好きの合図
【第70回 二代目フリーワンライ企画】2019/6/29のお題
カラス
いつまで居座るつもり?
火傷痕
名前の由来
転んだまま駆け抜ける
どんな試練もつらくはない
の中から3つ使用
〈深夜の真剣文字書き60分一本勝負〉
「まったくもう〜。いつまで居座るつもり?」
伴美は、レースのカーテンを少しだけ捲っては隙間から庭木を睨み付け、ひとりごちている。
寒い季節ならとっくに日が落ちている時刻なのに、まだ外は明るい。そのせいでか、庭のサクランボの木に止まったカラスが、いっこうに飛び立つ気配がないのである。
漫画ならプンスカという擬音が似合うような膨れっ面をして、伴美は自分のベッドにぽすんと腰を落とした。
にあ、と小さく声がして、そのほっそりとした指先をちろりと舐められる。
「大丈夫? 明日には病院に行こうね?」
伴美の見下ろす先には、艷やかな黒猫が横たわり、緑金の瞳で見上げていた。
心配げに見つめる彼女に、ゆっくりと両目を瞬きさせること二回。それを見て、彼女の方も潤んだ瞳を隠すように二回ゆっくりと瞬きをした。
黒猫の毛並みの中で、頭頂部に乱れがあり、いくらか地肌が見えている。出血は治まったようだが、ほかにも突かれているように見えたし、伴美は気遣わしげに黒猫の肢体をそうっと撫でては確認してみる。
「痛かったら言ってね?」
そう囁いてそろりそろりと撫でる指先を追うように、黒猫の長い尻尾が時折触れてはぴしりと手の甲を打つ。
喉を鳴らしているから、機嫌は悪くないらしい。逃げる様子もなく、身体を弛緩させていることからも、信頼関係があるのだと見て取れる。
「また傷が増えちゃったね……」
元々下がり気味の眉をへにょんと下げて、伴美は黒猫の前足をそっと持ち上げた。その肉球は随分柔らかくなったものの、野良だった時にアスファルトでヤケドして爛れて酷いことになっていたのを思い出しているのだろう。
な、と鳴いて、たしんと尻尾が布団を打つ。引っ込めるではなく、一度前足を彼女の手の中で浮かせてから、自分で掌に押し付ける。
意志の強さを窺わせる瞳は、今度は瞬きせずに伴美を射抜いていた。
「大丈夫、って言いたいの? みくびるなよって?」
な! と、黒猫が強めに声を上げる。
「もう〜。きみは、本当に性格まで似てる気がするよ」
伴美は、前髪ごともう片方の掌で目を覆って嘆息した。
黒猫の名前の由来になった男性が、脳裏でシニカルに微笑んでいる。
「だよね。あの人なら、こんなの怪我のうちに入るかって言うよね」
その点きみは手当てだけでもさせてくれるんだもん、それでいっか。
そう呟いた伴美に、黒猫はまたゆっくり二回瞬きしたのだった。
了
執筆時に勘違いして、火傷痕ではなくヤケドとしてしまったのが失敗。