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おまけの魔法使い

「魔術師長、ここを開けろ」


 夜更けに小さく扉を叩かれて細く開けると、そこにはこの国の第二王子が立っていた。共も連れず、たったひとりで。


「殿下? いったい何をなさっておられるのです、こんな深夜に。侍従はどちらに? 城内とはいえ、ひとりでは危険です」

「心配するな、私は今や“魔王討伐の英雄”のひとりなのだぞ、問題無い」


 顔を顰める魔法使いに招き入れられて、王子はにやりと口角を上げた。


「そんなことよりも、神殿から報せが来た」

「司祭殿ですか」

「騎士団からもだ」

「では、もしかして……」

「お前の予想どおり、明日はお前の査問会だ」

「明日……」

「意外と時間が掛かったな」

「なにぶん前例のないことですから、なかなか決めかねたのでしょうね」


 呆れる王子に対し、魔法使いはこともなげにやれやれと肩を竦めてみせる。

 査問だの弾劾だの、あの“魔王”の台頭まで、ほとんど形骸化していた制度だ、あれこれと体裁を整えるのに時間が掛かることくらいわかっていた。


「いずれにしろ、とうの昔に術式の処分など終わっています。今さらここにあるものを取り上げられたところで、問題などありませんよ」

「早いな」

「未熟者の目に触れて思わぬ事故など起こらぬよう、魔術師が己の術式を秘匿するのは当然ですから」


 なるほど、と頷いて、第二王子はぐるりと部屋を見渡した。

 以前来た時とまるで変わらないように見えるが、魔術師の口ぶりでは表面だけのことなのだろう。


「それに、残したでたらめな術式から正しく勇者殿の世界を指しての召喚と送還を編み上げられる魔術師が、果たして私のほかにもいるのかどうか……絶対とは言いませんが、何年、いや、何十年もかかることには違いありません。

 その間に、私は聖剣も勇者殿も隠しおおせましょう」

「さすが魔術師長殿だ。頼もしいな」

「いえ……ですが、本当に、こちらは大丈夫ですね?」

「任せろ。私も騎士団長も、伊達に城に詰めていたわけではない。神殿には司祭殿もいる。そちらはお前に任せるのだ、私たちには、こちらを任せてくれ」


 既に手回し済みだと請け負う王子に、魔法使いも、ふっと表情を緩める。


「殿下……あれ以来、私は、勇者殿からせめて“ヘタレ”とは呼ばれないように生きるべきだと思うようになりました」

「ああ、奇遇だな。私もそう考えているところだ。あの苛烈さと思い切りはそうそう真似できるものではないが……せめてあの半分は見習おう」

「そうですね」



 * * *



「魔術師長“長き腕”に問う。なぜ、お前は勇者を連れ帰らず、その場にて送還を行ったのだ?」


 宰相の言葉に、いよいよ本題かと魔法使いは笑んだ。

 ここまで、魔王討伐の旅の経緯やら証言やら、およそ本題からは外れたことを延々と続けられたのだ。


「恐れながら、王家のためと考えました」

「どういうことか」


 王が問う。その横には王太子、第二王子が控え……能面のように表情を消し、魔法使いを冷たく見つめている。

 魔法使いは恐縮したように、顔を伏せた。


「勇者は、魔王討伐の途上にて人民より信を集めておいででした。そのうえ、此度(こたび)の偉業により力を示したのです。留め置けば、王家の威信を脅かす者となることは明白でしたので」

「勇者は女だ。妃として王家へ迎え入れる選択もあったはずだが?」

「陛下、率直に申し上げて、女といえどあの勇者がおとなしく妃などにおさまるような者とは、私には思えませんでした」

「お前は、王家を侮っているのか?」


 苛立ちの混じる声が降りかかる。

 これは、内務大臣の任を負う侯爵の声か。


「いえ、そのようなことはけして」


 魔法使いは、恐縮するように伏せたままの頭を下げる。


「――しかし事実として申し上げております。

 たしかに、勇者もしばらくは王家に従順であったでしょう。ですが、じきに……そう、勇者自身が、己に王家を下すだけの力があることに気づくのもそう遠くないことであると、私には予見できたのです」

