【現実】 (1)
*
私は現実世界に帰還した。
もしここに誰かが居れば、突然現れたぼんやり光るヴェールから私が現れたように見えただろう。
『ゲーム』をクリアした私の前には、以前と同じ現実世界が広がっていた。
クリアというのは、そういうことなのだろう。以前と同じ場所に戻って来る。しかし今後は『ゲーム』の世界には縁がなくなる。もう一度、気まぐれや戯れで『ゲーム』に行くことはあるかもしれないが、今までのような真剣な熱い思いで『ゲーム』に行くことはないのだろう。
全面ガラス張りのフロア。多少のタイムラグはあるかもしれないが、最後に『ゲーム』に入った時点に戻っていた。
『ゲーム』に入ったのが随分昔に感じた。
フロアは柔らかい白い光に明々と満たされていた。空の高いところには、月があるようだ。長いベンチが置かれたガラスには、遠くて大きい現実世界の夜景が一面に映し出された。私は、この景色と空間を、素直にきれいだと思った。
ベンチにはヒジリが背を向けて座っていた。
足元には量感のある歪なステッキ、Gカウンターが立て掛けてある。
ヒジリは立ち上がった。淡いベージュと淡いシルバーを基調としたツーピースを着ていた。今の時間の光線には最高に映えていた。ヒジリはいつものように、どこか虚ろな目で私を見た。
どこも見ていないような視線。私には分かる。それは、現実世界すべてを見ていた視線であった。
「Gカウンターからあなたの動向を見ていた。無味乾燥な文章が送られて来るけど、大枠は掴めた。【CLEAR】を祝福するわ」
ヒジリは私を向き、ベンチに腰を下ろした。
【CLEAR】――それは、魔王の筐体が開き、内部にあったカウンターが表示した5文字だった。
私は真のクリアに辿り着いた。だからこうして現実世界に戻ることができた。
「あなたが、魔王なのね」
私は、ヒジリに、言った。
「『ゲーム』の魔王を通して、外の世界への方向が示されていた。魔王の筐体が【CLEAR】の次に表示したわ。【魔王は空蝉】だって。私の名前とは違う小洒落たダブルミーニングね。『ゲーム』の魔王は、単なる空き箱。魔王を名乗っているだけの装置。本当の魔王はあなたということ。ダークマスターは『ゲーム』の外に居た」
クス、とヒジリは笑った。足元のシルクハットを頭にかぶり、中のRTを小脇に置いた。まるで、自分が演出した場面を自分が楽しんでいる俳優のように見えた。つまり、相変わらずヒジリの動作は最高度に洗練されていた。演技なのか通常動作なのか区別がつかなかった。
「……そのとおり。……あたしが『ゲーム』のダークマスターだよ。……ショウブ君」
上体を傾け、膝の上で両手を組む。
「ほんとの魔王は、『ゲーム』の中で勇者と闘うなんて、野暮はしないんだよ。『ゲーム』の中に居たら間違いが起これば勇者に倒されちゃわないとも限らない。『ゲーム』の外に居れば、誰もあたしを倒すことはできない。勇者も魔王もね」
「そのようね」
私は、こくりと頷いた。納得したからだ。魔王の筐体が本当の魔王の名を表示した時、私は、これは「魔王のゲーム」だったのだと解った。『ゲーム』の外に居て、中での勇者と魔王の戦いを、高所から眺めている者。そいつが、本当の魔王だ。『ゲーム』内のいかなる存在も、外に存在する真の魔王には何もできない。それを知った現実の存在を除いては。
ヒジリは、ぞくっとする鋭い眼光でこちらを見ていた。魔王の名には偽りは無かろう。私は『ゲーム』での能力を『反映』しているが、この相手と衝突すれば無事では終わらないのは分かった。私は相手を見据え、退く意志は無いことを示した。もし闘うことになったら、迷わず応じる。
だが、私は何よりも知りたい。今のヒジリは、ヒジリの中でも別人だった。今までも様々な人格を自然と渡り歩く特質を持っていたが、今現在の強力なキャラの片鱗は感じられなかった。今のヒジリには、ヒジリを否定するようなもの、つまり一貫性が強烈にあった。移りゆく多数のキャラクターであったヒジリは、魔王のキャラクターの出現によって、影へと去っていた。
