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青い林檎は熟している

【第106回フリーワンライ】

《お題》2つ消化

掌で転がして

青い林檎

オレンジ色の空と夢

金と銀と銅

あと少し


「青い林檎が一番好き」


 ぼうっとした頭でこぼした言葉に、ベッド脇でちまちま果物ナイフを動かしていた征ちゃんの手が止まる。


「青いの?」


 手のひらには片耳だけ形ができているうさぎがいて、赤い皮が今にも落ちそうに繋がっている。


「あのね、青いって、よく未熟の意味で使われるけど、そうじゃなくて、」


 切れ切れに説明しようとする私の腋の下でピッと音が鳴り、ゴメンなと言いながら征ちゃんが体温計を抜き取った。

 液晶を見て、整った眉が歪む。


「また上がってる。明日も休みな」

「えー、やだー! 勉強遅れる……」

「そんなフラフラな頭で理解できるか! 普段からテストの度に泣きついてくるやつが」


 むすっと唇を引き結ぶと、頭を支えてアイス枕が引き抜かれる。もう、アイスじゃなくて生温かいけど。

 ぽんと頭に載せられた手のひらは大きくて、いつもは温かいのに、今日はなんともない。

 一瞬だったから、わからなかったのかな。


 あと少しと思った距離が縮まらなくて、自分なりにできるとこまで頑張って。お隣だから物理的には一番近くにいるはずなのに、三歳って年の差が私と征ちゃんを遠ざける。

 単純に喜んでいられたのは、小学校のときだけ。登校班で毎朝一緒の三十分間が幸せで、毎日が楽しかった。

 でも、私がようやくちょっぴり胸が膨らみ始めた頃には、征ちゃんは中学生。夏服になればブラの透けて見えるような女子がたまに家まできたりするのを、二階の窓からこっそり眺めてはむくれてた。

 私が中学生になったら今度は高校生。お洒落して出掛ける征ちゃんの後をつけて、腕を絡ませて歩く現場も目撃した。

 それから結構葛藤したわけですよ。

 高校は女子校にしたから、しばらくは男のことなんて考えずに過ごそうって、自分に言い聞かせて。

 トントンと階段を昇ってくる足音に、そっと目を閉じる。


「伴ちゃん? 寝ちゃった?」


 近付く気配に必死で呼吸を緩めて、タヌキを決め込む。

 こんな日に限って征ちゃんが家に居るからいけない。一人で平気って言ったのに、様子を見て欲しいなんてお隣に頼んで出掛ける母さんが悪い。

 同窓会なんて滅多にないんだからゆっくりして〜って言ったのはおばちゃんなのに、来たのは征ちゃんだし。

 諦めたつもりの気持ちが、押し込めて蓋をしてドカッと腰を据えた私を持ち上げてチョロチョロ漏れてきてるんだもの。やってらんない。


「もっかい触るな」


 すぐそばで囁き声がして、首と頭を支えて持ち上げられる。

 すみやかに差し込まれた物の上に載せられると、ふよんとした中にガランと動く物体。

 これ、氷枕だ。

 懐かしいなあって思ったら、口元が緩んでしまった。

 くすりと笑う気配がして、前髪をかきあげられる感触。


「じゃ、お大事に。明日は王林食べさせてやるよ」


 パタンとドアが閉まり、遠ざかる足音と玄関ドアが開閉する音を聞いてから、ようやくまぶたを上げた。

 ラグに置かれたお盆の上には、アイソトニック飲料と小皿に鎮座する赤白のうさぎ。

 体を起こしてパクリと咥えると、さして力を入れずとも崩れる柔らかな果肉は、弱った私を思い遣った結果だろう。

 明日のウサギは、うす緑でやっぱり柔らかなんだろうな。

 




     了


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