第4話 出発前夜
非公式の第一王子の訪問があった翌日。ベスキュレー公爵家には正式に王家から任命式についての案内がきた。
任命式という名ではあるが、大袈裟な式典などではないらしい。
そのことに、ひとまずアルフレッドは内心ホッとしていた。
最近は、ベスキュレー公爵家当主として社交界に顔を出し、少しずつではあるが他家との交流も増えてきた。シエラが貴婦人たちとの茶会などに参加し、アルフレッドへの恐怖心を軽減させてくれているおかげでもある。
とはいえ、恐ろしい噂ばかりだった【包帯公爵】に対する風当たりはまだ冷たいものが多い。
表面上は和やかに会話を交わしていても、本心は分からない。
褒め称えていた相手を裏で陥れる、ということはよくあることなのだ。
それが人間の持つ闇であり、〈ベスキュレー家の悲劇〉もそうした人間の闇が引き起こしたものと言えるだろう。
だから、いくらベスキュレー公爵として社交界に顔を出す機会が増えようが、アルフレッドのスタンスは変わらない。
――他人を信用しない。
シエラを守るためにも、警戒心は持つべきものだ。
(シエラは優しすぎる。その分、私が警戒しておかなければ……)
ロナティア王国での出来事が、アルフレッドの心に戒めとして刻まれている。
結果としてシエラを取り戻すことに成功したが、もしかしたらもう二度と彼女の笑顔が見られなかったかもしれないのだ。
大切な人を奪われる苦しみ、絶望は、もう二度と味わいたくはない。
しかし、引きこもりの【包帯公爵】の時ならまだしも、ロナティア王国の友人としての称号を賜り、これから第一王子の側近にも任命されるベスキュレー公爵が社交場に出ないなんてことは許されないだろう。
だから、以前のように一方的に他人を拒絶するのではなく、信用できる人間かどうかを見極めるための最低限の関わりはしようと思う。
かと言って、無条件にすべての人間と関わることなどできない。
アルフレッドは密偵として、貴族の裏の顔を多く見てきた。
黒い噂や過去に問題がある貴族とは極力関わらないようにしている。
もちろんシエラが参加する茶会や夜会についても、アルフレッドが厳選しているが、できることなら社交界には出てほしくない。
【包帯公爵】の花嫁というだけで、シエラは良くも悪くも注目されてしまうから。
(その上、今度は第一王子の側近か……)
第一王子の側近になることは、名誉なことだ。
しかし、そのせいで愛しい妻との時間はきっと削られてしまう。
アルフレッドへの周囲の目もまた変わってくるだろう。
(あぁ、何もかも忘れて、シエラと甘い時間を過ごしたい……!)
そのための新婚旅行だったはずなのに、ザイラックの密命のせいでそれどころではなかったし、危うくシエラと別れる未来も考えてしまった。
領地に帰ったら、今度こそシエラとの甘い時間をと密かに願っていたのに、クリストフに邪魔をされた。
王家に忠誠を誓った身ではあるが、無理難題ばかり押し付けてくるのはいかがなものか。
今回の側近への任命だって、何か裏があるに違いない。
純粋に喜んでくれているシエラには悪いが、アルフレッドは非常に憂鬱だった。
そんな気持ちが現れてしまったのだろう。
夫婦の部屋で落ち着いた時、アルフレッドは大きなため息を吐いてしまった。
アルフレッドの漏らしたそのため息をシエラが聞き逃すはずもなく、彼女は心配そうな眼差しをこちらに向け、隣に座る。
「戻ってきたと思ったら、また出発だなんて落ち着きませんね」
明日の早朝には、王都へ向けて出発することになっている。
シエラはアルフレッドが疲れていると思ったのだろう。
ふいにアルフレッドの手を取ると、マッサージをすると言い出した。
「わたし、嬉しかったんです」
アルフレッドの骨ばった硬い手とは正反対の柔らかく小さな手で揉みつつ、シエラは言う。
「クリストフ殿下は、【包帯公爵】であるアルフレッド様のことを悪く言ったりしませんでしたし、アルフレッド様のことを今も変わらず友人だと笑っていました」
シエラに与えられる癒しとともに、アルフレッドもあの時のことを思い出していた。
クリストフは、勝手に距離を置いていたアルフレッドに対しても、変わらぬ笑顔を向けてくれた。
恐ろしい噂が流れていた【包帯公爵】を側近にと望んでくれた。
かつて交わした約束を、覚えてくれていたということで。
状況や立場が変わっても、あの時と同じ気持ちでいてくれたことが、アルフレッドにとっても……。
「アルフレッド様のことを正しく理解してくださる方がいることが、わたしは本当に嬉しかったのです。ですが……」
シエラはマッサージする手を止めて、まっすぐにアルフレッドを見つめた。
その瞳にはいつものきらめきはなく、不安が覗いていた。
「アルフレッド様は、クリストフ殿下の側近になるのはお嫌ですか?」
最初、クリストフからの提案をアルフレッドは断っていた。
引き受けたのは王命で逆らえないから。
そういう風に装っていた。
「あの時はただただ嬉しくて、わたしはアルフレッド様のお気持ちも考えずに喜んでしまいました。思い返せば、アルフレッド様はお断りしようとしていたのに……」
そう言って、シエラはしゅんと肩を落とす。
憂鬱な雰囲気を出してしまったために、シエラに気を遣わせてしまった。
不甲斐ない自分が嫌になる。
これ以上シエラに余計な心配をかけないためにも、アルフレッドは観念して本心を口にすることにした。
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