私は知りたい。
ヒジリは何者なのか。『ゲーム』を見下ろす者でありながら、どうして、『ゲーム』の最下層のスタッフである裁定者に見せていたのか。つぎつぎにプレイヤーを『ゲーム』に勧誘した意図は何処にあるのか。
「決してバレないように『ゲーム』の外で君臨する。『ゲーム』にプレイヤーを勧誘して餌食にする。それがヒジリの趣味だったってこと?」
「フフ、嫌だな。前段も後段も間違いだね。まずあたしは餌食にしたいわけじゃないからね。デスゲームを覚悟しなきゃ来られないのが『ゲーム』の仕様だからさ。単純にそれだけだよ。餌食にするつもりなら、クリアを設ける必要はないでしょ? あたしは君のようにクリアしてほしいと全員に願っているんだよ」
「仕様? いったい『ゲーム』というのは――」
「その話は後だよ。つまり、君は現実を捨てて『ゲーム』に行けたよね? そういうことよ。リアリアの人間というのは、生と死の中間を漂ってる煙みたいな人達だからね。ちょっと押されると死のほうに行ってしまう。でも、そういう人達だから見れるセカイもあるんだよ」
「それが『ゲーム』だということ?」
ヒジリは頷いた。
「それに、現実世界よりゲームで死ぬほうがいいと思うからね。まあ、それはいいよ。話を戻そう。あたしが誰にもバレないように君臨してるという話だけど、それは全然違うんだよ」
「じゃあ何だって言うの?」
「簡単な話だよ。あたしは自分が魔王だという事を忘れていたんだよ。そういう術を自分にかけたんだ。魔王の記憶と力を忘却し、誰かがクリアすれば再び取得する。あたしが【レクイエム・エンチャンテッド】と呼ぶ高等術式を、自身に掛けた。その術によって、自分に術を掛けた事も忘れたんだ。だから、裁定者という架空の地位を演じたあたしは、迫真どころの演技じゃなかった。最も完成された演技、つまり、素だったんだよ」
私は驚愕した。魔王ならば、そんな術も使用可能かもしれない。
しかし真意が分からない。なぜ自分に術を? クリアされなければ永遠に魔王の記憶と力は取り戻せない。あたしがベットにしたことで、殺されかけもした。魔王といえども、力を放棄している状態では、『ゲーム』への強権的な介入はできない。
「だって、魔王が漫然と『ゲーム』の外から君臨してるなんて、魔王自身が一番退屈だからね。それにあたしは『ゲーム』が好きだからね。外に居るとは言っても、一生懸命頑張ってるプレイヤーを高みの見物するなんて失礼だよ。同じ目線で『ゲーム』を共有したいからね」
その理由を聞いて、私は安心した。ヒジリは私達を欺いていたわけではない。まず自分を欺いていたのだから。それに、『ゲーム』へのこだわりも強いようだ。そこには好感が持てる。
「でも、ほんとに全部信じていいものかしら。だって、私にベットにされたりしたじゃない。下手したら魔王が死ぬところだった」
「素のあたしの言動は、ショウブが信じるのに不充分だったかな?」
そんなことはない。
私は、ベットにするほどに、ヒジリに心酔していた。
「あたしは『ゲーム』のことを知り尽くしているわ。いつか誰かがクリアするのは分かっていた。だから安心して自分に術を掛けた。本当の記憶の代わりに、別のエピソードを刷り込んだ。【かつてゲームに敗れ、ゲームに使役され、いずれは死ぬ運命。裁定者以外のことをすれば監視者に殺される。監視者にそう言われて信じている。】――そんなふうに。この術は『ゲーム』内のデータ管理能力を『反映』した力なの。だからプログラミングの一種と言えるね。もちろん魔術と解釈してもいいけどね。現れる結果は同じだから」
私が『ゲーム』の終盤で環境に対して介入できるようになったような能力を、ヒジリは現実世界において実施できるわけだ。
つまり、現実世界とは、介入可能なプログラムの世界と言えるのか?
