26 就寝(サービスつき)
宴も終わり、俺たち一行は2階にある寝室に通された。
もちろんひとり一部屋。
広々とした室内にはお香が焚かれていて、妖しい色のランプがゆらめいていた。
中心には、ライトアップされた丸ベッド。
ステージみたいにデカいのがデーンと鎮座している。
泳げそうなくらい広い……ひとりで寝るにはデカ過ぎんだろ。
なんて思いながらベッドのど真ん中に大の字になると、一面鏡張りの天井が見えた。
……なるほど、そういうことか……。
まぁ、晩メシの時の扱いからして、想像はついていたが……。
まるで俺がベッドに入るのを見計らっていたかのようなタイミングで、部屋の扉がノックされる。
「……入れよ」
返事を受け、密やかに開く扉。
衣擦れの音すらさせず、気配だけが部屋の中に入ってくる。
寝転がったまま顔だけ起こすと、そこには……青いヴェールに身をつつんだひとりの美女と、花嫁のような白いヴェールの美少女たちが立っていた。
昼間の革鎧でも、夜のドレスでもない……彼女らのナイトウェアは薄い擦りガラスのように透けていた。
背後のランプの明かりにより身体のラインが浮かび上がっていて、それ以外はなにも身に着けていないことが伺える。
青い衣の美女は、幸せを運ぶ鳥がはばたくように、両手を広げた。
「レイジ様、夜のオードブルをお持ちいたしました。8人とも皆、生娘にございます」
「ずいぶん気前がいいな。食い放題じゃねぇか」
「お好きなだけ、お好きなようにお召し上がりください。ひとりをじっくりと、また全員を一度にでも……この部屋のお香は、精力増強の効果がありますゆえ……もう、身を持ってご存知のようですね」
「ああ、昼間っから生殺しだったから大変だったんだわ。早速たのむわ」
「はい、仰せのままに。まずは私を前菜としてお召し上がりください。メインディッシュは、そのあとにごゆるりと……」
妖艶に微笑みながら、わずかにベッドを軋ませあがりこんでくる美女。
8人の美少女たちも続き、ぎこちない笑顔で俺の身体をとり囲む。
時計の文字盤のように等間隔に並び、俺のまわりでチョコンと正座していた。
俺の開きっぱなしの股の間には、この村いちの美女が陣取っている。
彼女が合図をすると、か弱い声がサラウンドで響いた。
「わ、私たちの初めてをもらっていただく、レイジ様の……お、お身体を……清めさせていただきます……!」
震え声での挨拶のあと、髪をかきあげそっと唇を近づけてくる。
しかし寸前のところで、俺はビックリ箱から飛び出すように身体を起こした。
不意打ちをくらった美少女たちは「いやっ」と小さな悲鳴とともに後ずさる。
やっぱり嫌々だったんだな。
「……なーんてな。コリンが睨んでるような気がすっから、やっぱいいや。って、ヒューリ、お前もだよ」
俺のレイジングブルに、ナメクジのような舌を伸ばしていたヒューリの頭をガッと掴んで引き剥がす。
「コリン様はもうお休みになられています。私たちは当然、今宵のことは他言いたしません。ですので、心おきなく羽根をお伸ばしになって……」
ヒューリはそう言いながらなおも股間に迫ってきたので、俺はグイと押し返した。
「サービスならそのコリン様にするべきなんじゃねぇのか? 領主は俺じゃなくて、コリンのほうだぞ?」
「存じあげております。ですがコリン様の意思決定は、レイジ様が大きく影響している……私はそうお見受けいたしました」
「……そんな風に見えるか? まぁ、コリンがこの村をもらうハメになっちまったのは、俺のせいではあるんだけどな……」
「それにコリン様は、夜伽をお楽しみいただくにはまだお早いようですので……」
「それもそうか」と俺が納得すると、ヒューリは再びヒルのように吸い付いてこようとする。
いい加減しつこいと思って、デコピンしてやった。
「うっ」と小さく呻いて額を押さえ、蹲るヒューリ。
「だから俺はそのサービスはいらねぇんだって。そんなにガツガツしてたら欲求不満だと思われちまうぞ?」
ヒューリは額を押さえたまま、キッと顔をあげる。涙目になっていた。
「ち、違います……! 私はただ、レイジ様に喜んでいただきたくて……!」
「だとしても、嫌がる女をあてがうんじゃねぇよ……こんなんで俺が喜ぶとでも思ったのか?」
俺の言葉に、ヒューリは不思議そうに瞼をしばたたかせていたが……ふと頭に電球が浮かんだような表情になった。
「あっ……失礼いたしました……! 配慮が足らず、大変申し訳ありません……! すぐにこの村きってのイケメンエルフたちをご用意いたします……! 彼らもちゃんと嫌がりますので、ご安心を……!」
俺は反射的に、ヒューリの頭にチョップを降らせていた。
「うっ」と小さく呻いて後頭部を押さえ、蹲るヒューリ。
「ちげーよ、俺はソッチの気はねぇ。それに『嫌がる』ほうを残すんじゃねぇ、残すんならせめて『女』のほうを残せよ」
「……? 貴族の方々というのは、嫌がる村娘……それも生娘を手篭めにするのが大好物だと伺っていたのですが……? 少なくとも以前の伯爵様はそうだと伺っております」
俺の脳裏に、この村を押し付けやがったブタ伯爵の顔が浮かんでくる。
あんの野郎……! 領地の人間にまで手ェ出してやがんのか……!
