第1話 領地への帰還
2話連続更新していますので、ご注意ください。
ヴァンゼール王国北部リーベルトにあるベスキュレー公爵邸に、新婚旅行から公爵夫妻の乗った馬車が帰ってきた。
「ようやく帰ってこられたな」
「はい」
馬車から降りて、アルフレッドとシエラは公爵邸を見て笑みを浮かべる。
国王ザイラックの密命から始まった新婚旅行では、本当に色々あった。
呪われた王女イザベラの前世が魔女であったことは予想外だったが、今まで知ることができなかった“呪われし森”のことも知ることができた。
シエラが記憶喪失になるという夫婦の危機もあったが、シエラは記憶を失いながらもアルフレッドの側にいてくれた。
それどころか、自力で思い出して、その真っ直ぐな愛でアルフレッドを救ってくれた。
アルフレッドをこんなにも愛してくれるのはシエラしかいないし、アルフレッドが心から愛する人もシエラしかいない。
色々あったものの、この新婚旅行で夫婦の絆はより深まったと言える。
この先何があろうとも、アルフレッドがシエラとの離婚など考えることはないだろう。
ヴァンゼール王国の第一王子クリストフとイザベラとの婚約は破棄となってしまったが、アルフレッドがロナティア王国から勲章を授かり、幸い友好関係は継続となった。
ザイラックから「よくやった」との言葉はもらったものの、婚約破棄については追及されるかもしれない。
ようやく落ち着ける我が家へと戻ってきたが、ザイラックからの呼び出しがありそうで気が重い。
(だが、シエラとの結婚式を無事に挙げるためには陛下の許可が必要だ……)
新婚旅行で、アルフレッドは改めてシエラに求婚し、指輪を贈った。
そして。
――リーベルトに帰ったら、結婚式を挙げよう。
その提案にシエラが頷いてくれた時から、アルフレッドは頭の中で結婚式のスケジュールを組んでいた。
結婚式の式場はもう決まっている。
代々のベスキュレー公爵が結婚式を挙げてきた、王都にあるヴァゼル大聖堂。
初代ベスキュレー公爵が建設しており、女神ミュゼリアの加護を受けている。
その大聖堂で結婚式を挙げることが許されているのは、王族以外ではベスキュレー公爵家のみなのだ。
だから、アルフレッドも、いつかヴァゼル大聖堂で結婚式を挙げるのだと父から言われていた。
両親の結婚式の話を聞く度に、ヴァゼル大聖堂を見る度に、未来の花嫁に想いを馳せたものだ。
悲劇の後は、自分の結婚なんて考えられなかったから忘れていたが。
今のアルフレッドには愛しい花嫁がいる。
シエラを世界で一番幸せな花嫁にしたい。
シエラの心に残る、最高の結婚式にするのだ。
きっとあの場所なら、それができる。
(今度こそ、陛下に邪魔される訳にはいかないんだ)
ただでさえ、新婚旅行前はシエラと一緒にいる時間がなかなか取れなかった。
公爵としての仕事以外にも色々とやらされていたし、これからは少しぐらい逆らってもいいだろう。
せめて、シエラとの結婚式が終わるまでは。
「アルフレッド様?」
ふいにシエラに名を呼ばれ、アルフレッドの思考は止まる。
どうやらシエラの手をつないだまま、屋敷を眺めて立ち止まっていたらしい。
虹色のきれいな瞳が心配そうにこちらを見つめていた。
かわいすぎる。
思わず、その額にキスを落とす。
「どうした?」
頬を赤く染めるシエラの耳元で囁くと、妻の体からふにゃりと力が抜ける。
ぎゅっと抱きしめると、ますます欲が出てきてしまい、最終的にアルフレッドはシエラを横抱きにしていた。いわゆるお姫様抱っこだ。
手を繋いで歩くよりもシエラとの距離が近くて、その可愛い顔がよく見える。
なんて素晴らしい体勢なのだろう。
そんなことを本気で考えていると、シエラが恥ずかしがって抵抗しだす。
「ア、アルフレッド様?! 下ろしてくださいっ」
「私のせいだから、責任を取らなければ」
先程は、自分の声にシエラが弱いことを知っていて、あえて耳元で囁いたのだ。
今はただこのまま抱いていたいだけなのだが、アルフレッドはもっともらしく真面目な顔をして言った。
反応がいちいち可愛い妻を持つと、どうしても意地悪をしたくなってしまう。
困ったものだ。
「も、もう大丈夫ですからっ!」
「そうは見えないが?」
「それはっ、アルフレッド様の声が、ち、近いからで……」
「私の声が好きだと言ってくれたのに?」
「うぅ……好き過ぎて駄目なんですっ!!」
「それなら、もっと駄目になって欲しい」
ちゅ、と軽く唇を合わせると、シエラは何も言えなくなり、ぎゅっとアルフレッドの胸に顔をくっつけた。
これ以上、赤くなる顔を見せないためだろうか。
その仕草一つでどれだけアルフレッドの鼓動を速めているか、きっとシエラは気づいていない。
「本当に、シエラは可愛いな」
「……アルフレッド様こそ、反則ですわ」
もごもごと顔を隠しながら文句を言うシエラが愛しくて、彼女を抱く腕に力がこもる。
馬車から降りて早々、新婚旅行の余韻もあっていちゃいちゃし始めた公爵夫妻を横目に、侍女のメリーナはせっせと荷物を下ろし始めた。
そうして、約二週間ぶりにベスキュレー公爵邸に仲良く帰ってきた訳だが。
「よう、アル! 遅かったな」
アルフレッドたちを出迎えたのは、執事のゴードンではなかった。
ふわふわと跳ねる柔らかそうな黄金の髪、悪戯な色が浮かぶアメジストの瞳。
精緻な刺繍が施されたジャケットを適当に肩にかけ、気安くアルフレッドを愛称で呼んだのは……。
「クリストフ殿下っ!?」
〈ベスキュレー家の悲劇〉以来、まともに顔を合わせていなかった、この国の第一王子がそこにいた。
お読みいただきありがとうございます。
プロローグの前書きにも記載しましたが、『包帯公爵の結婚事情』のコミカライズは読者の皆さまの応援あってこそです。
本当にありがとうございます。
結婚式編と言いつつ、今回もすんなり結婚式の準備に入れない予感がしておりますが、
これからもアルフレッドとシエラを見守っていただければ幸いです。
応援どうぞよろしくお願いいたします。