「これにエネルギーを吹き込み、監視者に仕立てたのもあたしだよ」
ヒジリは、デフォルメされた自分のようなぬいぐるみを撫でた。
道化者のRTは、今はただのぬいぐるみたった。ヒジリを監督していると信じ込んでいたが、自身がヒジリによって生み出されたマリオネットだった。
「あたしは、プレイヤーの誰かがクリアに近付くと記憶を回復するように術式を構成していた。……あたしはなんで勧誘者をやっているの? ゲームに使役されている? ……ゲームをやった記憶がない。ゲームで負けた、と思い込まされているの? ……裁定者? 監視者? そんな人達は存在しない……。一気に記憶を取り戻した。ショウブが病院に居た時ね。ゲーム内では魔王とアスカが闘っていた」
「じゃあ、病院であなたが悲鳴を上げたのは……」
「そう、記憶が溢れてきて、びっくりしたんだよ。自分の人格が別の人格に覆われていく感触って分かるかい? 生と死を一度に体験するような気分になる。凄まじい不安だよ。だけど、気が付くと騙されたように新しい人格で安定するんだよ。新しい記憶の総量が、古い記憶の総量を超えるというわけだね。ともかく、あの時、あたしは全てを思い出した。それはショウブがクリアに近付いていたということでもあった。だからあの時点からショウブがクリアする事は確信していた」
そして、私を『ゲーム』に送り出し、ここでヒジリは待った。
何のために?
『ゲーム』をクリアした私に会うために?
会って、何をしようと?
分からない。
結局、『ゲーム』は、何なのか?
魔王であるヒジリは、何なのか?
肝心なところは、何も解決されてない。
ヒジリは体を起こし、底の見えない笑みで私を見ている。
「『SC』はね、最初からあった」
「……?」
「最初に説明した事、覚えている? 『ゲーム』は現実世界の襞だと言ったよね。この世界には隠されたフィールドが無数に存在している。世界の構造は、見る角度によって多様に絵が浮き上がるホログラムに似ている。フィールドの中に同時に無数のフィールドが存在している。そういったフィールドの中で、体裁がよく整った面白いもの、つまりゲーム性があるものを『ゲーム』と呼ぶんだ。『SC』はそういった『ゲーム』の一つなんだよ。あたしやあなたは、『SC』という世界が浮かび上がる共通の視角を持っていた。『現実病』という視角をね」
「ホログラム……。それじゃあ、『SC』の他にも『ゲーム』が?」
「たくさんあるだろうね。難易度や毛色が違う『ゲーム』がね。あたしは『SC』の魔王――つまり、ゲームマスターだというだけだよ」
ヒジリは話を展開する。
「『ゲーム』は万人がプレイできるわけじゃない。むしろ普通の人間は気付かないためアクセス不能とも言える。たとえば、『SC』には『リアリア』の罹患者の一部がアクセスできる。あたしは君にプレイ方法を教えた。それまでも君は『ゲーム』のフィールドをかいま見ていた。しかし、無自覚に立ち入って、立ち去っていた。君の言うところの『断片』は、そんな時に発生していたんだ。過去の君には、『ゲーム』への明確な自覚がなかった。だから主体的な参加もできなかった。『ゲーム』の仕組みも知らなかったし、プレイに必要な道具立てもなかった。ゲームマスターのあたしは、それらを君に与えた。ゲームマスターの役目の一つは、現実世界の隅で行き倒れそうな人間に『ゲーム』の存在を教え、肩を押してやること。たとえば、あなたのようなね」
確かに私は、ヒジリを切っ掛けに『SC』に参加した。ヒジリが居なかったら『SC』とは縁が無かったとも言える。
「『SC』は最初からあったんだよ。現実世界と同じように、最初からあったんだ。たくさんのプレイヤーはプレイして葬られ、数少ないプレイヤーはクリアまで辿り着いた。あたしは、君がクリアするまでは、最新のクリア者だった。君と違うところは、独りで『SC』の存在に気付き、プレイできて、クリアまで行けたってこと。ゲームクリアの報酬は、ゲームマスターになれること。つまり、ゲームのすべてを取り決める権限と能力を持つ。たとえば『SC』を破壊することもできる。だけど、中古ゲームとはいっても、わざわざ壊す理由はないでしょ? 自分が楽しかったゲームは、他人にもやってもらいたい。だからゲームマスターとしてゲームを見守っていた。退屈な仕事というわけでもなかったよ。君がクリアする過程を見ることもできた」
ヒジリは一人で『SC』の存在を発見し、クリアまで至った。私とは違った。私と比べて才能に恵まれた人間なのは疑いが無かった。
「さて、君はこう考えているんじゃないかな。クリアしたけど、これからどうしようかって。どうするの? 『SC』を壊す? 改造する? 複製する? それとも、もう一度プレイする? 君にはゲームマスターの資格がある」
ヒジリは問う。『ゲーム』とは世界にホログラム的に存在するフィールドの一つであり、魔王とは『SC』のゲームマスターを意味していた。ならば、私はどうするのか? 今は何も思いつかない。
でも、『SC』をもう一度本気でやることは、たぶんない。
『SC』で分かったことは、『ゲーム』は無意味だったということだ。必死に戦うこと、殺したり殺されたりすること、魔王を倒すこと、それらすべては意味が無かった。クリアとは、その気付きそのものと言えた。私にはもう、現実も『SC』も同じだった。むかし熱中したゲームでいつまでも遊び続けるほど、私は年老いてはいない。
じゃあ、どうしようか。『SC』以外にもあるはずの、新しい『ゲーム』を探そうか? それとも、ヒジリの手伝いでもしようか?
