◆その339 詰めの一手
ミケラルドがエメリーの救援に駆けつけた頃、剣神イヅナと拳神ナガレの勝負は尚も続いていた。
「はい! はい! はい! きぇい!」
ナガレによる四連の掌底はイヅナの顔を歪ませる。
「っ! 何と重い攻撃か……!」
「【死化掌】ってアタシのオリジナルだよ。普通は血で顔を染めて一瞬で終わるんだけど、流石最強の冒険者」
「鬼っ子であれば危なかったやもしれんな」
「その余裕ぶった性格が……いつまで続くかねっ! はぃいいっ!」
ナガレの背刀打ちがイヅナの頬を掠める。
じわりと血が流れ出ると共に、ナガレの表情が緩む。
「届く、届くじゃないかぃ!」
「いや、もう届かぬよ」
「くっ! 【流星弾】っ!」
予備動作無しで一瞬にしてイヅナの正面へ跳んだナガレは、着地せぬままイヅナに無数の打撃を放った。これを剣で受け続けるイヅナ。
(……なるほど、拳圧こそが跳躍。大地に降りぬまま攻撃し続ける技か。ならば!)
イヅナが発動したのは【軽身功】。
ナガレの拳に乗り、頭部を駆けその背に回る。
「ゴール、と」
まるで子供の駆けっこに勝ったかのように、微笑みながら言ったイヅナと、目を丸くしたナガレ。
次第にナガレの目が血走り、怒りに染まる。
「上等だよ……糞爺っ!」
「ほっほっほ! 間合いは掴んだ。今度はこちらの番よ……」
「っ!」
直後、イヅナの剣気が研ぎ澄まされ、砂塵が舞う。
「……【剣神化】。内外の剣気を魔力とブレンドし、自身の力へと変換する剣神イヅナの奥義」
「ナガレ、お主の【硬気功】では最早防げぬ」
「それはどうかねぇ……?」
直後、イヅナの時間だけがピタリと止まった。
ナガレの変化に驚愕したのだ。
「悪いねぇ。アンタだけの専売特許じゃなくなったって事だよ」
ナガレが纏うソレは、正にイヅナが纏うソレだったのだ。
「つまるところの気脈の操作。コツさえ掴めば簡単だったよ」
イヅナが俯き、嘆くように言う。
「やれやれ……誰も専売特許だなんて言ってないのだがな」
「アタシの【拳神化】とアンタの【剣神化】、どちらが上か勝負といこうじゃないか」
「どちらが上かはわからぬが、誰が上かは明白」
「……糞爺、調子のるのも時間の問題だよ」
その時、中央後方から響く轟音。
水龍リバイアタンであるリィたんが吹き飛ばされた瞬間だった。
「さぁ、詰めの一手だ」
ニヤリと笑みを見せるナガレの真意。
未だイヅナには理解出来ないままであった。
◇◆◇ ◆◇◆
奴隷や剣闘士の眼下を通り抜け、大地を穿ちながら吹き飛んだリィたん。
「……ふむ」
身体に付いた土埃を払い、リィたんが要塞の瓦礫から出て来る。
正面に立つのは茶色いローブを着た一個の存在。
「女か」
身体の輪郭を見た時、リィたんは相手が女である事を見抜いた。
だが同時に、その異常な力を肌で理解した。跳躍し、元居た場所まで戻ったはいいが、底知れぬ力に警戒し前に出られないでいる。
「ジェイル! 十分だ!」
いくら二人が強くとも、ミケラルドの指示は可能な限り命を奪わない事。
だからこそ、騎士団は未だ多く残っていた。
数にして約三千。それだけの騎士が残っていたのだ。
これは、勇者エメリー、剣聖レミリア、剣鬼オベイル、剣神イヅナ、そしてミケラルドがこの場から離れた結果とも言えた。
騎士団を相手にしていたのはリィたんとジェイル。
更にリィたんが強者と相対する事となり、ジェイルは孤立無援の状態となっていた。その状態で十分。
(無茶ぶりが過ぎるぞ、リィたん)
ジェイルが困り果てた顔を浮かべるも、それを拒否する事が出来ないのが現状。
(ミックは破壊魔。オベイルとイヅナも闇人相手。そしてリィたんはあの状況……しかし、エメリーとレミリアは戦線離脱か。ミックの予想通りだな)
剣をかわし、魔法をかわし、矢を弾く。ジェイルは一人、また一人と気絶させ、戦争の行く末を案じた。
ジェイルが騎士団の懐に潜り、殺意の中に活路を見出している頃。リィたんは未だ茶色いローブの女と対峙していた。
(内に秘める魔力、私を吹き飛ばした膂力、あの佇まい。どこかで見た事があるような……? だが、あの女に見覚えはない)
ローブのフードから覗かせる顔は、長い茶髪の女。
黄土色で、しかし虚ろな瞳。
リィたんに近い身長。端正な顔と通った鼻。
武器は持たず、ただ俯きリィたんの動きを待つのみ。
「来ないか、ならばこちらから行くぞ」
一足跳びで間合いを詰めたリィたん。
ハルバードを振りかぶり、上段からそれを振り下ろす。
「っ!?」
ローブの女は素手にも関わらず、いとも簡単にそれを受け止めた。
大地が爆ぜるも、女の腕は微動だにしない。
「…………」
「っ!?」
直後、リィたんがまた吹き飛ばされる。
魔力圧の攻撃。宙で反転し軽やかに着地したリィたん。
(今何と? 聞き違いでなければ……『ごめんなさい』と……?)
リィたんは再度ハルバードを振りかぶる。下段からの一撃は大地を巻き込み、岩や瓦礫と共にローブの女に向かう。
直後、女の手が光り、その岩や瓦礫を一瞬にして砂と化した。
「っ!?」
そして、先程同様ハルバードのみを受け止めたのだ。
舞い上がる砂煙。にらみ合う女とリィたん。
「【砂塵爆】……それを扱える者はこの世でただ一人」
「……ごめんなさい」
(やはり……!)
ローブの女は、謝罪しながらリィたんのハルバードを押し返した。
互いの力が拮抗し、ハルバードにピシリと罅が入る。
やがて甲高い音を発し粉々になったハルバードが静かに風に攫われる。
その間、リィたんの強い視線が止む事はなかった。
「説明はなしか」
「ごめんなさい」
返ってくるのは謝罪のみ。
「一体どういう事だ……【地龍】」
それは、行方が知れなくなった――五色の一角。
次回:「◆その340 拮抗」