いつか絶対、親子ともどもブッ飛ばしてやらねぇと気がすまねぇ……!
俺はふつふつと湧き上がる怒りが押さえきれず、ベッドから立ち上がった。
驚いた表情で見上げるヒューリを、勢いに任せて怒鳴りつける。
「そんなブタと一緒にするんじゃねぇ! 俺は嫌がる女をどうこうするつもりはねぇよ! それにお前の狙いはなんだ!? そろそろハッキリ言ったらどうなんだ!? どーせ不貞の証拠でも掴んで、増税のとりやめを持ちかけるつもりだったんだろう!? ……ハッ! たとえ掴まれたところで、俺は独り身だから痛くもかゆくもねぇけどな……!」
そこまで言って、言葉に詰まる。
いや、待てよ……。
そうは言ったものの、晩メシ時のコリンの反応からいって、バレたらタダじゃすまねぇかも……。
なぜなのか、理由は全然わからねぇけど……。
もしかしたらコリンは、ビリジアン以上の潔癖症なのかもしれねぇなぁ……。
しかしヒューリはめげることなく、半べその顔で俺にすがりついてくる。
「で、では……! 現在の税率と同額を、毎月レイジ様に差し上げます……! もちろんご内密に……! ですので、どうか、どうか増税だけは……!」
えぐえぐと嗚咽を漏らすヒューリ。
やっぱり、増税阻止が目的だったか……!
あうあうと開いたヤツの口から、なにか薬のカプセルのようなものが覗いていた。
俺は手を伸ばし、そのカプセルをひょいとつまみ上げる。
その瞬間、ヒューリが「ああっ……!?」と大声をあげた。
「しまった……!」みたいな顔を隠そうともしていない。
「……おい、なんだこれは?」
俺が静かに、しかし厳しい声をもって問いただすと……ヒューリは浮気がバレた妻のように目をそらし、シーツを握りしめながら白状した。
「ち、遅効性の眠り薬です……」
「眠り薬? なんだってそんなモンを?」
「こっ、この子たちを、守りたくて……でも即効性の眠り薬だと、次の日に怪しまれてしまいますので……レイジ様には私を抱いたあと、眠っていただこうかと……」
その一言に、まわりの美少女エルフたちは「ええっ!?」と素で驚いていた。
どうやら、彼女たちはヒューリの狙いを知らなかったようだ。
「……なるほど、既成事実だけは作りたかったってワケか」
「いっ、いえ。既成事実だけだなんて、とんでございません。いちおう私も初めてですので、取引としては成立している……と思うのですが……」
イタズラがバレた子供のように、視線をさまよわせるヒューリ。
……俺は、コイツのことを誤解していたようだ。
クールビューティーかと思っていたら、とんだ天然ビューティじゃねぇか。
そして……我が身を持って村人を守ろうとする、村長の鑑でもある……!
村人の直訴を咎めたのも、村人を犠牲にしたくなかったからだろう。
この国で直訴が通った場合、直訴した人間は処罰されるらしいからな。
だから……自分だけが犠牲になって、増税を阻止しようとしていたんだ……!
渦巻いていたはずの怒りの気持ちは、このトンデモ村長のおかげですっかりどこかへ行っちまった。
俺はヒューリの頬に手を当て、諭すように語りかける。
「お前の気持ち、よーくわかった。だが……俺はもう決めてんだ。増税は予定どおり行う、ってな……!」
「そ……そんなっ……!?」
絶望を露わにする村長と、取り巻きのエルフたち。
湖の底に沈んだ宝石のような瞳から、欠片の粒が溢れ出る。
「悪いな……今の俺にしてやれることは、こんぐらいだ」
俺は頬に当てた親指で、こぼれ落ちる涙を拭い去ってやった。
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