「一つ、訊いていい?」
「ええ」
「ヒジリは、クリアした後、『SC』にプレイヤーを勧誘する活動を始めたのよね?」
「そうだよ。部室を借りてね。あたしの他にも勧誘活動しているゲームマスターは結構存在するよ」
「なぜ、クリアした『ゲーム』に関わり続けているの?」
「分からないかな。 自分が『ゲーム』をクリアしたっていうのに、君は意外に鈍いね? 現実というフィールドから、君たちのような人間を救済してあげたいからに決まっているじゃないか。現実世界というフィールドは、あたしたちの意欲をくじく不純物に満ちている。いや、そのことにすら気付かず、不純物に侵食され、ほぼ不純物自体になっている人間も、あまりに多いんだよ。そういう人は現実世界の汚い不純物の一部と化していく。これは現実世界の素朴な描画だってあたしは思う。人を、救いたいのよ。現実というフィールドから。一人でも多くの人を」
その動機は理解できた。私はクリアしたばかりだから、余裕が無いのだろう。ヒジリのように他の『リアリア』の人間にも目が向けば、救済を考えるかもしれない。
「だけど、『ゲーム』では多くのプレイヤーは死ぬわ。クリアするのは一握りよ。それでも救済と呼ぶの?」
「当然だね」
ヒジリは迷いなく言った。
「『SC』で死ぬよりも、『SC』にも入らず現実世界で死ぬことを考えてごらんよ。そのほうが格段に不幸じゃないのかな? いや、そう思うのが『リアリア』の人なんだよ。そして『SC』は『リアリア』の『ゲーム』だ。だから救済になっているんだよ。たとえ『ゲーム』の中で死んだとしてもね。君は『箱庭』に行ったでしょ? 死んだプレイヤー達は、生前の思い出で造られた『断片』の遊園地をさまよう。それと現実世界と、どっちが不幸かな? あたしは『ゲーム』の中で死ぬほうが甘美な救済だと思うよ」
私は『箱庭』でゲームオーバーになりかけた時を思い出した。
『断片』と化し、『断片』に囲まれる気配は、確かに抗い難い魅惑を持っていた。それが不幸だと断言できる自信は、私には無い。
「『リアリア』の人達は、現実世界を愚劣だと思っている。その愚劣を回避させ、よりよい世界への梯子をかけてやることが、あたしにはできる。梯子を渡った先は、プレイヤー次第なんだ。でも、愚劣な所に居たって、しようがないでしょう? 現実世界には、たくさんの『ゲーム』がある。そして『SC』は『ゲーム』を無意味だと見切った人がクリアできる構造になっている。そうなっている理由が分かる? 与えられた世界を超える存在を、この世界自体が求めているという事なんだよ。世界はフラクタル構造、相似形なんだ。『ゲーム』は世界全体の縮図と言えるんだ。『ゲーム』で学んだことは、より位相の高い『ゲーム』に生かすことができる」
ヒジリは私を見た。
神秘的な奥深さがあり、すこし寂しそうでもある。けれど、それ以上に、力強かった。
「余談だけど、あたしは、すべての与えられたものを超えていくことが、自分の使命だと思っているわ。与えられた意味、物事、世界をさえ。それこそ『ゲーム』を解く鍵だった力。そうではなかった? それは創造性という人間最高の能力なの。それをあたしたちは発揮すべきなんだよ。創造性を通して、人間は世界の進化に寄与できる。この世界自体が、超えられることを深く望んでいるんだ。けれど、現実世界は不純物で溢れている。はじめに見えていた光は、いつのまにか翳っていき、くすんでしまう。見えなくなってしまう。『リアリア』になったりも、する。多くの人間達が、現実世界に同化され、愚劣な材料として存在し、消えていく。その生き方には、世界進化の視点なんて、入り込みようがない。