「ほう?」

「勇者には“聖剣”という目に見える女神の加護と力、魔王討伐の実績、そして三年かけて得た民の信がありました。であるからこそ、まだ、勇者にその自覚がないうちにさっさと返してしまうべきだと考えたのです。

 それに、あの場であれば“勇者はその責務を果たし、天へと還ったのだ”と、言い訳も立ちますゆえ」

「だが、あの“勇者”によって“封じの穴”を壊されたのだぞ! かの者を女神の御前に引っ立て、女神の許しと慈悲を乞わねば世界はどうなると思う!」


 金に飾られた豪奢な司祭服を纏う教皇が、唾を撒き散らす。だが、魔法使いは顔を伏せたまま、視線だけでちらりと一瞥するに留めた。


「猊下、お忘れですか。勇者は女神のお告げにより現れたのですよ。その勇者が“穴”を閉じたのですから、それも女神の思し召しだったのでは?」

「だ、だが……だがしかし、せめて聖剣は取りあげるべきであったろう!

 “穴”が失われたのだ。このままでは聖女の再臨も、浄化だってどうなるかわからん。魔王再臨の恐れすらあるのに、聖剣すら無しでは我らはどうなる!」


 魔法使いは小さく吐息を漏らす。

 そもそも、魔王の出現こそ“穴”ありきのものだと、何故わからない。

 いや、驚異が去ったとわかっているからこそ、“勇者”や“聖剣”のような明確な力を手にしたいと欲しているのか。


 やはり、あの時危惧したとおりだったと魔法使いは目を閉じる。この先、神殿と王家は現世での権能を争って、裏では反目しあうことになるのだろう。

 勇者の言う“自律”や“自己責任”とは、いったい何なのか。

 本当の災いは、ここから始まるのではないか。


 正面の玉座に座る王が、大きく息を吐いた。


「魔術師長“長き腕”よ」

「は」

「そなたに命じる。勇者の持ち去りし“暁の聖剣”を、取り戻して参れ」

「は……」

「重ねて命ず。かの剣を取り戻すまで、そなたの帰還は許さぬ。また、そなたに与えし称号の全ても剥奪する。そなたが任を果たし戻るまで、そなたには何の称号も身分も無いものと思うがよい」

「は、謹んで承ります」


 ほとんど土下座のように頭を伏せる魔法使いに、王は「うむ」と鷹揚に頷く。第二王子は視線だけを動かして、魔法使いを見つめる面々の顔をぐるりと見やる。


「それでは……」


 魔法使いがおもむろに顔を上げた。

 王をはじめ、この場に集う者たちが皆、怪訝そうに魔法使いを見つめる。


「この、魔術師“長き腕”は、王命に従い、今すぐ勇者を追うことに致します」


 傍に置いてあった長杖を拾うと、片手に掲げた。

 その石突でガツンと床石を叩き、小さく言葉を発すると同時に……たちまち魔法使いを取り囲むように魔法陣が展開される。

 あらかじめ、こうなるだろうと準備して杖に封じておいた術式だった。


「な……」


 この場に集まった高官たちから、ざわりとどよめきが上がる。


「まさか、この場で送還を!?」

「待て!」


 誰かのあげる声など頓着せず、悠々と魔法使いは立ち上がる。

 そのまま、輝く魔法陣に呑み込まれるように沈んで行きながら、魔法使いは笑みを浮かべ、王に向かって深々と礼をした。



魔王前

→悪心は女神が自動処理してくれるので、基本、性善説全開のお花畑ワールド。


魔王後

→この胸に湧き上がるどす黒い感情はいったい何!?ハッ、これがSHIT!?な、戦国時代の始まり?


どーなるんだろうな、この世界。

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