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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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第5話 かつての夢


「……クリストフ殿下の側近になることは、かつての私の夢であり、誇りでもあった。だから、殿下のお気持ちは私も嬉しかった。だが、今の私はあの頃とは違う。正直、突然側近になれと言われて戸惑っているんだ。今の私が殿下の役に立てるのかどうか分からないし、私はシエラとベスキュレー家を守れたらそれでいい」


 シエラの手を握り返し、アルフレッドは愛しい妻を見つめ返す。


「今の私にとって、シエラ以上に大切なものはない」

 

 これだけは譲れない。

 シエラの白い頬が赤く染まり、虹色の瞳が潤む。


「アルフレッド様……わたしも、アルフレッド様のことが大切です。だから、昔のアルフレッド様の想いも大切にしたいです。アルフレッド様がしたいと思うことを我慢したりしないでください」


 返された言葉がじんわりとアルフレッドの胸に沁みて、掬われることのなかったかつての自分の思いが溢れ出す。

 クリストフの隣で、この国のために尽くすこと。

 それが大切な人を守ることにつながるのだと、あの時のアルフレッドの将来は夢と希望に満ちていた。

 幸せを奪われて、守りたいものを失って、何もかも信じられなくなって、何よりも許せなかったのは自分自身で。

 かつての自分が求めていたものなど、望んでいたものなど、思い出すことすら絶望に繋がってしまうから、すべてに蓋をしていた。

 だから、かつての自分を知るクリストフとの距離を測りかねていたし、第一王子の側近などもってのほかだった。

 しかし、アルフレッドが切り捨てようとしていたかつての自分の思いまで、シエラは大切にしたいと言う。

 胸が熱くなり、アルフレッドは思わずシエラを強く抱きしめていた。


「シエラ、ありがとう」


 自分の腕の中にすっぽりと収まり、おずおずと背中に手を回してくれるシエラが愛しくてたまらない。

 シエラの甘い香りを吸いこめば、鼓動は速まり、もはや理性は風前の灯火である。


「シエラ」

「……はい」

「あなたが愛おしすぎておかしくなりそうだ」

「……っ!」


 欲望に忠実なまま、シエラの耳元で熱い吐息を吹き込めばびくりと体が震えた。

 その反応が可愛くて、愛おしくて、彼女が息も絶え絶えに悶絶する様を見たいがために彼女の耳に愛を囁く。

 真綿でくるむように大切にしたいと思うのに、アルフレッドのこと以外を考えられないように囲ってしまいたいとも思う。

 自分にこんな激しい感情があるなど、シエラに出会うまで知らなかった。

 そして、日に日に増していくこの想いは留まることを知らない。


「どうすれば私はシエラにこれ以上の幸せを返せるだろうか」


 シエラはいつもアルフレッドを受け入れてくれる。

 前向きに、一途に、アルフレッドを愛してくれる。

 シエラの笑顔にどれだけ救われただろう。

 シエラがいるから、アルフレッドは未来に希望を見出すことができた。

 そんな彼女に、自分は何ができるだろう。

 一緒に幸せになりたい。

 そう思うのに、幸せなのはアルフレッドばかりではないか。

 シエラはアルフレッドと結婚したことで、音楽漬けの日々に別れを告げたのだ。

 シエラにもやりたいことや叶えたいことがあったのではないだろうか。

 ふとそんな不安が頭をもたげる。

 しかし、アルフレッドが耳元で問いかけてしまったがために、シエラは答えることもできない様子だ。

 耳まで真っ赤にして、シエラはふるふると首を横に振っている。

 手放しがたいが、このままだと会話もままならない。

 アルフレッドは、シエラを閉じ込めていた腕を緩める。

 そして、今一番聞きたいことを問う。


「シエラの夢を教えてくれないか?」


 かつての夢をシエラが大切にしてくれるなら、アルフレッドも彼女の夢を大切にしたい。

 そう思っての問いだったのだが。


「……わたしの夢はもう叶いました」


 頬を赤く染めながらも、シエラは笑顔でそう言った。


「“呪われし森”で出会ってから、わたしの夢はアルフレッド様の花嫁になることでしたから」


 今度はアルフレッドが羞恥に顔を赤くする番だった。

 彼女の生活の一部だった音楽ではなく、アルフレッドの花嫁になることを夢見ていたなんて。

 嬉しくて、幸せで、何故だか泣きたくなる。


「ですから、今度はアルフレッド様の夢を応援したいのです。わたしはアルフレッド様と一緒にいられるだけで幸せですわ」

「本当に? シエラから歌う場所を奪っているかもしれないのに?」

「本当です! たしかに、わたしは歌うことが大好きですが、わたしが歌う理由はアルフレッド様ですもの!」

「そうなのか?」

「はい。わたしが女神ミュゼリア様の加護を受けて【盲目の歌姫】として有名になったのは、アルフレッド様に出会って、恋を知ったからですわ。それまでのわたしの歌は、誰かを感動させられるようなものではありませんでしたから」


 少し照れ臭そうにシエラが笑う。

 その笑顔に何度でも心が奪われる。


「だから、わたしはアルフレッド様のお側で歌えればそれで幸せです」

「シエラ、ありがとう。愛している」

「わたしも、愛して……っ」


 シエラが愛の言葉を口にするよりも、アルフレッドが口づける方が早かった。


「シエラ、愛している」

「ん、アルフレッド様……大好きです」


 顔を真っ赤にしながらも、たどたどしくキスに応じてくれるシエラが可愛すぎて、アルフレッドの理性は死にそうだった。


(くっ……絶対、どんなことがあっても結婚式は挙げるぞ!)


 第一王子の側近に任命されて、これからの生活がどれだけ変わろうと、結婚式のスケジュールだけは押さえようとアルフレッドは心に決めた。


お読みいただきありがとうございます。

アルフレッドが結婚式を挙げられるように応援いただけると嬉しいです(笑)

(長い闘いになりそうですが……)

今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんだけ甘々なら結婚式挙げなくても…(笑) まぁケジメですからねぇ…。
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