くじけちゃいけないと叱咤したって、『あたしがついているから』と鼓舞したって、全然問題なくくじけられる。それほどに世界はくじけさせる物事と力に充ちている。あたしは、適合する者を『ゲーム』に導くことで、くじける確率を少しでも減らしたかった。ノイズの少ない『ゲーム』の中でなら、それは充分に可能。現実世界がどうしようもなくくじけさせるものだと知れば、現実世界に帰った後は、違った生活を送れるはずだと思う。くじけの落ち込みが来ても、ジッと我慢できる。我慢するのはきついけど、くじけなければどうにかなる。また顔を上げることができる。だけど、望みを手放したらゲームオーバーしか無い。進化は起こらない。あたしは、月並なことだけど、『ゲーム』で学んだことを現実世界に生かしてほしい。とくにクリアしたあなたには」
月並なことを、ヒジリは、感情を込めて語った。そのセリフは美麗な短調の音楽のように、耳に深く染みた。ヒジリは、用意された台本を喋っているわけではない。全部の瞬間に、全部の心情を込め、語っているのだ。私は、クリアした先輩の言葉として、気持ちを入れて傾聴した。
「君は『SC』をクリアしたとき、爽快だったよね? 世界を超えるという事は、幸福なんだよ。あたしたちは、世界を超え、あたしたち自身を超え、進化の道を歩む。あたしはもっと、進化をしたい。『よりよい者』になりたい。なぜなら、よりよくなるほどに、あたしが感じる幸福は大きくなるはずだから。幸福の世界には天井は無いわ。現実世界のような窮屈な天井はね。あたしは自分自身を使い、宇宙スケールの進化をしたいと計画しているの。それが実現したら、激的すぎる変化のために、とうに『人間』という括りを出てしまう生命になるでしょう。それなら、実際にそんな生命体になってみようと思う。実際になってみて、どうなのよ、こうやって生きるのは良いものよって、みんなに知らせてあげたい。あたしは、あたしのそういう未来が、ふつうに見えているわ。超能力は当たり前。瞬間的創造も可能。世界を意のままに。在った出来事、無かった出来事、どちらもあたしに仕えるものに。あらゆる美的な存在がフラッシュバックするフィールド。悲喜劇という精神病の精髄が溢れるフィールド。世界レベル、宇宙レベル、過去や未来も包含したレベルのフィールドを、あたしは確固とした意志で操ってみせる。そんなことができるとしたら、ほんとに幸福だと思わない?」
その構想は夢物語にも聞こえた。同じ『ゲーム』をクリアした私さえ、簡単には信じられない。
しかし、私だって、『SC』を始めた当初はクリアできるとは想像できなかった。才能あるヒジリなら、語ったような凄まじい未来に到達することも、もしかしたらできるかもしれない……。
「だから、ショウブ。あたしについて来る気はない?」
ヒジリは音もなく立ち上がった。
「君は薄々気付いているはずだよ。現実世界の意味と、リアリアに罹った意味。さっき言ったでしょ。『ゲーム』は世界の縮図だと。そして、世界はフラクタル構造で相似形だと。なら、この現実世界はどうだい? 『SC』をクリアした君は、今までとは違うように現実を生きられるような気がしているんじゃないかな? 少なくとも、もうリアリアには罹らないし、格段に落ち着いた密やかな眼差しで世界を観ることができるはずだよね」
たしかにそうだ。私は「現実」に一区切りつけた気分を感じていた。
現実世界は静かに処理された。私にとって別の意味に変わったのだ。燃えた灰が元の物体に戻らないのと同じように、かつての「現実」が私を囲むことはもうない予感がした。
そして私は、ゲームをクリアして、ここに居るからには、未来のことを考える必要もあるのだ。これから何をしたいかという事を。




