝で裂かれた麻服。

傷だらけの身体に顔。

これだけで俺の苦労が分かろうというものだ。


「要領の悪い奴だ」


ねぎらってくれないだと」


「で、それが天叢雲剣か」


宿禰が手に持った包みをじっと見つめた。


「あ、ああ」


返事をして、俺は宿禰に包みを手渡した。

封を解き、宿禰がゆっくりと剣を抜き出した。


久志宇賀くしうか、握ってみろ」


「はい」


抜き身の天叢雲剣が、今度は探湯主の手に渡った。


「倭国ではあまり見ない意匠ですね。確かにこの剣からは、何か凄みのようなものを感じます」


探湯主は冷静な口調で所感を述べた。

この男には、天叢雲剣の魔力は通じないのか。

流石は神職と言ったところか。


「サイ、お前も握れ」


「俺も?」


宿禰が頷く。

俺は仕方なく、恐る恐る探湯主から剣を受け取った。

また呆けたりしないか不安になる。

まあ、今は宿禰と探湯主も居るから大丈夫か。


ずしりとした感触。

柄を両手で握って、目の前に掲げた。

朝日の下、先ほどよりも鮮明にその姿が目に飛び込む。


あれ、何だ?


急に、剣を支えられなくなった。

切っ先が地面に落ちる。

だけど、天叢雲剣を手放すことは出来なかった。

吸い付いたように拳から離れない。

そしてまた、俺の目はこの剣に釘付けになる。


気持ち悪い。吐き気がする。

なのに剣から離れられない。

息が乱れる。煩いくらいに動悸が響く。


「サイ、何をやっている」


異常に気付いた探湯主が当惑している。

何故俺がこんな状態になっているのか、理解出来ないようだ。


「ふむ、サイの方が“芽”があるか」


そう言って宿禰が、俺の手から強引に天叢雲剣を引き剥がした。

その瞬間、憑き物が落ちたように身体が軽くなる。

だが俺の全身は、水を被ったように汗で濡れていた。


どうにか息を整え、俺は宿禰の様子を窺う。

宿禰は剣を握り締め、瞬きもせず見つめていた。


俺と探湯主は黙ってその様子を見守っていたが、宿禰は石像のように固まって、全く動く気配がなかった。


まさか、俺みたいに天叢雲剣に魅入られたんじゃ。


「宿禰」


無理矢理、剣を奪い取ろうとした瞬間、宿禰の状態に変化が起こった。


微動だにしなかった剣を握る手が小刻みに震えだし、宿禰の額からは滝のように汗が流れ始めた。


「宿禰殿」


探湯主も只事ではないと判断したのだろう。

宿禰の持つ剣に手をかけようとした。


だが、宿禰は左手でそれを制した。

反射的に、探湯主の動きが止まる。


そして宿禰はゆっくりと、一つ深い呼吸をした。

手の震えが止まり、汗が引いていく。


「手懐けることは出来なかった。捻じ伏せるので精一杯だな」


誰に言うでもなく呟き、宿禰は天叢雲剣を袋に戻した。


「大事ありませぬか、宿禰殿」


「ああ。だが非凡な剣だ。現状、天叢雲剣は俺が佩くべきだろう」


「私はこの剣に、何も感じませんでした」


「それならそれでいい。神の匂いが強いお前を、剣の方から忌避したのだろう」


そして宿禰は岸につけていた小舟に乗り込んだ。

俺と探湯主もそれに続く。


「何にせよ、これで豊鍬入媛とよすきいりひめ様に課せられた、筑紫へ向かう為の使命は果たされました」


「じゃあ、こっから一気に西を目指すんだな」


いざとなると、やはり気持ちが逸る。

こうしてる間にも、筑紫の状況は悪くなっているかもしれないんだ。

一刻も早くみんなの元に辿り着きたい。


「久志宇賀、サイ。お前たちは先に向かえ。俺は後から追いつく」


「は? 何言ってんだよ宿禰」


「俺はこの地で、まだやり残したことがある」


「やり残したこと、ですか」


「ああ、漢と漢の約束だよ」


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