第2話 突然の訪問者
王家の信頼厚いベスキュレー公爵家の嫡男として生まれたアルフレッドは、当然ながら王族との関わりを幼い頃から持っていた。
アルフレッドの一歳上の第一王子クリストフとは、年齢が近いこともあり、友人関係にあった。
いずれは王太子、そして国王となる彼を支えるために。
しかし、それも十五歳までのことだ。
〈ベスキュレー家の悲劇〉が二人の関係も変えてしまった。
かつては王子の友人という立ち位置だったアルフレッドだが、今はもう友人とは言えないだろう。
それなのに何故、クリストフはベスキュレー公爵家に来たのか。
このタイミングで、となれば答えは一つだ。
(イザベラ王女との婚約破棄の件か……?)
いくら第一王子相手でも、イザベラの前世のことや、ヴァンゼール王国との戦争を望んで彼女が自作自演していたなんてことも言える訳がない。
なんと誤魔化そうかとアルフレッドが考えていると、胸元に小さな衝撃があった。
「アルフレッド様、いい加減に下ろしてくださいませ」
今にも消え入りそうな声で、シエラが顔を真っ赤にして抗議する。
そういえば、まだシエラを腕に抱いていたのだった。
アルフレッドはそっとシエラを地面に下ろし、小声で謝罪する。
そして、クリストフにも頭を下げた。
「クリストフ殿下、お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
「いや、面白いものが見られてよかったよ。父上からも二人はラブラブだとは聞いていたが、実際に見るまでは信じられなかったからな。アルがデレデレしているなんて」
クリストフは楽し気に笑う。
デレデレしていた自覚はなかったが、きっと顔は緩んでいたのだろう。
弁解の言葉を探していると、クリストフはシエラに笑みを向けた。
「シエラも、久しぶりだね」
「はい、ご無沙汰しております」
「留学先でも、君の歌が恋しくなる時があったよ。これから、君の歌を聴く機会はあるのかな?」
クリストフはちらりとアルフレッドを見て、シエラに問う。
シエラはにっこりと微笑み、頷いた。
「えぇ、もちろんですわ」
「それはよかった。その時を楽しみにしておこう」
クリストフがシエラを見つめる瞳にやましいものがないことを確認して、アルフレッドは内心でほっとする。
シエラは天使のような存在だから、モーリッツのように想いを寄せていた男が他にいてもおかしくはない。
そして、そういう男の存在は許容できそうにない。
たとえそれが第一王子であろうとも。
(シエラが可愛すぎて困る)
シエラに近づく男への警戒心は、夫婦の絆が深まった分、強くなっていた。
誰にも見せたくないと思う反面、皆に自分の愛する妻はシエラなのだと知らしめたい。
矛盾を抱える思考をなんとか飛ばして、アルフレッドはクリストフに向き直った。
ちょうどその時、奥からゴードンが慌てた様子でやってきた。
「あぁ、クリストフ殿下、こちらにいらしたのですね……お茶をお持ちしておりましたのに……はっ、旦那様、奥様、お帰りなさいませ。お出迎えできず、申し訳ございません」
「私たちのことはかまわない。それよりも、応接室の準備をお願いできるか」
「はい。かしこまりました」
そそくさと奥に引っ込んだゴードンに続いて、メリーナもお茶の準備をするために動いてくれた。
(やはり、もうゴードンだけに任せる訳にはいかないな)
他人を拒絶してばかりいたアルフレッドは、他人が屋敷にいることや、見知らぬ誰かが屋敷に入ることが許せなかった。
だからこそ、ゴードンだけを残していたのだが、シエラと結婚して、ようやくこの人員不足を見直そうという気になれた。
「別に俺に気を遣わなくてもいいんだぞ。まあ、玄関ホールで立ち話もなんだ。応接室に案内されるとするか」
客人であるクリストフがそう言って、案内されるでもなく歩いて行く。
いつから屋敷に来ていたのか分からないが、すでにゴードンが最低限の案内はしていたのだろう。
本来であれば、王族の来訪など前もって連絡を受けて準備するものだ。
それがなかったのだから、準備のしようもない。
だから、もてなしの面については不問にしてくれるようだ。
しかし、前触れもなく、新婚旅行直後のタイミングでのクリストフの来訪は嫌な予感しかしなかった。




